とあるヒキコモリの独白

山田 マイク

とあるヒキコモリの独白


 俺は一日のほぼすべてを自分の家で過ごす。


 でもそれで満足だ。

 母親はときどき、思い出したように外に出てみたいかと聞いて来る。

 あなたの友達は外を自由に遊んでいるのに。

 あなたはこの家にこもりきり。

 ごめんねと、そう申し訳なさそうな目で呟く。


 あんたが悪いわけじゃねえよ、と俺はそのたびに思う。

 俺は自分の意志で家にいるんだ。

 外で遊ぶより家にいる方が楽だから家にいるだけだ。


 息子の俺が言うのもなんだが。

 母親たちは本当に頭が悪い。

 まず、言葉が通じない。

 まあ、世代が違うからしょうがないんだが、それにしたってちょっとひどい。

 俺の考えてることをちっとも理解していない。

 寄り添おうとしてくれるのは悪い気はしないんだが、正直、鬱陶しいこともよくある。


 家にずっといると言っても、俺だって忙しいんだ。

 俺には俺なりに生活サイクルってものがある。

 それなのに、寝ている俺を起こして「ごはんよ」「何してるの」とこう来る。

 今は要らねえと言っても強引に起こしてご飯を食べさせる。

 俺は渋々、飯を食う。

 本当は文句を言いまくりたいが仕方がない。

 何しろ彼らには言葉が通じないんだから。

 まったく、あんたも昔は子供だったんだから気持ちを汲んでくれよと思う。


 俺には一人、弟がいる。

 弟は俺の一つ下。

 俺と違って外で遊ぶのが大好きで、友達もたくさんいるようだ。

 あっという間に俺よりでかくなって、生意気なことを言って来る。

 でも、何か嫌なことがあったりすると、弟は親ではなく俺に相談する。

 今日はこんなことがあった、あんなことがあった。

 そう呟きながら、ときどき、泣いたりする。

 なんだかんだあっても可愛いやつだ。


 そういうとき、俺は大抵何も言わず、ただ傍にいてやる。

 それが一番だと知ってるからだ。


 父親は俺のことを少し怖がっている。

 口には出さないが、俺のことが苦手なんだろうと思う。

 俺も正直言って、親父は苦手だ。

 まず、年を取ったおっさんのあの臭いが好きじゃない。

 でも、歩み寄って仲良くやろうとする意志は感じる。

 ときどき、親父はお土産だと言ってご機嫌をとってくるんだ。

 けど、申し訳ないが、それで親父が俺の欲しいものを買ってきたことがない。

 おもちゃとか、子供が遊ぶようなしょうもないものしか買って来ない。

 母親とはまた別の意味で、父親も俺のことを分かっていない。


 俺たち家族はよく喧嘩をする。

 と言っても、他の家がどうなのかは知らないから、もしかしたらどこの家族もそんなものなのかもしれないが。


 そのたびに、俺が仲裁をする。

 俺はこの家族で一番頭がいい、という自負がある。

 どうすれば3人の機嫌が直るかを知っているんだ。


 繰り返すが、俺の家族は本当に馬鹿ばかりなんだ。

 俺がいないとろくにコミュニケーションもとれない奴ら。


 要するに、ウチは俺のおかげで成り立っているわけだ。

 恩着せがましく言うわけじゃないけど、ほんと、もうちょっと感謝して欲しいもんだ。


「コタロウ、ご飯よ」


 ああ、また母親が呼んでる。

 まだ眠いんだよと無視していると、部屋に入ってきた。


「んもう、こんなとこで何してるの? さ、一緒に食べましょ」


 母親は何か言いながら、俺をひょいと持ち上げ、頬ずりをした。

 こういう時、俺は母親の鼻先を舐めてやる。

 こうすると、こいつが喜ぶことを知っているからだ。


 母親は案の定、顔を綻ばせて、嬉しそうにこういった。


「今日はね、コタちゃん。実は、マグロのチュールもあるのよ」


 チュール!


 その言葉を聞いて、俺は思わず「ニャン!」と叫んでしまった。

 グルグルと喉が鳴る。


 ったく、チュールがあるんなら、それを早く言えよな。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

とあるヒキコモリの独白 山田 マイク @maiku-yamada

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ