第296話 再度パーティに潜入した。

「まぁ、貴女が……、ベッサリオン嬢」

「お噂はかねがね」

「面白い女性だと聞いておりましたわ」

「噂に違わず……面白い方ね」

「そうですか」

 それはそれは、さぞかしある事ない事尾ヒレ胸ビレしまいにゃ翼なんぞも付けて、噂なされてるんでしょうねぇ。誰から聞いたんだよ。

 視線が物語ってんぞ。

 口元は笑いつつも見下した目。

 あーハイハイ、よく知ってるよ、その目の意味。もうウンザリするぐらいにはな。


 またもや潜入した金持ちのパーティにて。

 私はどっかの金持ち&妻たちにつかまってしまい、頬の筋肉引きつらせつつ笑いながら、そんな会話で受け流していた。

 いつぞや、ドレスを作ってくれたアンドレウ夫人の言葉が脳裏に蘇る。


『二回の離婚歴で貴女を見下す人間が増えるわ。男も、女も』


 それをこんなにあからさまに実感する事になるとは、本当に思わなかった……。

 彼らは、私がカラマンリス侯爵──ツァニスと離婚した話に興味津々しんしんだった。

 勿論、実情を吹聴ふいちょうする気なんてサラサラねぇ。

 だから軽く流してたんだけれど……もう、しつこいったらありゃしない。夫婦関係にくちばし突っ込んでくんなよ無関係な人間がよォ。

 私が自分から愚痴や不満として垂れ流すならいざ知らず、気づけよ『言いたくない』って空気をよォ。にごしてんだから突っ込んでくんなよ、全くもう。

 ホント、下世話な奴らが多いんだな……面倒クサっ。


「でも、ある意味良かったのでは?」

 そんな言葉を吐いたのは、私の斜め前に立つ少し年若い男だった。おそらく、どこかの成金息子か貴族のせがれか。

「子が出来ないという事は、乗り換えるのが楽、という事ですよね?」

 彼はそう言って笑い、手に持ったシャンパングラスをあおった。

 思わず、私の目の端が痙攣けいれんした。

 なんだ? テメェ。

「もし飽きられても子がいなければ次へ行ける。愛人家業にはピッタリですよね」

 私の目が笑っていない事に気づいたのか、年若い男以外の空気がピリつく。さすがに貴婦人たちが扇子で口を覆った。

「ベッサリオンは確か経済難。愛人となって金を引き出し財政難を助ける。いやぁ、なかなか出来る事ではないですね」

 そういって彼はほがらかに笑った。

 コイツ、もしかして、コレで褒めてるつもりなのか?

 マジか。マギーじゃないけど、一回開頭手術して脳味噌診てやろうか?

「前の結婚はメルクーリだとか。いやぁ、相手を選んでいらっしゃる」

 私が黙ったままである事を良い事に、男は次のシャンパンを給仕から貰って更に楽しそうに言い募って来た。


 口元に笑みを貼りつかせながら、気持ちが絶対零度まで下がっていくのを感じる。

 確かに、コイツは私の結婚事情を知らない。知らないから、自分が想像しうる範囲で好き勝手に予想で喋ってる。

 それが

 こうして噂は尾ヒレがついて広がっていくんだろ? 知ってるよ。

 段々頬が下がって、口角が元に戻った事を自分でも気が付いた。

 つまり、今、私は真顔になっている。

 しかし相手は気づかない。

 私を足元から順に視線を這わせて首元で視線を止めて、少しだけニヤッと笑った。

「……しかし僕には少し毒が強すぎますね。貴女のような女性を乗りこなせない」

 それってさぁ。暗に『自分に乗り換えようと思うなよ』って、言ってる?

 バカなの? ねぇ、バカなの???

『貴女のような』?

 ねぇ、バカが過ぎてるようだけど、社会生活で生きにくさとか、感じてない???


 流石に私の真顔がヤバイと感じたのか、そばに立っていた少し老齢にさしかかった男性がつくろうかのように大げさな笑い声をあげた。

「いやいや。私にはアリですぞ。このような素敵な女性、むしろ、こちらからお願いしたいぐらいだ」

 ……それでつくろってるつもりかよ。ホント、何なん?


 あのさぁ。


 勝手に使欲しいんだけれども。

 私、一言も、そんな事言ってないし、そんな素振りも見せてない。

 ただ私は、ここに立って話していただけだ。しかも、聞かれたくない事をにごしながら、な。

 なんで『男を探しに来た』って前提で私を見てんの?

 そもそもよ。

「……目の前で、私が自分たちにとってアリかナシか、ジャッジするの、やめていただけます?」

 私は静かに笑って、話す二人の男性に向けて、そう放った。

 その瞬間、ポカンとした顔を私に向けてくる男二人。

 私が突然異国の言葉を話し始めたような顔だな、オイ。通じてんだろ。聞こえてんだろ。脳で処理しろ。

「……あ! いや、失礼しました! 貴女は充分魅力的な女性ですよ! 僕には勿体ないぐらい、という意味で」

 何故か苦笑いしながら、年若い男がそう言い訳をしてくる。

 ああ、意味が通じてない。

「そうですぞ! 確かに若い者には年上は少しアレかもしれんが、私には充分若──」

「ですから、ジャッジするな、と、申し上げております」

 私は言い募ってくる老齢の男性の言葉を遮って、同じ言葉を繰り返す。

 流石に、私のピリピリした様子に気づいたのか、二人はいぶかし気な顔をした。

 何故、私が怒ってるのかが、理解できないようだった。


 私は小さく鼻で笑い、少し顎を上げて二人を順に視線でなぞった。

「私が貴方たちにとってアリかナシかなぞ、興味もありません。むしろ不愉快です。

 聞いてもいないのに勝手に判定して、わざわざ私に言わないでいただけますか? 聞きたくありません。そういうのは、私がいない所で勝手に盛り上がっていただけます?」

 知りたくないわ。気持ち悪いわ。興味ないヤツのアリナシ判定なんて、そんなおぞましいモン、脳内から出すなや。


 私が言った事の意味を先に理解したのは、周りにいた貴婦人たちだった。

 少し目を伏せ扇子で口を覆っている。……笑ってるね。身に覚えがある感覚だったんだろうなぁ。

 しかし、男性たちはやっぱり意味を理解していないよう。お互いに顔を見合わせて、「コイツ、大丈夫か?」って顔してらァ。

 ああ、理解できないんだろうなぁ。そうだよね。

 女性は、自分にとって魅力的だよって褒めたら、喜ぶモンだと、喜ぶべきだと、素で思ってるんだもんね。

 そもそも、って言ってるのが、理解できないんだよね。……知ってた。はぁ。


 もう面倒クセェな、帰ろうかな、そう思った瞬間だった。

「セレーネ様」

 フンワリと上品な声が後ろからかけられる。

 顔だけで少しそちらに振り返ると、すぐそばに恐ろしく整った顔がある事に気が付いた。

 ディミトリだ。

「やるじゃんか」

 ディミトリは、私の耳元で小さくそう笑いかける。

「ご紹介したい方がいらっしゃいます」

 身体を少し離したディミトリは、私をエスコートする為に手を出す。私はここから逃げる助け船が来たと思って、すぐにその手を取った。

「それでは、これで失礼いたしますね」

 私はスカートを少し持ち上げ、軽く膝を折る。笑顔で丁寧に挨拶し、ヒラリと身をひるがえした。

 あー、助かったァ。

 背後で、何やらゴソゴソと話し出す声が聞こえてきたが、聞かないようにした。


「なぁにが『乗りこなせない』だ。キモっ」

 ディミトリにエスコートされながら、私はそう小さく吐き捨てた。まだ気持ち悪い。クソっ。

「さっきのは面白かったが……まぁそろそろ慣れろや。司令官殿」

 顔には素敵笑顔を貼り付けたまま、横を歩くディミトリがそうボソリを呟いた。慣れろって言われたってなぁ……

「慣れたくありませんね。そもそもそんな事言われない環境になって欲しいんで」

 絶対、アティも同じ目に遭う。アティなんて激烈美幼女なんだから、これからそれこそ雨のようにそんな言葉の集中砲火を食らうだろう。

 そのたんびに疲弊するんじゃキツ過ぎるって。

「確かに諜報員としては、むしろそれで相手が喜ぶ反応でも見せるべきでしょうが……」

 アイツらから私が引き出せる情報は、さほどなかったみたいだしさ。媚びる必要性を感じなかったわ。

「ま、アリっちゃーアリだな。ツンケンした貴婦人の態度に気分を害した所で、すかさずそのパートナーからヨイショが入る。一度落としてからだから喜びも倍。抜け目ないな、アイツも」

 ディミトリのそんな言葉に、ふと小さく首を回して横目で先ほどの男性たちの方を見る。すると、アレクがシャンパンを交わしながら談笑していた。

 なるほど、あの後すぐアレクがサポート入ってくれたんだ。ありがたい。つか、上手い。


「ただ……」

 私をエスコートしていたディミトリが、ほんの少しだけ手を引く。そのまま引かれて彼と少しだけ密着した。

 その耳元に

「その抜け目のなさが、今回の事だけに発揮されてるかどうか、疑問だけれどな」

 そんな不穏な言葉が囁きかけられた。

 え? どういう意味??

 私が疑問に思って顔を上げると、すぐそばにディミトリの美しい顔があった。妖艶ようえんに薄く笑う彼の目が、なんだかあやしく光っているように見えた。

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