第295話 子供の教育について考えた。
人が社会で活躍できるようになるか否かは、その人自身がもともと持つ素質よりも、生活環境の影響がデカイ。
ちゃんと学べる機会に恵まれれれば、それだけ人は伸びていく。
金持ちの家の子はその場に恵まれている為伸びやすいだけで、決して貧しい家の子が劣っているワケではない。
そもそも、スタートラインが違うのだ。
同じスタートラインに立てたのなら、金持ちの家の子よりもグングン伸びる子もいる。
勿論、伸びにくい子もいる。それは千差万別。だとしても基本、そこに生まれや血筋、ましてや性別はあまり関係がない。
「勉強できた子が将来研究者や開発者になる事もあるでしょうし、医者や教師、それ以外にも社会貢献を果たせるようになるかもしれない。
社会貢献してくれれば、それだけ領民の生活が豊かになり、納めてもらえるお金が増えますから。
これは施しではありません」
そうだ。今まで、養育院を開設するってなって色々考えていたけれど、何かが足りないなって、ずっと思ってた。
これだったんだ。
「農作物と一緒です。土を耕し
そうする事によっては、農作物は豊かに実ります。
でも、伸びるのは植物自身の持つ力です。我々は、実りを期待して先行投資するだけです」
実家であるベッサリオンのインフラと同じ。
先行投資する事によって、その結果をバックしてもらうのだ。直接的ではないので、もちろん結果が出るのは数十年先、しかも、期待したほどではないかもしれない。
でも、それでいい。
養育院や寄宿舎、そしてインフラもそうだけれど、国や領主が行う事業は、事業ではあるが資本稼ぎのビジネスではない。直接的な儲けを期待するような物ではない。そうあってはならない。
『領民の生活が安定し、生命維持が容易で心穏やかに生活できる事』
が最優先。
やるためのお金がない、支払えない、期待した儲けが出ない、じゃない。
領民たちに金稼ぎしてもらう為に、母体が身銭をまず切るんだ。そして後からそれが、国や領地の『安定』として返ってくる。
生活する人間が安定すると、自然と国や領地が安定するのだ。
安定にまさる国力はない。
「理想は素敵ですわ。でも、今困っている子たちは、どうしましょう」
理想に燃える私に、そんな疑問を投げかけてきたのはクロエだった。
そうだよね。うん、勿論分かってる。
理論が素敵でも、今ヤバい人にはすぐに手を差し伸べる必要がある。
まずは、生き残ってもらう為に。
「養育院のように、受け入れるタイプのものは場所や設備、そこそこの人員が必要です。でも、今からではそれを準備するには時間がかかりすぎます。
まずは、炊き出しや出張診療の手配ですね。どこか少し広い場所を借りて、そこで定期的に行うようにします。それ以外にすぐに必要となりそうな『物』についても、出来るだけ用意しましょう。それで兎に角時間を稼いであの子たちの命を繋ぎます。その間に、設備準備が必要なものの手配をしましょう」
災害支援と同じ。まずは、動ける人間の方からその場に出向いて、出来る事を出来る範囲でまず行う。
状況が一段落したら今度は次の段階へと、少しずつステップアップしていく。
何事にも順番がある。焦っても状況はすぐには改善しない。
少しずつだ、少しずつだぞ自分。
「それについての金はどっから出るんだよ」
そんな冷静な声が私に飛ぶ。声の主はディミトリだ。
「ツァニス侯爵にお願いする事にします。もともと、養育院を作成する事業の延長です。養育院の作成に必要な金額よりも安く済みます。
嫌がるようなら、屋敷の金目の物を勝手に売っ払ってでも
責任は私が。クビにでもなんでも好きにするといい。
そんな金すら出し惜しむ領主になど、仕えたくはない」
確かにそれでアティの養育が出来なくなるというのなら、仕方がない。
アティの面倒だけがみれてればそれでいい、他の子たちの事は苦しんでも死んでも気にしない、というタイプじゃないんでね。
しかも、そんな男がいるような所に可愛いアティを置いておく事なんてできん。最悪、アティ
ちなみに。
アティを
自分の基盤は優雅に維持したまま、助ける金も権力もあり、かつ、むしろそれをすべき立場にいるのに、見て見ぬふりをするような男はこちらから願い下げだ。
ふと
「……女児寄宿舎にも、そういうの、あると、いいな……」
マティルダがそんな発言をぶち込んできた。
え……? どういうこと??
「女児寄宿舎? マティルダが調べてきてくれた所ですよね? そういうのって、炊き出しとか、診療の事ですか?」
いや寄宿舎なら、ご飯は出るだろうし、病気になれば医者が来てくれたり、薬をもらえたりするよね?
「そう。こっそりと、そこにいる子たちに話聞いた。ご飯、いつも凄く少ないし、病気になっても、薬、もらえないって……」
なんだって!?
私は、頭から冷水をぶっかけられたかのような気持ちになる。
マティルダの方へと改めて身体を向けて、彼女の顔をマジマジと見た。
「お金がかかること、物凄く、嫌がられるんだって、言ってた。勉強も……あんまり本腰いれられてない。盗み聞きした。嫌な事をされても、嫌な顔をしないようにしなさいとか、常に親や夫に尽くしなさいとか、子供はいつ死ぬか分からないのだから、最低五人以上産まなければなりませんとか、そういう事ばっかりだった……」
語るマティルダは、どこか淡々としていた。それが、まるで当たり前の世界である、と言わんばかりに。
「学校の寄宿舎だから、てっきり文字とか計算とか、そういうの教えてもらってると思った。でも違う。あの子たち、仕事してた……
仕事しないと、ご飯もらえないからって、そこの子たち、頑張ってた」
マティルダの口から語られる女児寄宿舎の実態が、私の想像とは全く逆のもので、ガッカリ──以上に、なんだか絶望にも似た気持ちが腹の底から湧き出てくる。
「気になったのは……」
ふと、マティルダが私の目を真っすぐに見返してくる。
「時々、いなくなる子がいるって、言ってた事」
彼女のその目には、何か、確信のような物が見て取れた。
「私には名簿は確認できない。寄宿舎にお願いしたけど断られた。お前誰だって」
そりゃ、直接お願いすれば、そうなるよね。
「でも、ツァニス侯爵にお願いして調べてもらった資料に、子供の親の名前と金額リストがあるって言ってた。入居年と人数だけ確認してもらったんだけど、どう考えても人数が合わない。今いる子、それより少ない。
ああいう場所って、書類に名前が残ってないけれど、運営者が直接お金をその場で受け取って、子供を受け付ける事もあるハズ。
そういう暗数があるハズなのに、あきらかに、少ない」
そう語るマティルダの翡翠色の瞳の奥に、明らかに何か激しい感情が揺らめいてるのが分かった。淡々と語っているハズの、彼女の語気も次第に強くなっていく。
「女の子たちに聞いた。逆らったら
それだけじゃなくって、綺麗な子たちが、どこかへ行って帰ってこないって。
どこかへ行って、そのまま消えちゃったんだって、言ってた」
マティルダのその言葉を聞いて、背中にビリリと電気が走った。
思わずディミトリの方を見ると、ちょうど彼と目が合い、そして小さくコクコクと頷いていた。
──ディミトリの話と繋がった。
荷馬車に詰めて輸送した女子供。その行き先はきっと……
ラエルティオス伯爵が設立した女児教育用寄宿舎。
その実態も、結局は酷いものだった。
表向きはお綺麗でも、中身はドロドロってか。貴族社会以外でも、そんなんザラにあることだけれども。
でも親は。
そこに女児を預けた親は。
その信頼を平気で裏切っているという事実が許せん……ッ
しかし……
「あの女児寄宿舎、設立はラエルティオス伯爵ですが……運営母体は、確か──」
私の頭の中に浮いた事について、サミュエルが先に言語化してくれた。
その声につられて、サミュエルの方へと顔を向けると
「ミハエル卿、ですよね……」
言いにくそうに、彼はそう付け加えた。
そうなんだよ。
結局この件も、ラエルティオス伯爵ではなく、その弟のミハエル卿に繋がる。
もしかして、やっぱりこっちが本命であり黒幕なのかな。
ヤツ自身も『長男血統至上主義』に首まで浸かってて、兄の為に暗躍しているのだろうか。
「結局、これも『
アレクが、盛大な溜息とともに、そんな言葉を発する。
そうだよね。結局、ミハエル卿と直接会ってみないと分からない。
ま、本人に会った所で、分かる範囲などたかがしれてるけれど。
会わないよりは会った方が、そいつの性質とかそういうのが分かりやすいからな。
「次のパーティが楽しみだな……」
そんな事を言うアレクの口調は、全然『楽しい』といった風ではない。「またあのスーツ着ないといけないのか」っていう、嫌さが顔に出てるぞオイ。
お前なぁ。背中丸出しにしてる私よりマシだろうがッ!!
……またあのドレスを着るのか……あのドレスは好きだし、着た自分の姿も好きだけれど……また変な声、かけられる事もあるんだろうな……
私は、少しだけ面倒を感じてしまい、思わず小さくため息を漏らしてしまった。
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