第294話 乙女ゲームのライバルキャラについて思い出した。

 乙女ゲームの中のゼノは、獅子伯の跡を継ぐべく年若い頃から軍部へと入っていた。女性とは無縁の生活をしていたからか、まぁビックリするぐらいチョロく色仕掛けにひっかかる、女性慣れしていないキャラだった。ま、そこが可愛いんだけど。


 当初、お色気ライバルキャラは名前を『マティルダ』と称していた。

 実は貴族の隠し子で、まぁ認知されていないから書類上は平民なんだけど──って、今なら分かるけど、それ、ここにいる本物のマティルダそのものじゃん。

 まぁ、だから乙女ゲームのゼノも、そこにひっかかったんだけど。

 実は血の繋がった叔母なのに、不遇の生活を強いられてきたマティルダと、同じ境遇で同じ名前。そりゃ同情も誘うわな。

 獅子伯が言ってた。マティルダの身の上は暗黙の了解で周知の事実だって。少し調べればマティルダの境遇を知る事はできる。

 しかも『貴族の隠し子』っていう属性は、乙女ゲームの主人公も持ってる。乙女ゲームの主人公は別に特別じゃない、自分もそうだ。そう言って主人公の特別感をおとしめる役割もしてたんだな。

 あのお色気ライバルキャラは、それら全てを利用してゼノに近づき、将来の辺境伯の妻の座か、もしくは愛人の座に収まろうとしていた。

 ちなみに悪役令嬢アティは、友達がいないからだろうな……『私たち親友なの』というお色気キャラの言葉にすっかり心酔し、お色気キャラの手助けをする。あげく、麻薬漬けにされて、麻薬欲しさに財力を使ってアレやコレやと邪魔をしてくる。本当にヤバイ人間に成り下がっていた。


 それを看破かんぱするのが、乙女ゲームの主人公だ。

 実は孤児で貴族の血なんて継いでない、全部嘘だ、彼女は元娼婦だと、お色気キャラの身の上を暴き、悪役令嬢アティが麻薬漬けになっている事をさらし上げてザマァする。

 ……今考えると、なかなかグロテスクな展開だな……悪役令嬢アティの方はまぁ、アレとして。お色気キャラの身の上を暴いて、落としてさげすみ、それによってゼノの目を覚まさせようっていうのが、もう、なんか、気持ち悪い……

 しかも、乙女ゲームのゼノ。『そんな人間だったなんて』とか言うんだよな。相手の生まれやそれまでの生き方で、しっかりくっきり差別する人間だったんだ。

 ……今のゼノは、そうならないようになって欲しいわ……


 いや、ならない。


 だって、ゼノはもうそんな職業の貴賤きせんで人間を判別するような人間にならない。しない。

 アティも沢山の友達に囲まれてる。大きくなれば、もっと沢山の友達に囲まれる。彼女は天使だもん。もう人気の的になるわ。絶対。


 そして。


 今目の前にいる、ドン──いや、ドーラ。

 彼女も! 生きたくない生き方を強いられるようになんか、させるもんかッ!

 袖振り合うも多生たしょうえんッ!

 アティを堕落だらくさせる可能性が少しでもあるキャラを、のうのうをその辺の放置するワケがなかろうがッ!!!


「そうです! 私の手にかかれば! ドンの本名を知る事なんてワケもありません!! そんな私だからこそ、出来る事がある!!

 ドンに! なりたくない娼婦の道なんて、選ばずに済むように、します!!!」

 私がそう勢いよく言い切った瞬間

「どうするんですか……ドンの周りの子供たちが全員、同じように助けを求めてきたら……」

 背中に小さくかけられた、そんなサミュエルの言葉に、途端に冷水を頭からぶっかけられたような気持ちになった。

 そう、だよなぁ……何人いるか分からないけれど、でも、たぶん、少なく見積もっても、五・六人か、十人か……


 私に、その子たちを扶養する経済力はねぇぞ……

 ええと……

「これから、その方法を考えます!!! 皆さん、ご指導ご鞭撻べんたつのほど、よろしくお願い致しますッ!!!」

 私は立ち上がり、周りの全員に向かって、腰を九十度折り曲げて、ガバリと頭を下げてお願いした。


 ***


「先日急ごしらえで開設した養育院ですが……ディミトリが連れていた子供たちの他、応募してきた子供たちですぐに満員になってしまい、これ以上受け入れられる状態ではないですね」

 下宿の部屋にて、私が座るソファの前に立ったサミュエルが苦々しい顔でそう呟いた。

 隣の椅子に座るクロエも難しい顔をしてる。私の足元に、直に床に座ったニコラは『そんなぁ』とオロオロとしていた。

「……気持ちは分かるが、不用意過ぎだな。ま、いつも通りか」

 そんなディスりを入れるのは、部屋の入り口の横に立つアレク。

「いつも通りなんだ、ヤバイね」

 そうチャチャを入れたのは、窓の傍の床に座ったベネディクト。

 くっそう……返す言葉もでねぇ……

 どうしたらいいか、さっきから頭の中で、案が浮いては考えてダメで却下する、という事を繰り返している。もう脳味噌グッチャグチャや。どうしたもんか……


「お綺麗な正義感で簡単に了承するからだろ。出来ない約束はしない方がいい」

 そうトドメの言葉を放ってきたのはディミトリだった。物凄く侮蔑ぶべつの表情で、火の入っていない暖炉の傍に陣取って私をジロジロと見下していた。

 彼の言葉が私に突き刺さる。クッソウ。反論もできねぇわ。

 でも……

「セレーネ様は、出来ない事は約束しない……たぶん、何かしら、あるんだと、思う……」

 そう助け船を出して来たのは、意外や意外、マティルダだった。

 自分にてがわれたベッドの上に座って、ディミトリと私を交互に見ていた。

 そう言ってくれるマティルダの言葉が嬉しいけれど……正直──

「アレでしょ……私に、女児寄宿舎の調査行かせたのも、それが理由でしょ……?」

 そう呟かれたマティルダの言葉に、私はハッとして顔をあげた。

 そうだった! ドンのアレコレですっかり忘れてた! そっちもあったんだ!!


 遅れて合流したマティルダ。

 実は、彼女には別途、ラエルティオス伯爵が設立したという、女児教育用寄宿舎についての調査を依頼していた。

 女児寄宿舎については、実は図書館で新聞を調べる前から知ってたんだよね。カラマンリス領に入ってから別行動を取るんでは遅くなると思い、彼女には先行して調査におもむいてもらった。

 彼女も今回、厩務員の仕事をお休みして諜報活動に協力してくれている。彼女の鮮烈な赤い髪は確かに目立つけれど、それを差し引いても本人の強さがね……喉から手が出る程欲しかったし。

 人と会話したりするのは苦手そうだけれど、彼女は頭の回転が速く、そしてよく周りを見てる。その観察眼に期待した。

 調査理由は……その運営実体を把握する為。

 理念が素晴らしい組織なんて、この世にゴマンとある。でも、その実態が理想とかけ離れている、なんて事はザラだ。

 貴族子女や金持ち用の女学院ならいざ知らず、平民を対象とした、しかも女児の専用寄宿学校という所が気になってね。本当に健全に運営されているのか……健全に運営されているのなら、その内容に興味を抱いた。

「女児寄宿舎は、親からの応募で入れる。お金かかるけど、高くない。生活に必要なイロハと教えてた。裁縫とか料理とか……そういうの、ばっかだったけど……」

 マティルダが、調査してくれた女児寄宿舎の内容をボソボソを喋り語り始める。

「そういうのも、必要だと思う。『頑張ればある程度お金は出せる、けど、そもそも自分達にも余力ない』とか、『村にそもそも教える場がない』ってのも、あるし。メルクーリもそう。学校、あるけど、大概、遠い」

 彼女の目が、ふと一瞬遠くを見た。思い出してるのかもな。自分の故郷を。


「寄宿舎と養育院は違うだろ。金出すなんて、あのガキたちには無理だぞ」

 そうツッコミを入れて来たのはディミトリだった。呆れた顔をしてマティルダの方を見ていた。

 その言葉に、シュンと委縮するマティルダ。

「確かに違いますが、考え方次第です」

 私は、思いついた事で目の前がクリアになった気がして、横から口を挟んだ。

「養育院でもある程度勉強は教えます。そこでその子たちの資質を色々調査して、何かに特化した能力を持ってる子には、返済不要の奨学金を出すんです。そして寄宿舎や学校にランクアップしてもらう。

 そうすれば、その分養育院に空席が出来て、次の子を受け入れられる」

 そうだよ。

 ずっとそこで面倒を見る、と考えを止めてしまうからダメなんだ。

 ステップアップさせる事を考えればいいんだ。

「はっ」

 そんな私の言葉を、ディミトリが鼻で笑い飛ばした。

「いかにも、偽善的な何も苦労したことがないお綺麗な貴婦人の考え方だな」

 そう、侮蔑ぶべつ付きで。

「その慈善活動の資金が、どれぐらいもつかねぇ」

 嘲笑ちょうしょう混じりに吐き捨てられたので

「違います。慈善活動ではありません。もともと素質がある子をピックアップして、その子に活躍してもらうんです。その活躍具合が、カラマンリス領を豊かにするんですよ。

 いわば、先行投資です」

 私は首を横に振って、ディミトリの言葉を否定した。

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