第290話 ここに来た理由を改めて振り返った。

 私の元夫、ツァニスが持つ『侯爵』という肩書欲しさに、アレコレ暗躍しているラエルティオス伯爵。

 春先のアレコレで、ラエルティオス伯爵の間者だったディミトリを寝返らせた。

 その彼からもたらされた情報が──


 ラエルティオス伯爵がカラマンリス領内において、非人道的な犯罪──人身売買を行っているかもしれない、という物だった。


 我々は、ラエルティオス伯爵の足をすくう為に、彼が行っているであろう人身売買の証拠を掴みに、わざわざここへとおもむいたのだ。

 勿論この時代、人身売買は禁止されている。この国には奴隷制度はもう残っていない。

 しかし。

 法律としては禁止されていても、裏では横行している、というのが世の常だ。表向きは『奴隷ではありませんよ』としながらも、実態として奴隷制そのものである事だって、往々おうおうにしてある事だ。

 ディミトリは、無頼漢ぶらいかん集団として生活している時に、人攫ひとさらい的な事や、監禁されていたであろう人間の輸送等の仕事もやった事があると、情報提供してくれた。


「勿論、俺らは伯爵本人との面識なんてねぇ。ただある時、女子供を荷馬車に詰めて輸送した先で……俺らに仕事を依頼してきた奴らが小声で話してるのを盗み聞いた。そこで確かに『伯爵』という名前が出た」

 彼を寝返らせた後、カラマンリス領に戻った後アレコレしている時、彼は手土産としてツァニスにそんな情報を話した。

「何かの役に立つんじゃないかって、旨いけどクソ強い酒でソイツらを酔い潰して話を聞きだした。そいつらも大して上の奴らじゃなかったが……俺らには伯爵様がついてるから捕まらないんだ、って偉そうに言ってたぜ。ま、根拠は微妙だ。そいつらもそういう噂を耳した事があるレベルだったからな」

 淡々と話すディミトリの話を、ツァニスは顔を真っ青にしながら聞いていた。おそらく知らなかったんだろうな。自領地内で、そんな犯罪が横行していたなんて。

「こういう仕事は末端が一番危険だ。速攻で見捨てられる。そんなんはゴメンだ。だから俺は上の奴らに『俺らはもっとできるからもっと重要で報酬の高い仕事をくれ』って直談判した。そんでGETしたのがあの使用人としての潜入だった。一年近くかけて潜入したが、今までの仕事より危険度は低いし最高の仕事だったぜ。あのババアをたらし込んで操作して、情報を流すだけでいいんだからな」

 そういうディミトリの顔には、なんだか微妙に哀愁あいしゅうみたいな色を感じた。

 そこまでしないと生きられないのだという事実と苦労が、その表情から垣間見えた気がした。そんな仕事、達成感などありはしないだろう。サイコな性質を持たない人間からすると、きっと心が少しずつ疲弊していくものだったんだろうなぁ。


「お前らん所にいた執事。そいつらとも連絡を取ってた。時々直接会って話を詰めたりしていたが、そいつらがうっかり口を滑らせたんだ。『我が伯爵様は』って。

 あいつらも末端貴族の三男坊とかだろ? 貴族ってやっぱりバカが多いんだな」

 そういって嘲笑していたディミトリ。返す言葉もなかったわ……あの追い出した執事たちがバカなのは身をもって体験したわ。ツァニスは額手で覆って、本当に頭が痛そうな顔をしていたなぁ。

「俺が奴等をおだてつつ、それとなくそこを突っ込んでみたら、お前は見込みがあるからって色々話してくれた。生意気な侯爵夫人を一目見てみたいと伯爵様が言ってたっていうのも、その執事たちから聞いたんだ」

 なるほどなるほど。

 あの追い出した執事たちから、ラエルティオス伯爵は私の話を聞いていたのか。

 物珍しい物を見たいという下種ゲスな好奇心で、私は誘拐されそうになったんか……はぁ、最悪だ。胸糞悪い。


「人身売買と伯爵は直接繋がりが見えない。が、末端作業してた俺らが『もっといい仕事を』と交渉した結果があの潜入作戦だ。潜入作戦自体は伯爵と繋がりがある。

 つまり……そういう事だろ」

 ディミトリは、何故か若干冷めたような顔をしながら、話をそう締めた。

 春先、メルクーリの別荘から戻って来た後、色々今後の算段を立てている時にもたらされたそんな情報。それをもとに、今回ここに来たわけだけれども……


 新聞を調査していたのは、ラエルティオス伯爵の動向を把握する事の他、小さく取り上げられる事件の裏に、そういったデカイ犯罪組織の影が見えないかどうかを調べていたから。

 ディミトリの仲間たちには、もう少し具体的な事件の詳細の調査。

 そして、ドンにお願いして、その事件が発生しているであろう場所の候補の調査を行っていた。

 でも……それがなかなか上手くいかなかった。


 確かに、人身売買があるのだという証拠は少しずつ集まって来た。

 しかし。

 それがラエルティオス伯爵に繋がる証拠が出てこないのだ。

 出てこない上に──

 むしろ、その犯罪を主導していると思しき人物は、ラエルティオス伯爵ではなく、ではないのか、そう思えるような繋がりが、見えて来てしまった。


「ドンの話によると、人が行方知れずになりやすい場所、というものが見えてきました。子供たちの間ではその場所は『人食い魔物がいる』という噂になっているそうです。

 おそらくそこ近辺が狩場なのか、もしくはさらって来た人間を一時的に監禁していたりする場所なのでしょう。証拠を漏らさない為に、近づいた人間は始末されているのだと思います」

 私は膝の上に置いてあるこの街の周辺地図に視線を落として口を開く。

「その場所の所有者、そこら辺近辺の建物の所有者、それをディミトリやサミュエルに調べてもらいましたが……繋がった先が、ラエルティオス伯爵ではなく、その弟──ミハエル卿、なんですよね……」

 はぁ……

 またしても、盛大に溜息をもらしてしまった。いや、もう溜息しか出んて。

「それはつまり……人身売買の主犯が、ラエルティオス伯爵ではなく、弟のミハエル卿である、という事なのでしょうか」

 クロエが、少し悲しそうな顔をしてそう呟いた。それを聞いたサミュエルも、頭が痛そうに額を抑える。

 私はそんな彼に代わりに口を開いた。

「勿論、その可能性もあります。ディミトリ自身も、ラエルティオス伯爵とは直接の面識はありません。

 人身売買の主犯がミハエル卿で、ラエルティオス伯爵の思惑とは全く別なのか、それともある程度の繋がりはあるのか、実は全ての首謀者はミハエル卿なのか……判別ができません」

 ディミトリからもたらされた情報を思い出しながら、今ここにいるメンバーにそれを伝える。

 もしかしたら、伯爵の弟──ミハエル卿が、勝手に兄の名前を利用したのかもしれない。


「しかし……爵位乗っ取りの要になるハズだったベネディクトが、ラエルティオス伯爵の次男である事実があります。何も知らない、という可能性は絶対にないでしょう。

 しかも……

 ツァニスの父や妻を、知られず暗殺まで行える程の手腕を持ってる人間が、自分へと直接繋がる証拠を残していると思えない。

 少し深く調べた結果の証拠が自然とミハエル卿へと繋がる……その自然さが逆に不自然過ぎて……ミハエル卿は主犯ではなく、少なくともミスリード──身代わりスケープゴートなんじゃないかって、思えるんです」

 ドンが言っていた場所の所有者がミハエル卿だった。それは正式な書面として残っている。

 それが逆に不自然過ぎるんだよ。まるでミハエル卿が

 むしろ、そう思うように仕向けられているのだと思う方がしっくりくる。


 しかもそれは、冬に私の暗殺を企んでいた、ベネディクトの養父──カザウェテス子爵の思想からもうかがい知れる。

 彼は長男血脈至上主義の思想に染まってた。本来であれば、カラマンリス侯爵という肩書は代々長男が継いできた。しかし何かがあってそれが覆され、長男が存命にも関わらず、そうではない人間がカラマンリス侯爵を継いで、その子孫がツァニス。

 自分達が長男の血脈なのだから、そっちが正統な後継者である、というのがカザウェテス子爵の考え方だった。

 だとしたら、弟という傍系血脈は、直系の為に死ね、ぐらい思ってそうなんだよ。ミハエル卿もその洗脳に支配されているとしたら……主犯ではない。洗脳したヤツが、必ずいるからな。


 でも、それに気づけたのはカザウェテス子爵の言葉が聞けたから。

 もしそれを知らない人がこの証拠の繋がり方を見たら、首謀者はラエルティオス伯爵ではなく、ミハエル卿なんだって思うよな。


 むしろ、ラエルティオス伯爵は、それを狙ってるんじゃないのかな。

 彼は、後ろ暗い事についての証拠を敢えて弟に繋がるように仕向けて、いざ何かが露見ろけんした時に、弟を身代わりにして自分の地位は揺らがないようにしているのではないか。

 十年以上の歳月をかけつつ、少しずつ外堀を埋めていき、国や領民、全てに認められて祝われて、自分、もしくは自分の血脈に『侯爵』という肩書を戻したいのだろう。


 ……恐ろしく根回しが上手い人間なのだと思う。

 気持ち悪いを通り越して、いっそ清々しい。反吐が出る。


「ミハエル卿が本当は主犯なのか、それとも身代わりスケープゴートなのか……

 まぁ、それはもう少ししたら分かるかもしれません」

 私は気を取り直し、そうハッキリとした声でみんなに告げる。

 ここで悶々もんもんと悩んでいても進展しない。結局、多少危険を冒してでも足掻あがくしかないんだよ。

「その為に、色んなパーティに潜入して『私がミハエル卿に会いたがっている』と噂を流したんです。パーティなどの、人が沢山いる場所で殺される事は……まぁ、ゼロではないにせよ、毒殺等には注意すれば、なんとかかわせるかと思います。

 直接会って、真意を確かめます」

 そう力強く言うと、その場にいるみんなの表情が少し引き締まった。

 主に、私とアレク、そしてディミトリが行っていた、情報流布。

 おそらく、その噂は当のミハエル卿に届いているハズ。

 動きがあるとしたら、そろそろだ。


 それが、今の状況の打開に繋がる事を祈りつつ、私は改めてその場の一人一人の目を見て小さく頷いていった。

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