第287話 パーティに潜入した。

 きらびやかで豪奢ごうしゃなシャンデリアが、天井からぶら下っているのが分かる。シャンデリアを構成するクリスタルに灯りが反射して、キラキラと輝いていた。吹き抜けとなっている高い天井に視線を向けると、天国だか何だかを表現した宗教画が一面に描かれているのが見える。

 その天井を支える柱がいくつも立ち並び、その間には意匠の凝らされたソファや椅子が。ここに集まった人々は、おのおの好きな場所で寛いだりお喋りに興じていたり、音楽隊の演奏にダンスしたりしていた。


「はぁ~……」

「溜息はやめとけ。せめて扇子で口元隠せ」

 私が、感じた多大なる疲労に盛大な溜息をもらすと、私が座るソファの肘置きに軽く腰掛けたアレクが、横目で私を見ながらツッコミを入れて来た。

「一休みさせてェ……」

「休んでいいから溜息やめろって」

 重力が十倍になったんじゃないかってぐらいの重さを肩に感じていたので、思わずそう漏らすが、アレクからの追加の苦言。

 ですよね。すみません。


 我々は今、とある金持ちが主催するパーティへと潜入していた。

 潜入と言ってもね。ちゃんと招待状貰ったよ。

 これは貧困孤児救済の為のチャリティパーティ。アレクにお願いして事前にネゴを取り、ちゃんとした経路でGETしてきた。ベッサリオン伯爵令嬢として、私はこの場に立っている。……いや、疲れてソファ座ってるけど。

 本来、チャリティパーティといえど、女性単身での参加は認められない。男性の同伴としてしか、こういう場には参加できないのだ。

 なので、代わりにアレクが『ベッサリオン伯爵名代』として招待され、名代の身元保障が娘である私って事にしていた。ホント、面倒クセェわ。この無意味な通過儀礼。

 この為にベッサリオンにも事前に連絡を取り、何かあった時はそうさせてくれとネゴを事前に取っていた。電報で許可は貰っていたけれど、その後追加で送られてきた手紙には、アレクへの代理人証明書、妹たちからの手紙と共に、母から私へのお小言までついてた。いや、小言、じゃないね……クッソ長かったし……一応、全部読んだけどさ。


 チャリティパーティなのでバカ高い参加費が必要だったけれど、それは諜報活動資金から。サミュエルを通してツァニスからも許可もらってる。

 ……この募金が、ちゃんとした事にちゃんと全部使われれば、いいけれどね。


 ま、パーティがチャリティであるかどうかっていうのは、この際どうでもいい。

 兎に角、権力者・金持ち等が現れるパーティに出たかった。

 、我々はここに来たのだ。

 ここには私の他、今横にいる幼馴染狙撃手アレクシスと、そして今は人込みの中に紛れている人形顔使用人ディミトリが来た。

 ディミトリは、さっきまでダンスフロアで女性たちに囲まれていたけれど、いつの間にかその姿が見えなくなっていた。女性たちから逃げたか、もしくは別の場所で情報収集、及び情報流布をしてくれているのかもしれない。


 こうして、パーティを少し離れた所で見ていると。

 スリの少年の存在が嘘みたいに思える。

 こんな世界もある。

 あんな世界もある。

 同じ世界だと思えない。

 嘘みたいに着飾った女性たち、タキシードと勲章で誇る男性たち。

 きらびやかな世界の裏で、人から盗んでなんとか生き抜く子供たちがいる。


 なんだかなぁ……


 しかし、かくいう私もパーティに出る為に着飾っていた。

 私は今、こういう場に参加する時の為にって、アンドレウ夫人が用意してくれたイブニングドレスを着てる。

 もうこれがまた、アレなんだよ。ケツの穴見えそうで怖いんだよ。

 ホルダーネックの真っ黒なドレス。マーメイドタイプでその背中はバックリ開いてて、なおかつ腰まで見えてーら。といっても、背中の傷を隠す為に、黒いレースがちゃんとついているんだけどさ。着てるこっちはなんかヒヤヒヤするわ。肩もふんわりレースで覆われており、二の腕まである手袋をしてるので、こっちも傷が隠されている。

 ただ、胸元も縦に割れててヘソまで見えそうなんですけれど。こっちは背中ほど開いておらず、ただ隙間からかすかに肌色が覗いてるだけなんだけれど……

 ……コレを考えてくれている時の、アンドレウ夫人、クロエ、マギー、ニコラのキャッキャウフフがね……大変だったよ……

 私はその時マネキンになっていた。上半身裸の下着姿で、アレでもないコレでもないと着せ替え人形さながらにされていた。

 人権は、なかった。


 もうちょっと布で隠しませんか、と進言したんだけれど、『貴女は引き締まってスタイルがいいから、コルセットもなしでドレスが着れるのよ。他の女性には真似できないんだから、むしろ誇って欲しいわ』とか、あれやこれやと丸め込まれてしまった。

 ただ、一応、ドレスの構造として、『前かがみになったら、これ、乳見えませんか』ってなんとか食い下がったんだけど、全員が口をそろえて

かがむな。立ってろ』

 って。

 ハイ。私に人権がない事を忘れておりましたスミマセン……


 そんなドレスだから、私はソファに座っているにも関わらず、背もたれに背を預けずに、背筋を伸ばして座ってるんだよ。疲れてるのに休めないって……ドレスじゃなくって拷問服じゃないのか、コレは……


 しかも。ドレスが素敵すぎて、さっきまで男性から声をかけられまくって辟易へきえきとしたし。高級娼婦だと思って声をかけてきたオッサンがおったんよ。

 思い返すとハラワタ煮えくり返るわ。


 飲み物を貰えるカウンターでソーダ水を貰い、グラスを受け取ろうとしたら横にいたオッサンにヒョイっと取り上げられた。

 なんだテメェ、と思ってそっちを見たら、私から取り上げたグラスをユラユラさせて

『貴女にはこんな物よりも薔薇が似合う』

 だってさ。キッモっ。

 笑顔で流し、グラスを取り返そうと手を伸ばすと、その手を取られて腰を突然抱き寄せられた。

 そして耳元で

「ダイヤのイヤリングでどうかな」

 だって。キモォーーーーーーーーー!!!


 私はすかさず、カウンターの上に置かれていた、誰かが使ったフォークを掴み、彼の肋骨の下辺りにグッと押し付けた。

 そして彼の耳元で

「ご存じですか? 人間はここに動脈が通っています。このフォークが刺されば、貴方は腹腔内で大量出血を起こして、ゆっくりと苦しみながら死にます。

 誰にも気づかれずゆっくり苦しんで死ぬのと、手を放すの、どちらがお好み?」

 とドスの効いた声で優しく伝えてあげたら、腰に回された手は離された。

 身体が離された所で、私は手にしたフォークをクルリと回し、彼に見せつける。

 彼は顔を真っ青にして、苦笑いして逃げてった。

 ……ホント、ムカつくわ。

 アンドレウ夫人たちがドレスを作ってくれたのは、男を呼び集める為じゃないのに。


 いや、さすがに私も、このドレスはやり過ぎじゃないかって思ったんだけれど。

 ふと、アンドレウ夫人が

『二回の離婚歴で貴女を見下す人間が増えるわ。男も、女も。そんな事で貴女の価値が下がったのだと、思われて欲しくないの。貴女はコレを着て背筋を伸ばし、ただ歩けばいいのよ』

 って。

 その言葉には思わず感動してしまった。

『だからこの部分の布、もう少し減らしましょう』

 って追加で言われた時には……もう、好きにして、って、思ったけれど……


 このドレスは、確かに飾り気は少ない。真っ黒に染め上げられたシルクのドレスだが、ドレープも首元とスカートのすその部分のみ。レースも黒だし、リボンもなければ宝石もあしらわれていない。端々にニコラとクロエが刺繍を入れてくれたけれど、刺繍糸も黒だ。よく見ないと刺繍が入ってるのすら見えない。

 同じ色の糸で刺繍した理由をクロエとニコラに尋ねたら、

『よく見ないと良さが分からない。それが貴女らしいんです。分かる人には分かる。それがいいんです』

 ってさ。こっちの言葉にも感動させられたわ。

 私は今まで洋服にはたいしてこだわりがなかった。

 しかし、アンドレウ夫人、クロエ、ニコラ、マギーによって『服装によって人を体現する意味』を教えてもらった。私にはない視点だったので身体に電気が流れたかのような衝撃を受けたよ。そして、納得できた。彼女ら彼らが服にこだわる理由が。

 このドレスは、私の身体を──私自身を、十二分に美しくみせてくれている。

 これが私なのだ。

 そう思わせてくれる、素敵なドレスだった。


「……なんか、色々バカバカしくなってくるな、こういうの見ると」

 このドレスにまつわる事を思い出していた私に、アレクがポソリとそう告げる。

 彼の声に視線を上げると、彼は着飾って踊る人達の方への顔を向けて、なんだかムナしそうにしていた。

 ちなみにアレクは濃いグレーのシルクのスーツ。これもアンドレウ夫人とニコラがデザインしてくれた。堅苦しいのは嫌だとタキシードを嫌がったアレクに、特別にしつらえてくれたのがコレ。首元には蝶ネクタイではなくアスコットタイ。いい感じにラフな空気が出つつ、それでも上品さを失っておらず、アレクが廃嫡されたのが嘘みたいに思えた。……言わないけれどね、そんな事。


虚構きょこうにも程がある。外をいくらつくろったところで本質は変わらない。だろ、あんなの」

 珍しく人のいる所で毒を吐くアレク。しかも……それってさ、見てる人達の事じゃなくって、自分の事、言ってない?

 元々の私なら速攻で同意するところだったけれど──

「私も、自然そのままっていうのも勿論好きだけどさ。でも、私は今着てるドレスも好きだし、それを着てる自分も好きだよ。いつもの自分なら絶対選択しないけどね。でもこれを着てると、凄く自分が『上等』になった気がする。

 それでいいような気がする」

 そう言うと、アレクが驚いた眼でこちらに振り返った。

 なので、彼の目──私と同じ紅玉瞳ルビーアイを見返して

「そのシルクのスーツ着てるアレクも好きだよ。ま、普段の気楽な恰好してるアレクも勿論好きだけどね」

 そうニッコリと笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る