第276話 旅のお供と話した。(2023/07/01改稿)
一等寝台車の方は、私たちが向かう前にカタがついていた。
私がベネディクトに、一等寝台車に残っているテセウスの保護と応援をお願いしていたのだけれど。車両の屋根伝いに一等寝台車へと行ったベネディクトが、アッサリとそこにいた残りの強盗を倒してしまったのだ。
スッゴイ警戒して色々準備し、いざ一等寝台車の扉を──ってやろうとしたら、扉がガバッと開けられ、倒した強盗を引きずったベネディクトが立っていた時には、口から心臓出るかと思った。
有能過ぎるというか、怖いというか、ちょっと心配というか。
しかも『眠いからサッサと片付けたかった』って理由がサイコすぎてちょっと引いた。
次の駅に到着し、強盗をその地域の警らに引き渡した後。
当初の予定より大幅に遅れた列車が出発したと同時に、私たちは改めてサロン車に集まって話をすることに。念のため、人払いをして。
サロンには、私をはじめとして、ニコラ、クロエ、ベネディクト、アレク、サミュエル、そしてディミトリと、旅のお供が勢ぞろいした。
私とニコラはソファに座り、向いの椅子にはクロエ、その隣の椅子にはサミュエルが座っている。ラウンジカウンターの所にはディミトリが。アレクは少し離れた所で壁に背を預けて立っていた。
ベネディクトはといえば。私の隣のソファに転がって寝ちゃってる。どんだけ眠かったのさ。
「サミュエル。友達はしっかり選んだ方がいいと思いますよ」
私はソファに深く腰掛けトニックウォーターを飲みつつ、向かいのサミュエルにそう告げる。
サミュエルは苦ーく顔を歪ませてバツの悪そうな顔をした。彼が何か言い淀んでいた時、先に口を開いたのは
「それは酷い言い方でいらっしゃる司令官殿」
物凄く
私の白けた視線には当然ディミトリも気づいてるんだろうけど、そんなものガン無視して、グラスを振って炭酸水を揺らめかせる。
「ご婦人からのお誘いを断るような失礼な態度を取る事が、申し訳なく。勿論、密命の事も重々承知しておりますが、緊張続きの旅ゆえ、少しだけその緊張の糸を解きほぐし──」
「ハメ外そうとしたって言えや」
「まさかそのような。司令官殿と重要なる使命の旅を行っている最中に、そのような事は断じてありません」
「どうでもいいけど、その喋り方やめてください。気持ち悪い」
「できません司令官殿。貴女様は、
代わりに口を開いたのはクロエだった。
「口を
「ハイハイ、分かったよ」
クロエの抗議を受けて、ディミトリは瞬間的に白けた表情となり、つまんなそうにグラスを
私は一瞬で疲れを感じ、落ちて来た前髪を後ろへと撫でつける。
「……サミュエル、マジで、友達選んで、お願い」
「いや、友達というワケでは……」
「わ。なにげに酷い」
私の言葉に、ゆるゆると首を横にふるサミュエル。すかさずディミトリからツッコミが入った。
「ご婦人からのお誘いに固まってたから、俺が友人として優しくサポートしてあげたのに」
ディミトリが、その美しい顔を曇らせて悲し気に首を横に振る。するとすかさずサミュエルがその言葉に噛みついた。
「いや、アレは私へのお誘いではなく、ディミトリ殿へのお誘いでしょう。私は巻き込まれただけで──」
「
「そっ……そんな事は!」
「だってアレクシスは断ったろ? サミュエルは断らなかった。つまりそういう事じゃないのか?」
「そ……れ、は……」
「ハイ、そこまで。あまりサミュエルをイジメないであげてください」
完全に言いくるめられたサミュエルを助ける為に遮った。俗世で口八丁手八丁で生き抜いてきて、ラエルティオス伯爵に間者として雇われ大奥様を
このメンツの中で、ディミトリに口で負けないのは、クロエとアレクぐらいじゃないの?
でも、クロエは基本、私の事に関して以外には口を開かないし、アレクはさっきから楽し気にニコニコこっちを眺めてるだけ。
「まだ移動中ですから、ハメを外すなとは言いませんよ勿論。節度さえ守っていただければ」
私たちは、
「そもそも、ディミトリが目立ちすぎるんですよ」
サミュエルが、カウンターの所で素知らぬ顔して炭酸水にライムを絞るディミトリの背中を睨みつつ
「やだなぁサミュエル、俺の美貌へのやっかみ?」
「違っ──」
「ま、生まれ持った資質の差ってやつは、残酷だよな」
「だから──」
「いいんだよサミュエル。例え落とした女の数に天文学的数値の差があっても、それを
「おまっ──」
「はーい、やめやめ。無理ですってサミュエル。ディミトリには色々な意味で勝てないんですから」
また言い合いを始めた二人をやんわりと制した。
あー。たぶん、ディミトリはサミュエルをからかうのが楽しいんだろうな。相性は悪くなさそう。ま、サミュエルが振り回されているように見えるけど、結構彼はもともとそういう性質っぽいし。
それは置いておくとして。
ふと、私もディミトリの顔を改めてジッと見た。
その視線に気づいたディミトリが、美しく微笑んで私にウィンクを飛ばしてくる。掴んで捨てた。
「確かに、ディミトリの顔はとても美しいですね」
私は、彼の顔を細部まで見る。以前、上段蹴りを叩き込んで折った鼻は綺麗に治っていた。たぶん、彼の顔は黄金比。左右もほぼ対称だしマジで人形のような顔だよね。
マジマジ見ていると、ディミトリがニヒルな笑いを私へと投げかけてくる。
「何見惚れてるの。惚れ直しちゃった?」
「いや、ホント、ホントその顔って利用価値高いな、と思って」
私がサラッとそう返答すると、彼は途端にジト目になる。アレクがブフッと噴き出していた。
「オイ、コイツ、恋愛脳死んでるぞ」
ディミトリが不満げな声を笑ったアレクへと投げかける。
「お前が好みじゃないんだろ」
アレクは苦笑しながら返答していた。すると、物凄い驚き顔をするディミトリ。
「え。ゲテモノ喰いなのか、もしかして」
オイコラ失礼だなお前。
「ふふふ。自分をどれだけ天上に置いていらっしゃるのかしら。
クロエ……もしかして、ディミトリの事、嫌いなの?
「違うよ。セレーネ様は、ゼノみたいな顔が好きなんだよ。テセウスが手紙で言ってた」
そう声をあげたのはニコラだった。
ちょっとテセウス!? ニコラになんて事教えてんの!? 手紙で色々やり取りしているって言ってたけど、その情報共有は不要だろ!! もっとこう、生活する上で必要で有意義な情報を交換してや!
「ゼノって?」
「屋敷にいるメルクーリ伯爵の嫡子です。赤毛の少年ですよ」
ディミトリの質問に、サミュエルがサラリと答える。
「……? ああ。理解した。つまり、あの軍人オーラ全開の、あの男の系列顔だな」
ディミトリが何かに納得したように頷くと、何故かアレクとサミュエル、そしてニコラ、挙句にクロエまでウンウンと頷いた。
なんでやお前たち。なんでここでいきなり心を一つにしてんねん。
「とにかく! 今回は確かにある程度
少しハメを外すぐらいは構いませんが、各人自分の役割を忘れてしまっては困りますからね」
私は気を取り直して、私たちが抱えた問題点について指摘する。
「話逸らした」
「逸らしてません!」
ディミトリのツッコミは強めに否定しといた。
「今回は、アティ専属家庭教師としての事前調査旅行です。いわば、視察団です。表向きは、勉強の為にカラマンリス領へと
私は眉間を強めに揉みしだく。
「ああ、嫉妬したのか」
「してねぇわ」
再度のディミトリの言葉も速攻で否定した。
「裏向きは諜報活動です。今ある情報の証拠をGETする為の旅です。
また恐らく、春の出来事は相手方に伝わっているでしょう。妨害活動や最悪暗殺の危険もあります。
あまり無駄に騒ぎを大きくしないように心がけてくださいね」
「いの一番に強盗ぶっ飛ばしたヤツの忠告は
「……そのお言葉、そっくりそのままセレーネ様にお返しいたしますわ」
私がみんなにしたはずの釘刺し説明が、ディミトリに嫌味で返され、クロエにはそのまんま打ち返されてブッ刺さる。ですよね……すみません。
いや、私だって強盗なんぞに出くわさなければ、何事もなく優雅に旅するわい。強盗がいけないんだよ強盗が。あいつらが襲って来なければ、こっちだって返り討ちになんぞしないのに。
もっと平穏に生きたいのになぁ。どうしてこうなるんだろうか?
私は、これからの旅路の不穏さに、思わず大きな溜息を漏らしてしまった。
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