第275話 強盗をやっつけた。(2023/07/01改稿)

 私は待機しつつ、息を整える。

 キュロットのすそは、縛って邪魔にならないようにした。見た目がマヌケになったのは、この際目をつむろう。ドレープがしっかり取られたキュロットでは動きにくすぎるからね。


 扉の脇に待機した車掌しゃしょうに視線を送った。

 車掌しゃしょうが小さく頷く。

 そして

 彼は手にしたサスペンダーを全力で引っ張った。


 サスペンダーがくくりつけられた先には扉の取っ手が。引っ張られた勢いで盛大にバタンと扉が開く。

 それとほぼ同時に、私は天井のパイプに鉄棒よろしく両手で捕まり、乗っていた椅子を蹴った。そして猛烈に勢いをつけて両足を前へと突き出す。

 扉の前に立っていたであろう強盗の背中に、渾身こんしんの鉄棒ドロップキック!

「ぐふぅッ!?」

 変な声を漏らした強盗が、私のドロップキックをもろに食らって床へとベタリと倒れた。その瞬間、強盗の手から拳銃ハンドガンが滑り落ちる。

 私はすかさずその銃を前へと蹴り出し、すぐさま横にある机の下へと滑り込んだ。

「何だテメェ!?」

 そんな怒号どごうと一緒に銃声が。再度閉められた食堂の扉に何発かの弾丸が突き刺さる。

 しかしすぐに。

「ぐあ!!」

 そんな悲鳴が上がって、銃撃が止んだ。


 おそるおそる頭をのぞかせると、銃口から煙を立たせたままの銃を握ったアレクが、呆れた顔で私の事を見下ろしてきていた。

「お前の辞書に、『自重じちょう』って言葉を赤で書いとけ」

 そりゃ無理な相談ってモンだよアレク。

「本当に。いえ、書くだけでは足りませんわ。刻みましょう」

 そう、ほほほほと小さく笑いながら立ち上がったクロエ。顔は笑ってるけど目がマジだ。何それ怖い。どこに刻む気? もしかして、顔??

「ま、から考えたら、まぁ順当な行動なんじゃない……?」

 そんなボソボソとした声でしゃべりつつ、私がドロップキックした男を後ろ手で縛り上げるベネディクト。

 ああ、確かに確かに、そうだよね。


 ──今の私の肩書から考えたら、そうなるよね。


「話は後にしましょう。まずはコイツらどうにかしないと」

 私は机の下から這いだし、ベネディクトによって縛られた強盗の背中を踏んづけた。視線を車両前方へと向けると、アレクに撃たれて倒れたであろうもう一人の強盗も、他の乗客によって抑えつけられている。

 あとは……サロン車と一等寝台車だ。一等寝台車では、テセウスが強盗の一人を捕まえて籠城ろうじょうしてる。見つかる前に早く戻ってあげないと。

 と。あれ?

「他は?」

 食堂車にいると思っていた人物の姿が見えず、私はキョロキョロと視線を巡らす。

「ああ、サロンの方にいるハズだ。さっき、ちょっと……」

 そこまで言って、不自然に言葉を濁らせるアレク。

 私が首をかしげていると

「……面倒くさいからサッサと片付けよう……眠い……」

 緊張した場所の筈なのに、ベネディクトはどこか抜けたような顔でボヤいた。

 そうだったそうだった。今は仲間のいる場所さえ分かればいい。

「よし。じゃあ、そうと決まれば」

 私は踏んづけていた男の腕を取って無理矢理立たせる。

「サッサと片付けましょうか」

 そう言って笑うと

「……セレーネ様ってさ、時々悪の親玉みたいな笑い方するよね」

 ベネディクトが、なんの気持ちもこもっていないかのような声で、そうポツリと呟いた。


 ***


 先程捕まえた強盗をサロン車の扉の前に立たせ、手を縛られ動けないヤツの代わりに、私が扉をノックする。私はサロン車の扉の窓からは見えないように屈みつつ、ノックしていない方の手に持った銃を、強盗のケツに突き付けていた。

 サロン車の方の強盗は、扉についた小さな窓から顔を出しつつ、首を傾げて何度か首を横に振る。しかし、しつこく何度もノックしたせいか、鍵を開けてサロン車の扉を開いた。

「どうした?」

 サロン車にいた強盗の一人が、不思議そうな顔で仲間の顔を見る。

 なので私は、その股間に銃をつきつけた。

「声を出すな。出したら最後だぞ」

 ボソリと一言。銃を突き付けられた強盗は目を泳がせつつ、しゃがんだ私へと視線を落とす。その隙に、同じく屈んで姿を隠していたアレクが、強盗の銃をその手からそっと奪った。


 アレクが、縛られた強盗の方をふんづかんで後ろに下がらせる。私はゆっくり立ち上がり、サロン車の方にいた強盗の眼前に銃を突きつけて、振り返るようにうながした。

 ゆっくり振り返った強盗の背中を銃で押しながら、私はサロン車へと入る。

「……? オイ、何──」

 サロン車前方にいたもう一人の強盗が、声をかけてすぐにこちらの存在に気づいたようだった。

 私は見えやすいように、強盗のこめかみに銃をつきつける。

「食堂車は解放しました。一等寝台車の方もです。大人しく投降しなさい」

 ま。一部嘘だけど。一等寝台車の方はまだ解放してない。でも、ここにずっと居続けのコイツには、それは分からないハズ。

 サロン車前方の強盗の目が揺れる。私の方に銃を向けつつも、その手は震えていた。

 まさかこんな事になるとは、ってか? そんな覚悟で強盗なんかしてんじゃねぇよ。


 私は素早く辺りを見回した。

 あ、カウンターの所にいるのは家庭教師兼執事サミュエル。隣には身なりの良い女性が。ほー。ほー。なるほど理解。食堂車からサロン車の方へ移動した理由が。

 一緒にお酒でも一杯、とか誘われたな? ここにアティはいないもんな? ちょっとぐらいハメを外しても、いいよな? うんうん、分かるよ。ふーん。

 ──ん? あれ? もう一人は?


「ふ……ふざけんな!!」

 車両前方の強盗が、何を血迷ったのか私たちに向かって発砲。私は銃をつきつけていた強盗の身体から、そく手を離して横へと避け、ソファの影に隠れる。その瞬間、肩を撃ち抜かれた強盗が後ろへと尻もちをついた。

 仲間ごと撃つか! 最低だなお前!!

「きゃああ!!」

 サロン車に居た女性たちの悲鳴があがる。そっとソファの影から顔を出すと、さっき撃った強盗が、そばにいた女性を捕まえてその頬に銃を突き付けていた。

 まったく、諦めの悪い。

 私はゆっくりと立ち上がり、ヤツに銃を向けた。……撃たないけどね。ってか、撃てないけどね。私はアレクじゃないから、絶対人質の女性に当たるもん。

 ちらっとアレクがいるハズの方へと視線を向けると、彼は撃たれた強盗の銃創部分に手を押しあてて止血していた。

 ……アレクは動けないか。まぁ、仕方がない。いくら強盗でも、ここで死なれたら寝覚めが悪い。


 ヤバイな。こうしている間にも、一等寝台車の方にいる強盗の一味が来てしまうかもしれない。でも、下手に動けば動揺したヤツの指に力が入って、人質が撃たれてしまうかも。

 動けない。どうしたもんか──


「うっ……」

 突然、女性を人質にしていた強盗が、変な声を上げる。その腕がダラリと床に下がった。

 強盗の拘束が緩んだ隙に、女性が慌ててその場から逃げる。

 何が──

 倒れていく強盗の姿を見つつ、そう思ったとほぼ同時に。

「人質切り捨てるぐらいできないと、は務まらないんじゃないか?」

 強盗の後ろに立っていた男性──人形のように美しく綺麗に整った顔をした、元・大奥様の使用人で、かつ、ラエルティオス伯爵家の間者だった者──ディミトリが、ニコリとほほ笑んでいた。

 ……その後ろには、頬を紅潮させてウットリとする女性が。

 あー。あー。理解。

 二人で、サロン車の一番奥のソファ──見えないところでイチャコラしてたんだな。

 はーはー。なるほど、なるほど。状況が見えて来た。

 サミュエルだけが女性に声をかけられたとしたら、サミュエルが乗るとは思えなかったけど。さては、声をかけられたのは、お前だな? んで、サミュエルも連れてったのか。サミュエルに変な影響与えんじゃねぇぞコラ。


 私が盛大な溜息をついて銃を下げると、ハッと気付いたサミュエルが倒れた強盗の後ろ手を取る。自分のしていたネクタイを取って、強盗の手をグルグル巻きにしていた。

「あと、残りは一等寝台車だな」

 私の肩をポンと叩いたアレクが、銃をぶら下げながら前へと歩いていく。


 幼馴染狙撃手アレクシス家庭教師兼執事サミュエル美しい顔の諜報員ディミトリ無気力少年ベネディクト二重人格少年ニコラ・テセウス、そして、侯爵夫人の侍女クロエか。

 私の今回の旅のお供は、また一癖も二癖も強い人間が揃った気がするなァ……

 私は一つ盛大に溜息をついたのち、アレクの後を追って一等寝台車の方へと向かって行った。

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