第271話 お花見に来た。

 みんなでランチをいただいたけれど……まぁよくこんな豪勢なランチを持ってこれたな。

 獅子伯が、この日の為に料理人たちが腕によりをかけたとおっしゃっていたけど、桁が違うよ桁が。まさかここまでとは。

 コールドミートにサラダ、様々な種類のパンにソースやチーズ、ミートボールやスープまで。どうやってこんな汁物を……と思っていたら。少し離れた所で料理人たちが簡易的なかまど作って、そこで屋敷から持ってきた鍋を温め直したりしていた。メルクーリの料理人たち、柔軟性があり過ぎる! 零れないようにどうやって持ってきたんだよ!? 凄いな。


 アンドレウ公爵や夫人たちは、持ってきた折り畳み式のテーブルと椅子で食事をしていたけれど、エリックは私たちと一緒に、地面に敷かれたシートの上に座った。

 サンドイッチを食べるのはいいけど、中身がボロボロ落ちてってるよ。口の周りもソースでベッタベタだよ。でも、美味しそうに食べてるから、まぁ、今日ぐらいはね。

 いつも通りイリアスが、甲斐甲斐しく都度都度口を拭いたり、膝の上を綺麗にしてくれたり、色々世話を焼いていた。


 アティは勿論私の隣で。アティは慣れたもんで、上手くサンドイッチを食べている。でも時々、具材が後ろから飛び出してしまったりしていたが、ニコラが手で受けてくれていた。ニコラ、世話が板についてきたなぁ。凄いわ。あ、手の上に落ちたアティのハムをニコラが食べた。アティ、なんでちょっとムッとするの。いいじゃん、ニコラの手の上に落ちたヤツを、アティに再度食べさせるワケにいかないでしょうが。ハム好きなのにって……どんだけ肉食なの貴女は。


 ゼノは獅子伯と一緒にシートの上に座って、ニコニコ話しながら食べている。屋敷に来た当初、あんなに食が細かったゼノが……彼はきっと、すぐに大きくなってしまうだろうな。今の可愛い盛りのゼノもまだまだ堪能していたいけど……早く大きくなって格好良くなったゼノも見たい。ワガママだな、自分……


 ベネディクトとベルナは、あまりこういった事をしてきていなかったのだろう。

 驚いた顔をして周りを見回して、他の人たちの見様見真似で食べていた。アティにはニコラがついているからか、ベルナとベネディクトにはマギーとサミュエルが食事の補助をしてくれていた。

 でも、ベルナ、しきりに『おさかなは? おさかなは?』って聞いてる。ごめんね、今日は魚料理はないみたいなんだ。そうか、ベルナは魚料理が好きなんだね。ベネディクトは、メルクーリの味付けが少し苦手なよう。サミュエルから出される料理に眉根を寄せつつ、それでも拒否はせずモソモソと食べていた。まぁ、メルクーリの料理は少しクセがあるからね。仕方ないか。


 マティルダやアレク、そして他の家人たちや護衛をしてくれている人たちは、手渡されたサンドイッチや飲み物を立ったまま食べたりしていた。

 ゆっくりして欲しかったけど、こればっかりは難しいね。

 間者たちを全て残らず洗い出せたとは当然思えない。まだまだ危険があるかもしれないし。

 でも、同じ場所で一緒に食事ができる。私は、それだけで嬉しかった。


 ああ、幸せの光景……

 ツァニスも私の隣で、穏やかな表情で子供たちや他の人たちの事を見ながら、ゆっくりとワインを傾けていた。


 食事が終わった後。

 子供たちはさぁ第二ラウンドだと言わんばかりに遊びに走った。


 アティは、綺麗な花びらを一つ一つ地面から拾って手の中に納めてから、上に向かって投げていた。

 きっと、木から舞う花びらのようにしたかったんだろうけれど……

 手の上で圧縮された花びらは、塊のままボテッと地面に落ちるだけだった。首をひねるアティ。アカン。萌えツボ連打してこないでッ……

 代わりにニコラが、落ちた花びらの中から花の状態で落ちたものを拾い上げ、アティの耳元に差してあげていた。天使ッ!!! どっちも!!!

「ベルナも!」

 傍にいたベルナが、ニコラの服の裾を引っ張りながらそう言う。ニコラはニコニコ微笑みながら、ベルナの耳元にも花を挿してあげた。

 ニコラはクルリとベネディクトの方へと向く。

 何か言われたであろうベネディクトは、一瞬ビックリした顔をするが、ニコラとベルナがニコニコしながら返事を待っている事に気づいたのだろう、何か複雑な表情をして口を動かした。

 ベネディクトが何か答えたようだったが、この声があまりに小さくて聞こえなかったのか

「ベルナどう!?」

 大声で再度答えを催促さいそくするベルナ。

「かわいいよ!」

 つられて大声で返事をするベネディクト。言ってから顔を抑えて俯いてしまっていた。

 それを聞いたベルナはまるで蕩けたような笑顔になり、モッチモチの頬っぺたを両手で押さえた。天使……ッ!!!


 エリックが、花びらをもっと落とそうとしたのか、木の幹に蹴りを入れる。まぁ、そんぐらいじゃあ木はビクともしないんだけれどもね。

 それをやんわり止めたのはゼノだった。

 ゼノから何かを説明されて、首をひねるエリック。

 再度ゼノから何か説明されていたが、今度は逆方向に首をひねっただけだった。更にゼノに言い募られ

もいたいのか!? どうしてだ?!」

 そう、驚きの声をあげていた。

 ああ、きっとゼノに『蹴ったら木も痛いよ』って説明されたんだな。

 アワアワしながらも、なんとか説明を続けるゼノ。その説明を聞いたであろうエリックは顔を真っ青にして

「ごめん!!」

 木に向かって腰を九十度曲げて謝っていた。……予想外の所で萌えツボ押さないでくれないかな……。

 イリアスが、あらぬ方向へと顔を向けて肩を震わせていた。うん、いつも通りだね、君たちは。


 私はその様子を、みんなから少し離れた場所の木の根元に一人座りながら、眺めていた。

 皆にお願いして、一人にしてもらった。

 この光景を、目に、焼き付けておきたくて。


 きっと、来年の今頃は、もうこの景色は見れない。

 来年もこの木々は見事に咲き誇るだろう。でも、見ている私たちが、きっと変わる。

 どう転ぶにせよ、今と同じではいられない。

 子供たちが大きくなり、今とはまた全然違う反応をするようになるのは勿論──


 おそらく、皆の関係性が、今とは全然違ったものになっているだろうな。

 特に、私が。


 でも、関係性が変わるのは当たり前だ。人は誰しも同じではいられない。

 時間は絶えず進み、状況も目まぐるしく変わる。変わらない事はあり得ない。変わらないと思っているとしたら、それは変化に気づけないだけで、周りに置いて行かれているという事だ。

 同じではいられない。

 いや、同じでいない方がいい。

 アティは大きくなり、もっとさとく状況を理解していく。

 私が見せたくなくて誤魔化ごまかしたりしていた事にも、きっと気づく。

 それにより、アティと私の関係は──必ず変わる。

 今はまだ単純な関係性しか理解できないアティが、この実は複雑な関係性に気づいたら……


 準備はしてるけど、正直、怖い。


 変わらなければいいのに。変わらなければいいのに。

 純真無垢な愛情を向けてくれる子供たち、ツァニス、アンドレウ夫人──ティナ様、獅子伯。

 マギー、サミュエル、ルーカス、ヴラドさん、クロエ、アレク。

 幸せな今が、永遠に続けばいいのに。


 ──でも、それは、無理。

 だから、変わる状況に対処していかなきゃ。

 例えある日、アティの私を見る目が変わったとしても。


 変えていかなきゃ。

 変わった先にしか、ないものも、あるんだから。


 例え、今と違う関係性になったとしても……

 多分大丈夫、きっと大丈夫。悪い方向に変わる事もあれば、良い方向に変わる事も絶対にある。

 そう、今よりももっと良い方向に、なる事も、ある筈だから──


「一人でいたいところ申し訳ないが、少し、いいだろうか」

 考え事をしていた背中に、そんな声がかけられる。

 ゆっくり振り向くと、私が背もたれにしていた木の後ろに、獅子伯が立っているのが見えた。

「はい、どうぞ」

 私がそう返事をすると、何故か獅子伯は、木を挟んで私の反対側によっこいしょと腰掛ける。背中合わせのような状態になった。

 ……なんで?


「どうしましたか?」

 木を挟んで反対側に座る獅子伯の背中にそう声をかける。

 暫く無言だった獅子伯は、一つ溜息を洩らしたのちに口を開いた。

「もう後戻りできない場所まで来てしまったな」

 ポツリと漏らされた言葉。その声は、微妙にトーンが低かった。

 ……ああ、間者を寝返らせて、懐に抱えこんだ事を言ってるね。

 確かに。

 もう引き返せない。今までは逃げる手もあった。でも、もう無理だ。お互いに武器を持ってしまったら、もうどちらかが負けを認め、負けた方が相手のなすがままにされる未来しかない。

「そうですね。でも、お互い譲れないものがあったら……仕方がないのでしょうね。

 諜報部の制御方法、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い致します」

 私には、諜報部の制御・管理・教育方法をゼロから考える事なんて土台どだい無理ムリ。既に確立された方法を、親しい人から聞き、自分達に合わせてカスタムした方が数万倍速い。トライアル&エラーを繰り返す時間はさほどないし。

 勿論私も聞くし考えるが、メインはツァニスだ。

 私は──ずっとあそこには、居られないだろうし。


 私がそう告げると、沈黙が降り立つ。

 お互い背を向けている為、相手の表情は分からなかった。

 一つ、大きなため息の音が聞こえた。


 また沈黙。

 そしてその後──


「少し、立ち入った事を、聞いてもいいか?」

 そんな声が、ポツリと、囁かれた。

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