第264話 罠にハメてやった。

「飛んで火に入る夏の虫は、貴方たちの方ですよ」

 私はその瞬間を狙い、手を微かに動かした。


 その瞬間


 ターーンッ!

 音とともに、ディミトリの後ろにいた男が悲鳴をあげて前へと倒れた。

 ──撃ち抜かれた太ももを抑えながら。


「っ!?」

 その音に驚いたディミトリが振り返る。

 すると次に、今度はディミトリの左隣にいた男が銃声と共にまた倒れた。

「まさかっ……」

 驚きの声をあげるディミトリ。


 同時に、マティルダは自分の向いに立っていた男の手首を掴み、そのまま下へとしゃがみ込んだ。手首を掴まれた男は、まるで自分から空中前転したように見え、そのまま背中から地面に叩きつけられていた。

 合気道の技みたい! マティルダマジで強い! 獅子伯どんだけマティルダに技を仕込んだのっ?!


 私も、私の肩を後ろから掴んでいた男の、ナイフを持った手を両手で固定する。同時に男の足の甲を思いっきり踏み抜いた。

「がぁッ!!」

 男の力が抜けた瞬間、私は身を翻して男から距離を取り、スカートの裾を掴む。そして

「気安く触んじゃねぇよ!」

 その言葉とともに、回し蹴りを男の顔へと叩き込んでやった。


 呆気にとられるディミトリは、周囲に視線を巡らせつつ慌てて木の影に隠れる。

 しかし、その間にもディミトリ以外の男たちが、次々と銃弾に倒れていった。

 これを撃ってるのは──勿論、どこかの木の上に潜んだアレク。そして、獅子伯が連れてきてくれた、メルクーリ北西辺境部隊の精鋭達。別荘にいる間、使用人に変装して屋敷をずっと守ってきてくれた人達だ。

 その人たちには、この場にずっと待機してもらっていた。


 最後の一人が銃弾に倒れた瞬間、ディミトリは隠していたであろう拳銃を抜き放った。

 そして、撃たれた後もなんとか立ち上がった男たちを、次から次へと投げ飛ばして再度地を這わさせていたマティルダに向ける。

 流石に動きを止めたマティルダ。

 ディミトリは、マティルダを後ろから羽交い絞めにして、そのこめかみに銃を突きつけつつ、再度木に背中を預けた。


「コイツの命が惜しければ、撃つのをやめさせろ!」

 ディミトリは、マティルダを羽交い絞めにしながらも、その人形のように美しい顔を歪ませて、私に向かってそう叫んだ。

 しかし私が動かないからか、ディミトリは焦れたようにマティルダのこめかみに、強く銃を押し付ける。

「連れ帰れとは言われてるが、死んでも構わないとも言われてるんだぞ?!」

 それでも動かず、私が真っ直ぐにディミトリを睨みつけていると、彼はギリリと歯軋りをした。

「侯爵夫人を見捨てるのかッ……!?」

 彼がそう吐き捨てた。


「私は侯爵夫人じゃないよ?」

 羽交い絞めにされたマティルダが、キョトンとした顔でそう呟いた。

「はっ!?」

 驚きの声をあげるディミトリ。

 そして、自分が羽交い締めにしている、の顔を改めて見る。

 そしてすぐ何かに気づいたのか、を信じられないといった顔をして見た。


「言ったでしょうが。飛んで火に入る夏の虫は、貴方たちの方だって」

 私がそう笑うと。

 マティルダは両肘を跳ね上げディミトリの腕を弾く。そしてすぐさまその場にしゃがみ込んだ。

 なので私は遠慮なく。


「アティの頬に傷をつけたお返しだ! 受け取れ!!」


 ディミトリの、その人形のような美しい綺麗な顔に、上段蹴りを叩き込んでやった。


 ***


「アンタ達をあぶり出す為に、最初っから仕組まれてたんだよ」

 私は、縄でふんじばった男達を見下ろしながらそう説明してあげる。

 言われた男達は、歯をギリリと噛み締め悔しそうな顔をしていた。


 マティルダ、そして木から降りてきて姿を見せたアレクと辺境部隊の精鋭たちが、男達が逃げ出さないように、そばで見張ってくれている。

 私たちは、後から来る手筈になっている獅子伯達を待っていた。


 私一人がここへ逃げてきたのもそうだし、その前、アンドレウ夫人が私とツァニスを叱責したのもそう。敵を釣り出すための芝居だった。

 アンドレウ夫人、相変わらずビンタ上手。音は派手だったけど、耳にも当たらなかったし、たいして痛くなかった。


 当初の予定では、アンドレウ夫人が私に難癖をつけて、そして傷ついた私が一人で屋敷を飛び出す予定だった。

 しかし。

 まず想定外だったのは、そこに大奥様が参戦してきた事。予想以上に『私が傷つきショックを受けて、一人で屋敷を飛び出して逃げた』事に真実味を与えられたよ。


 そして、次に当初と違ったのは、マティルダに途中で私に成り代わってもらう──影武者になってもらう事だった。

 最初は自分を囮にするつもりだったんだけどね。でも、怪我をした影響からか、獅子伯とツァニスから猛烈な反対を受けてしまった。

 マティルダが影武者になると言ってくれたんだけど、私は勿論反対した。自分の代わりにマティルダが危険な目に遭うのは嫌だったから。獅子伯にも、私でもマティルダでも危険は同じですよ、と食い下がった。

 でも、じゃあ計画は中止だと獅子伯に言われてしまった為、渋々従う事に。

 マティルダ自身も飄々ひょうひょうと『身代わり、平気』って言ってたんだけど、彼女自身の自己評価の低さが気になっていたので、『絶対命を粗末にしないで。マティルダが逃げなかったら私も逃げないからね』と念押ししておいた。


 談話室から逃げて厩舎に来た後、そこで待機していたクロエとマティルダと合流、大急ぎで着替える。私のワンピースを着たマティルダが先に馬で出て、後からそれを追いかけるテイで、メイド服を着た私が馬で出たのだ。

 いやー。着替えの最速記録更新したんちゃう?


「いつから……こんな……」

 後ろ手に縛られつつ、地面にへたり込んだ人形顔男性使用人ディミトリが、鼻血がついたままの顔でボヤく。

「この計画の実行は昨日決めました」

 私がそう答えると、ディミトリがギッと私を睨み上げてくる。

「そんな短期間でこんな計画を?!」

「ああ、最後の一網打尽計画の実行を決めたのは昨日ですが、あなた方を捕まえる計画自体は、春になる前から立ててましたよ」

 私がアッサリそう伝えると、男たちの顔が驚愕きょうがく一色になった。


 そもそも今回、この別荘で開かれた秘密の会合自体が、敵を誘き寄せる為の罠だったのだ。

 危険だと分かっていたのに、当初は外で遊んだりする事をやめなかったり、私が怪我をしたのに帰らなかったのもソレが理由。

 間者かんじゃたちに『コイツら油断してる』と思わせ、尻尾を出させる為。

 アンドレウ公爵が連れてきた使用人たちは、実は訓練された私兵たちだし、獅子伯の方は北西辺境部隊の精鋭。

 彼らが使用人に変装して目を光らせ、少しでも怪しい動きを見せた奴らを、片っ端から見つけて捕まえていった。

 入れ食いだったね。捕まえた間者かんじゃたちは、別荘の離れに押し込んである。


 ラエルティオス伯爵家と対峙するとなった時、最初に問題になったのは、間者がどれぐらいいて、どこに潜んでいるのか分からない事だった。カラマンリス邸には勿論、それ以外にも潜んでいることは簡単に予想できた。


 それを、どうやって一箇所に集め、一網打尽にするか。

 ツァニス、マギー、サミュエル、そしてクロエと相談して出た結果がコレだった。

 アンドレウ公爵、そして獅子伯には、今回はソレを手伝ってもらったに過ぎない。


 アンドレウ公爵と獅子伯の協力は、実は会合を開く前にとっくに確約が取れてる。

 アンドレウ公爵邸とカラマンリス侯爵邸は、それほど離れてない場所にあるんだぞ? わざわざ他の場所に出向く必要もないし、秘密裏に連絡とる方法はいくらでもある。

 獅子伯とはいつも常に密で連絡取り合ってたしね。重要な部分は、ヴラドさんが暗号使って連絡とってくれたよ。


 大奥様とクネリス子爵を呼んだのも、それが理由。立場上、侯爵家の味方であるソコに潜んでるであろう間者かんじゃを、あぶり出す為だけに呼んだのだ。


 勿論、これで間者かんじゃ全てを捕まえられたとは思わない。

 でも、結構整理できたんじゃないのかな。

 また増えるかもしれないけど、今回の計画の目的はから構わない。


 さて、後は後始末だけか。

 私がそう息をついた時、沢山の馬の足音が聞こえてきた。

 振り返ると、屋敷の方から獅子伯やツァニスたちがやってくる姿が見えた。


「上手くいったな」

 馬から降りた獅子伯が、掴まっている男たちを見ながらそう笑った。ツァニスもホッとした顔で私へと近づいてくる。

「セレーネ、無事か?」

 そう尋ねられたので、私は笑顔で頷いた。

「ハイ、勿論です」

 アレクや辺境部隊の人たちがいてくれたから、今回は本当に危険が少なかった。

 味方って本当に助かるわ。


 獅子伯やツァニスが来たので、私は最後の仕上げをする為に、人形顔男性使用人ディミトリの方へと振り返る。

「さて、じゃあ、今後の話をしましょうか」

 そう、口にした時だった。


 あらぬ方向を見ていた人形顔使用人ディミトリがフフッと小さく笑う。

「これで終わったと思ってるとは……本当に甘いな」

 彼が、そう小さく笑う。

 ……え? どういう事?

 私が、彼の言葉の意味をはかりかねている時。


 また、馬の走る音が近づいてきている事に気が付いた。

 ん? 誰か遅れて来た?


 そう思ってそちらに視線を向ける。

 その視界に入ったのは──


 馬に乗る一人の男と、アティの姿だった。

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