第260話 贈り物をなんとかしようとした。
「どの立場も替えが効きますよ。現に、カラマンリス侯爵は先代からツァニス様に代替わりしておりますよね? 他の貴族たちも代替わりする。それって『替えが効いてる』って事ではないですか?」
私は素っ気なくそう言い放つと、みんなが驚いた顔をしていた。
えっ!? そうだよね!? 私間違った事言った??
大奥様がちょっと度肝抜かれた顔のまま、それでもなんとか口を開く。
「しかし、ツァニスに息子が生まれなければ──」
「以前申した通り、アティにその資質があればアティが跡目を継げばよろしいのでは?」
同じ事何回も言わすなや。
「『侯爵』とは血ではなく立場であり肩書です。他に継ぐ人間がいなくなったとしても、王家が必要と判断すれば、他の貴族が侯爵としてとりあげられるだけです。
代わりは、いくらでもいます」
そうじゃなくっても、過去いくつの貴族の家が消え、そして新しく作られた事か。
ここを勘違いしている人が多い事多い事。代わりが効かない存在など『その人個人として』以外ありえない。
「私が考える『貴族』とは、人の上に立って下の人たちを統べる為に存在しているのではありません。責任者として人々の『前』に立つ『壁』です」
そう言いつつ、私は実家──ベッサリオンの事を思い出す。
この国に併合された時、ベッサリオンの王家は、王と王妃、そして直系の子供たちが処刑された。今伯爵家として領地を管理している私の実家は、王家の傍系──この国で言うところの公爵家だった。
当時のベッサリオンの王は、自分たちが処刑される事を代償として、当時の公爵家以下国民の命を保証してもらったのだ。
自分たちの命よりも、国民の命をとった。私はそんな過去のベッサリオンも誇りに思っている。
私たち貴族の代わりなど、いくらでもいる。
そうじゃなければ、前世の世界では貴族がいなくなった時点で文化形態が滅びて国という体裁を保てなくなり、とんだ混沌世界になってただろって。
「家人たちには、前に立つ私たちのサポートをしてもらっていると思っています。生活しかり、仕事しかり、彼らなくして私たちは何も出来ません。
私たちは大きな
むしろ。
家人たちは私たちがいなくても、他で仕事を探す事も可能だ。優秀な人ほど引く手あまただろう。
でも、私たちは家人がいなければ屋敷を維持する事すらままならない。
『いくらでも替えがきく』と
私が語り終わった時。
「そうやって利口を気取っても、物事の根本を理解していない上での話は破綻しているわ。聞く価値もない。退屈そのものね」
あー。まあ、理解されないだろうと思ったよ。そこらへん、理解できない人もいるって知ってた。つか、聞く価値がないって思ってるのは、話が破綻しているからじゃなくって、私が話す言葉だったからでしょうが。だと思ったよ。
「ただ一点、貴女の言う通りの部分があるわ。アティの気持ちが最優先なのは確かね」
あ、旗色が悪くなったから論点戻したな。
まぁアティの好みが一番っていうのは、確かに、なんだけどさ。
大奥様の言葉で、若干放置気味だったアティに視線が一気に集中する。
当のアティは、突然集中した視線に困惑し、大奥様やクネリス子爵夫妻、そして私やテセウスの方を見た。
「アティは……」
なんとか恐る恐る口をアティが口を開こうとした時
「これ好きよねー? アティ」
大奥様がすかさずアティの言葉を遮った。
ああもうあの女! あの子供の言葉を遮る癖、本当に治んないんだな!
つか、さっき『アティの気持ちが最優先』って自分で言ったばっかじゃんか! 舌の根も乾かぬうちに手のひら返すなよ!!
「そうよアティ、とっても似合ってるわよ。可愛い」
クネリス子爵夫妻にそう言い募られ、アティは眉毛を八の字に歪ませる。
自分の首にかかったゴテゴテのアクセサリや、傍らに置かれたドピンクのドレスをチラリと見た。
ニッコニコ顔の大奥様とクネリス子爵夫妻。
あー。あれ、完全に圧力じゃん。さすがのアティもあれじゃあ何も言えなくなるっつーの。あれが意図的ならまだマシだけど、無意識だとしたらこれ以上ないプレッシャーやぞ。
「あ……アティは……」
本当に困った顔になるアティ。ああもう! でも、ここで私が遮って『好きじゃないよね?』と言ったら大奥様と同じになる。それはできない。
頑張れアティ! 別にそれが本当に気に入ったならそう言っていいんだよ!
私やニコラにだって気を使わなくっていいんだよ! アティへの贈り物なんだから、アティがしたいようにしていいんだからねっ!?
ハラハラしながら、アティの動向に注視している時だった。
クネリス夫人が別の箱から別のドレスを取り出してきて、アティの肩に合わせた。
「ほうら、これもとても似合うわよアティ」
そう言ってるけどさ……それはどうだろうか? さっきのドピンクのドレスよりはマシだけど。当初はサーモンピンクだったんだろうなと思われる子供用ドレス。刺繍も確かにしっかりしているし、レースもさっきのとは比べ物にならないほど上品だ。
ただ。
くすんでんだよ、色が。くたびれてんだよ、レースが。遠目で見ると色ムラも分かるし、アレもしかしてちょっと古いものじゃない? いや、古くても良い物は良い物だろうけど、アレはなんていうか……ちょっと、くたびれてる。長い間しまわれてたんだろっていうのが丸わかり。アティに持ってくるんなら手入れしてから持ってこいよ、まったく。
「これはアウラが着ていたものよ。貴女の母が子供の頃にね」
クネリス子爵のそんな言葉に、アティが首を少し首を横に傾げた。
私は思わず身体が硬直する。
そうか、あれは、アティの母──アウラが着ていたものなんだ。そうか……だから──
「おかあさま?」
アティが不思議そうな顔をして私を見てくる。
私は身体を硬直させ、思わず首を横に振ってしまった。
クネリス子爵が言った「母」は私の事じゃない。
私は言葉を失ってしまい、アティの視線に応える事ができなくなってしまった。
「こうして見ると……本当にアティはアウラの生き写しね。あの子が戻ってきたよう」
掠れる声でそう呟くクネリス夫人。クネリス子爵も目元を手で押さえていた。
「そうね。私もそう思うわ。そうでしょう? ツァニス」
大奥様からそう問われ、ツァニスはアティを凝視したまま、何も言わなかったがコクンと頷く。
私はアティを見ている事ができなくなり、サッと視線を外した。
私が見えないようにコッソリと手を握りしめようとした瞬間──テセウスが、私の手をギュっと握ってくる。
「セレーネ様」
ああ、違う。これはニコラ。大丈夫だよニコラ。私は傷ついていない。だって、アティがアウラの生き写しなのは知ってるもの。写真で見た。アティは本当に、アウラによく似てる。
私はニコラに少しだけ笑いかける。そしてアティの方に改めて視線を向けた。
「本当にそっくり。嬉しいわ。アウラがここに居るかのよう。
ああ……アウラに会いたいわ。アティもそうでしょう? 本当の母に会いたくない?」
クネリス夫人のその言葉に、アティは
「アティ、そうよね? 私もアウラに会いたいわ」
それを遮ったのは大奥様だった。
私の方からもアティが影になってしまって見えなくなってしまった。
子供の言葉を
どう口を出すか、そう考えようとしていた時だった。
「そうでしょう? ツァニス。貴方もアウラに会いたいでしょう?」
大奥様は背中越しに、ツァニスにもそう声をかけた。
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