第261話 素直な感情が吐露された。

 ツァニスは身体をビクリとさせる。そして私の方をチラリと一瞥いちべつした。


 ツァニス。

 私の正解を探すな。

 前に言ったでしょうが。私の正解を探す必要はないんだよって。自分が思った事、したい事をすればいい。自分に嘘ついて、相手に合わせてどうするんだよ。また精神的な奴隷に戻りたいのか?


 私は、そんな男の妻に甘んじるつもりはねぇぞ。


 私は何も言わず、ツァニスの目を真っすぐに見返した。

 ツァニスはすぐに視線をアティの方へと戻す。

「勿論、会えるなら会いたい」

 そう、小さくポツリと答えた。

 ツァニスのその言葉に、大奥様やクネリス子爵夫妻は嬉しそうに顔を輝かせる。

「そうよね。だって最愛の──」

「しかし」

 言葉を継ごうとした大奥様の言葉を、ツァニスがピシャリと遮った。

「アウラには、会って私の不甲斐なさを謝罪したいだけです。アウラの死は仕組まれたものだった。私は長年、それに気づけなかった」

 そう言いつつ、ツァニスは苦しそうに眉根を寄せた。アティに悲しい目を向ける。

「アティから母を奪ってしまった。アティにも、申し訳ない事をしてしまった」

 ツァニスはそう零したけれど……

 それは違うよツァニス。アティから母を奪ったのはツァニスじゃない。ラエルティオス伯爵家だ。ツァニスも被害者なんだよ。それは謝る必要はないんだよ。


 ツァニスの言葉に、クネリス子爵夫妻がとてつもなく悲しい顔をした。

 二人してアティに寄り添い、そしてその肩をギュっと抱く。

「ツァニス様……それは、アウラを、愛していなかったという事でしょうか……?」

 はぁ!? ツァニスはそんなこと一言も言ってないだろうが!? なんでそうなる!?

「ツァニス。いくらなんでもそれはクネリス子爵に失礼よ」

 大奥様がクネリス子爵側へ立っての援護射撃。なんでお前そっち側立つねん!? こういう時すら味方になってあげないワケ!? 全くもう!

 ツァニスが、アウラが亡くなってどんだけ悲しみに暮れていたのか、見てなかったのかよ! アティに触れられなくなるぐらい心に傷を負ったんだぞ!? 数年経っても写真が直視できないぐらいだったんだぞ!?

 愛していないワケなかろうがッ!?


 私がそれを言おうと息を吸った瞬間だった。

「そんな事はありません。私はアウラを愛していました」

 ツァニスが、強く、そう真っすぐに言い切った。

「会えるなら会いたい。アウラを確かに愛していたし、今も変わらず彼女を想う自分がいます」

 普段の無口な様子とはうってかわり、そしていつも大奥様と対峙する時の苦手そうな表情も消し、彼はしっかりとそう伝えた。

 大奥様とクネリス子爵夫妻は、ツァニスのそんな言葉に驚いた顔をする。いやたぶん、それだけじゃなく、私も驚いた。きっと他の人たちも驚いたと思うよ。

 だって、いつもと全然違う。


「しかし、私はアティにアウラを重ねるのをやめたのです。確かにとてもよく似ていますが、アティはアウラではない。アティはアティです。活発で少し気が強く、本と花と動物が大好きな、私の可愛い娘だ」

 ツァニスが、優しげな目をアティに向ける。アティはキョトンとしてツァニスを見上げていた。

 そして、鋭く息を吸ったツァニスが、毅然きぜんとして口を開いた。

「そして、私にそれを気づかせてくれたセレーネを、アウラ以上に愛しています!」

 あああああああ! いつもと違うどころか、ある意味いつも通りだった!!!

 やめて今それはっ!! 今言う必要なくね!?

 ああでも、そうだよね実はゼロか百かタイプですもんね!? 素直で真っすぐですもんね?! 真っすぐ過ぎるけどねェ!?


 ツァニスの突然の愛の告白に、その場にいた人たちが、また違った意味で呆気に取られて沈黙してしまった。いや、正確には。アンドレウ夫人は我慢できない様子で、扇子で顔を隠して肩を震わせてる。ああああヤバいくっそう! アンドレウ夫人に聞かれた! 絶対コレあとでイジられるやん!!

 なんでツァニスはこうなのっ……またとんだ流れ弾に当たったぞっ……


 みんなの表情に気づかないのか気にならないのか。

 ツァニスは視線を強くして、改めて大奥様とクネリス子爵夫妻を見据えた。

「母上。クネリス子爵。ここに来た本来の目的をお忘れか」

 ツァニスの強い言葉に、言われた三人はハッとした顔をした。

「何故か貴方がたはセレーネをおとしめようと躍起やっきになっていらっしゃるが、今はそんな事をしている場合ではないのです。

 今一度、何をすべきなのかお考えいただけないだろうか?」

 続けられたツァニスの言葉に、大奥様とクネリス子爵夫妻はすっかり勢いをなくしてしまった。

 大奥様に至っては、なんでかその場でよろけ、人形顔男性使用人ディミトリに肩を支えてもらっていた。


 完全に沈黙したその場。

 誰も口が開けなくなってしまったよう。

 私も。まさか、ここまで毅然きぜんとした態度を大奥様とクネリス子爵たちにとるとは思わなかった。それほど、彼らと対峙した時のツァニスは『苦手です』という顔をしていたから。

 ……やるやん、ツァニス。

 大奥様の呪縛から、順調に解放されつつあるね。本当に、良かった。


 私が色んな意味でホッとしていた時だった。

「あのね、アティね」

 ポツリと可愛い声が沈黙を破った。

 あの声はアティ! ああ癒しの声! 天使の声! この空気を壊すのにうってつけな可愛い声!!

「アティもおかあさま、あいしてるよ」

 こっちも愛の告白かよッ!! なんて日だ! なんて日だッ!! 結婚も申し込まれちゃうし、今が私のモテ期か!?

「あとね、これもね、アティすきだよ」

 そう言いつつアティが手にしたのは、あのアウラのドレスだった。

 ギュっと抱き閉めて嬉しそうに微笑んでいる。


 そうだったよ! アウラがどうとか私がどうとかじゃなかった!

 今はアティの事!

 それを思い出した私は、サラリとアティに近づきその前に膝をついた。

「気に入ったの? そうしたら、お祖父じい様やお祖母ばあ様に『ありがとうございます』って伝えましょうね」

 笑顔でそう伝えると、アティは顔をキラキラさせて、クネリス子爵夫妻に向かって膝をピョコリと折った。

「おじいさま、おばあさま、ありがとうございます」

 完璧だよアティ! クネリス子爵夫妻は、毒気が抜かれたような顔をして、ゆるうなずいただけだった。

「他にも気に入ったのがありますか? もし気に入ったものがあったら、同じようにお礼を言いましょうね。

 でも、気に入らないものがあったら、それを無理矢理受け取る必要はないんですよ」

 私がそうゆっくりとした言葉で伝えると、アティは首を小さくかしげる。

「相手の好意は、全て受け取らなければならないワケではないんですよ。好ましいものだけを受け取りましょう?」

「こうい?」

「どうぞ、っていう気持ちです。でも、アティがそれを『いらない』と思ったら、素直に『いらない』って伝えていいんです」

 私がニコニコして伝えると、アティは途端にホッとした顔をした。

 ああやっぱり。アティ困ってたんだね。いらないものとかあったんだね。

「もし『いらない』って思ったら、『いりません。でも、気持ちは嬉しいです。ありがとうございます』って伝えましょう?」

 私がそうアティに伝えると、アティは手にしたアウラのドレスを私の手に押し付ける。そして、首から下げていたゴテゴテの首飾りをヨッコイショと外して、大奥様へと突き出した。

「いりません。でも、きもちはうれしいです。ありがとうございます!」

 アティはホックホクの笑顔で、大奥様にそう伝えた。

 大奥様は茫然自失ぼうぜんじしつ、といった顔をして動かない。その代わりに、人形顔男性使用人ディミトリがアティから首飾りを受け取っていた。


 相手から無理矢理押し付けられたものを、折角の好意なんだからと無理矢理受け取る事をヨシとする風潮がある。

 私はこれに少し疑問があった。例え相手からの好意でも、迷惑なものは断る権利が受け取る側にはあるんじゃね? もし無理矢理受け取らせるとした場合、もしくは拒否されて気分を害するのであれば、もうそれは好意ではなくただの押しつけがましい相手の自己満足心だ。そんなのに付き合う義理は、受ける側にはないって。

 受け取る側にも選ぶ権利を持たせる。

 これが、本来の『好意』の姿ではないだろうか?


「このドレスは、アウラ様から伝えられたものです。だから大切に着ましょうね」

 スッキリした顔のアティに、私はアウラのドレスを合わせながらそう伝える。するとアティも、更に嬉しそうに顔をほころばせた。

 ちょっと古ぼけてしまった部分は手直しすればいい。そうすれば十分着れる。これは流行に左右されないデザインの凄く意匠いしょうが凝られた良いものだ。

 ……おそらく、クネリス子爵夫妻にとっては、その色ムラもくたびれたレースも思い出なのだろう。でも、アティはアウラじゃない。アティにアウラを重ねるのは構わないけど、まったく同じものを着せて身代わりにするのは違う。

 アティ用にキレイに直したところで、アウラが着ていた事実はなくならない。


 何かを『伝える』とは、そういう事だと私は思ってる。


「アティのおばあさま!」

 なんだか微妙に気まずくなってしまった空気を打破するかのように、そんな元気な声が後ろからかけられた。

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