第259話 贈り物が広げられた。

「久しぶりに会えるから、沢山贈り物を用意したのよアティ!」

 娯楽室の中に使用人を連れてバタバタ現れた大奥様とクネリス夫妻は、部屋の片隅にプレゼントの箱を積み上げる。

 その中の一つを開けて取り出したのは──

 ドギツイピンクのドレス。ゴテゴテのフリルやレースがついたヤツ。……いや、あれ、いつの時代のドレスだよ。流行にうとい私でも分かるわ。そりゃねぇよ。


 クネリス子爵が、サミュエルの膝の上に乗っていたアティをサッと抱き上げる。

 プレゼントの山の前にアティを下すと、大奥様がその肩に先ほどのドレスをあてがっていた。

「あら可愛い。似合うわぁ~」

 胸の前で小さく拍手するクネリス夫人。

 嘘だろ。いや、似合ってないよ。ピンクとフリルがドギツ過ぎて、さすがの天使・アティも負けてるわ。

「これもあるぞ」

 そう言ってクネリス子爵はウキウキしながら次のプレゼントの箱を開け、中から帽子を取り出してアティの頭の上に乗せた。

 ……その帽子、いや、あの、もしかして、鳥、ついてます? 羽じゃなくて、鳥が。

「ほうら! これをつけるとより華やぐわよ!」

 大奥様が、あの人形顔男性使用人に持たせた箱から、キラッキラの首飾りを取り出した。そしてアティの首へとかける。デカイよ、デカイってその首飾り。アティの身体の大きさと比較して大きすぎるだろって。気づけ。アティのおヘソの下まで届いてるよソレ。しかもゴテゴテ過ぎて、これもアティが負けてるって。

「「かわいい~!!」」

 クネリス子爵夫妻、そして大奥様がそう合唱した。

 ……アレ、もしかして、私の方が感性が古いのかな? 今ってああいう方が流行ってんの? アティが可愛いのは間違いないけど、せっかくのアティの可愛さを打ち消しちゃってるよアレ。いや、そう見えてるのは、私だけ?


 そう思ってふとアンドレウ夫人の方を伺い見てみたら。

 アンドレウ夫人は扇子で口元を覆って、渋~い顔をしていた。

 あ、良かった。私の感性、間違ってなかったみたい。


「流石でございますね、大奥様。お見立てがいい」

 そう持ち上げるのは、人形顔男性使用人。

 ヨイショが過ぎるぞお前、本当にそう思ってんのか? しかし、表情からは本心は伺い知れない。笑顔が作り物みたいで。

 しかし、大奥様はそんな事は気にならないよう。使用人の言葉を受けて嬉しそうに顔を綻ばせる。

「そうでしょう。でも、ディミトリのお陰でもあるわよ」

 ちょっと頬を染めた大奥様は、そう言って使用人の胸に肩を擦りつけた。

「いえ。私なぞ。全ては大奥様の感性の素晴らしさです」

「ふふっ」

 ディミトリと呼ばれた使用人と大奥様は、お互いにそう言い合いながらキャキャウフフしていた。


 ……私たちは、一体何を見せられてんだろ。

 気持ちが、気持ちが絶対零度まで下がっていく。

 いや、別に、アティの為に沢山のプレゼントを用意してくれた事も、使用人と人前でイチャつく事も構わないけどさ……

 当のアティをないがしろにしないで欲しいな。

 クネリス子爵夫妻、大奥様と使用人が盛り上がる横で、アティがポカーンとしたままの顔で立ち尽くしてるっつーの。

「アティは可愛いからなんでも似合うな~」

 相好そごうを崩してデレデレな声でそう言うクネリス子爵。あー。そりゃ孫はなんでも可愛く見えるだろうって。でも、そうか? 本当に、そうか??

 鳥の帽子の次に乗せられた、そのドリルみたいな飾りのついた帽子が? どういう感性なの?? 分からない、分からないよ。


「……似合ってないよ」

 そんな声が、不意に飛んだ。

 心が凍ってしまっていたが、その声でふと我に返る。

 クネリス子爵夫妻も大奥様も、その声が聞こえたようで、ピタリと動きを留めて声の主の方を見ていた。


 言ったのは、ニコラ。

 手を胸の前で組んでモジモジとさせつつ、少し困ったような顔をして、それでも真っすぐにアティの事を見ていた。

「アティは色素が薄いから、全身濃い色でまとめてしまうと、顔が洋服に負けちゃうの。そこまで濃いピンクを使いたいなら、ピンポイントだけの方がいい」

 弱々しい声だったけれど、口調はハッキリしていた。

「帽子も……アティは顔立ちが可愛らしいし髪がフワフワだから、髪を上げない幼児期であれば、髪飾りやティアラとかぐらいの小ささの方が、アティの可愛さを演出してくれる。もし帽子にしたいなら、もっと飾りを抑えた物が方がいい」

 あー。分かる分かる。なるほど確かに。

 幼児期の可愛らしさは、無駄に飾らない方が逆に引き立ちそう。素朴な花や、宝石なら小さめな物の方が、アティの天使っぷりに磨きがかかりそう。

 私は同意してウンウン頷く。

「そうね。アティは本人が可愛いから、シンプルで、柔らかな物の方が似合うわね」

 アンドレウ夫人も、扇子で口元を隠しつつだったけど、そうポソリと呟いた。


 もうその場の総意だろ、そう思ってだんだけど、そうじゃない人物がいた。

 大奥様だ。

 明らかに不機嫌な顔になり、ニコラを鋭い視線で見下ろしていた。

「貴女はどなた?」

 口調は柔らかだけど、声に鋭いトゲがある。

 ニコラはビクリと体を震わせて身体を一回り小さくした。

「……あら? もしかしなくとも、使用人ではなくて?」

 大奥様のそんな追撃。

 私はすかさず立ち上がった。

「その子は私の専属の使用人見習いです。大人では目の届かない部分まで、アティの面倒も見てもらっています」

 大奥様は不機嫌な視線を私へと向けて、不敵な笑みを唇に乗せる。

「どおりでしつけがなってないわけね。使用人の分際で主人に意見するなんて。何様なのかしら?」

 そう吐き捨てられ、ニコラは身体をブルリと一度震わせる。その瞬間、視線がギッと鋭くなった。

「なんだとこのバ──むぐっ」

 悪態をつこうとした瞬間、その口をゼノに塞がれていた。あー。テセウスに交代したのか。ニコラに怖い思いをさせちゃった。

 ごめんねニコラ。ゼノ、ファインプレイ。


「御言葉ですが大奥様」

 私はニコラたちの方へと近寄っていき、大奥様とニコラの間に割って入った。

「本当に優秀な使用人こそ、真摯しんしな意見を述べてくれるものではありませんか?

 我々が間違っている事も当然あります。本当に雇い主の事を思っているからこそ、自分の立場が揺らぐ可能性を飲んで、その事を指摘してくれるのではないでしょうか」

 毅然きぜんとしてそう言い放つと、大奥様はそれを鼻で笑って受け流した。クネリス子爵夫妻が後ろでアワアワしている。

「ニコラが言った事に、私も賛同します。正直私も、アティには少し派手過ぎると思います。

 まぁ、似合う似合わないも勿論大事ですが、一番重要なのは『アティが気に入るか』ですけれど」

 私は少し振り返り、テセウスにこっそりウインクを飛ばす。

 テセウスが顔をクシャリと歪ませて笑った。


「貴女がそんなだから、侯爵家が軽視されるようになったのよ。我々は厳然げんぜんとした態度でいなければなりません。使用人に口出しを許すようでは程度が知れてしまうわよ」

 さも鬼の首をとったかのような顔をする大奥様。今度は私がそれを鼻で笑って受け流した。

「家人たちの意見に流されるつもりは毛頭ありません。より良くする為に聞く耳を持っているだけです」

 そう言って、大奥様とその隣に立つ人形男性使用人ディミトリ一瞥いちべつ。彼は表情を動かさなかった。

「そもそも『厳然げんぜんとした態度』とは、立場が弱い人間に対してするものではなく、自分に対して、そして物事に対してではないですか?」

 下に厳しくしてどーすんだよ。

 小さくブフッと誰かが吹き出した音が聞こえた。チラリと見ると、目をまん丸にしているベネディクトと、肩を震わせ笑いを堪えているイリアスが見えた。コラ、イリアス! 我慢して!!


「何を愚かな」

 露骨ろこつに顔を歪めて笑う大奥様。クネリス子爵夫妻も、まるで『若いわね』と言わんばかりに私を嘲笑し始めた。

「侯爵家──いえ、そもそも貴族とは、人の上に立ち下を統べる為に存在します。貴女のような人には……理解し難い事かもしれませんけれどね。

 使用人は替えが効きますが、我々はそうはいかない。我々が使用人達を厳しく管理しなければならないのですよ。

 子供の使用人一人しつけられない貴女が言える事ではないわ」


 大奥様の言葉に、その場に変な緊張が走った。これは──周りの家人たちの空気だな。大奥様の言葉に反応してる。

 私は、周りに立つサミュエル、マギー、ルーカス、ヴラドさん、他の家人たちに視線を這わせる。そしてここにはいないけれどクロエや、屋敷を守ってるメイド頭や厩務員さんたちの顔を思い浮かべた。


 思わず笑みが溢れる。

 そんな私を、大奥様とクネリス子爵夫妻はいぶかしげな顔で見ていた。

 私は背筋を伸ばす。そして、後ろにいたニコラ──テセウスの肩を抱き寄せ、そして口を開いた。

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