第258話 貶められようとしていた。
私は改めて、大奥様の肩に手をかけ寄り添う使用人を見下ろした。
年は私と同じか少し上ぐらいか。男性だが、長い髪を一つにまとめて肩に流している。顔は恐ろしく整っており、まるで人形のような綺麗な顔をしていた。
以前大奥様がカラマンリス邸に来た時には、たぶんいなかったな。見た事ない。
こんな人形のような顔をしていたら、嫌でも覚えてるだろうし──いや、そんな事ないか。この世界、乙女ゲームの世界だからか、顔が異様に整ってる人間が多い。
エリックの両親・アンドレウ公爵夫妻は美男美女だし、ツァニスもアティの父だけあってかなり顔は整ってると思う。ゼノと獅子伯は……いや、好みの顔であるって事を差し引いても、カッコイイと思う、よ?
どのみち、ちょっとイケメンインフレ起こし気味。胸やけするわ。
私はこっそりと小さくため息をつく。
これを機に、子供たちに私への悪い感情を植え付けようっていう、大奥様の
でも、別に悪役に仕立てられたっていい。子供たちの為だもん。
気にしすぎ・神経質すぎと言われても構うもんか。子供たちを危険に晒してしまうぐらいなら、悪役で結構。
「兎に角ダメです。大奥様がなんておっしゃろうと、許しません」
私は冷めた目で大奥様と使用人を見下ろし、そう吐き捨てた。
アティやエリック、ベルナが、私の事を困惑した目で見上げている。
いつもは比較的なんでも『構わないですよ』と許していた私の厳しい言動が、信じられないんだろうな。
子供たちの可能性の芽を潰すような否定や制限はしない。
でも、この子たちが危険に遭う可能性はどんな事だって見逃せない。
私だってベロベロに甘やかしたいわ。甘やかした上で子供たちに好かれたいわ。
でも、『甘やかしたい』『好かれたい・懐かれたい』は私の個人的願望であって、子供たちの為ではない独りよがりのものなんだよ。
そんな私の下心なんぞ、子供たちが毒にあたって苦しむ事に比べたらゴミみたいなモンだ。
そりゃちょっとはね、時々大目に見る時もあるよ? だってこの子たちは高位貴族の子息子女だ。行動の制限なんて平民と比較できないからね。将来の重責の事を考えると、今ぐらいは自由にさせてやりたいもん。
でも今回は違う。絶対にダメ。
それで子供たちに嫌われたって構うもんか。
私は子供たちの視線から逃げるように顔を背けると
「マギー、サミュエル、ここを片付けるよう家人たちに伝えてください」
それだけを伝えて身を翻し、サッサと娯楽室を後にした。
部屋を出た後。
頭を抱えてしゃがみ込み、多大な溜息を洩らしたのは、誰にも目撃されずに済んだ、と、思う。
***
「順調ですか」
「ああ。おおむね。これほどまでに上手くいくと、逆に怖くなってくるな」
ツァニスの言葉に、獅子伯が頷いた。
獅子伯の言葉を聞いて、ツァニスはホッとした顔をしていた。
優雅で麗らかな午後の事。娯楽室にて、ソファに深く座ったりカウチに寝そべったりして、おのおの優雅にお茶を飲んでいた。
ここにいるのはアンドレウ公爵夫妻、獅子伯、ツァニスと私。そして使用人たち。
実はそれだけじゃなく。
暖炉の前に敷かれたラグの上。そこに座ったサミュエルの膝の上に、アティがちょこんと座っていた。
アティは、屋敷内ゲーム第二弾のヒントの紙を睨んで、ガーゼが当てられた頬っぺたをぷっくり膨らませていた。
頬っぺたの傷の具合も心配なんだけどさ。
それ以上にアティ!! なんか! あれ以来サミュエルにベッタリじゃなーい!? セルギオスに結婚してって言ったアレは何だったのっ!? セルギオスは二号的なアレでした!? それともセルギオスも好きだしサミュエルも両方好きってヤツ!? セルギオスの気持ちを
サミュエルの膝に座ったアティの傍には、同じ顔して紙を睨んでウンウン唸るエリックとベルナ、サミュエルを挟んだ反対側にはゼノとニコラ。二人も紙を睨んで首を捻っていた。
それを、ニコニコニヤニヤしながら見ているのは、ラグの端っこに座るイリアス。そして、微妙に冷めた顔をしたベネディクト。
屋敷内ゲーム第二弾は、実はイリアスとベネディクトが用意したらしい。
『こういうのなら、僕の方が楽しいの作れる』と
巻き込まれたのはベネディクト。
当初は『面倒くさい』と嫌がっていたらしいが、イリアスが『ベルナを楽しませたくないの?』と聞くと、渋々賛同したらしい。
ベネディクト、チョロいよ。私ほどじゃないけどさ。
流石に大がかりなものは無理だけど、屋敷の物やここにいる人達を上手く使って、紙にヒントを書き、屋敷内を探索させて遊ぶみたい。
やるな、イリアス。私なんかは、遊び考えるのに散々頭捻ったのに。サラッとやりおって。
ヒントの紙を見ながら、アティは時々後ろのサミュエルに色々聞いていた。
その様子は、もうなんか、ラブラブの恋人同士みたい。……嫉妬なんか、していませんからねっ! してないってば!! くっそう!!!
そんな感じで子供たちは子供たちで遊び、大人たちは傍にはいるが全然別の話をしていた。どこに耳があるか分からないので、具体的な事は何も名言していないけれど、知ってる人なら意味が通じる内容でだった。
「そういえば」
アンドレウ夫人が、ティーカップから口をはなしてポツリと口を開いた。
「一応、念の為、確認なのだけれど。ご
そう言いながらチラリとツァニスの顔を見る。
言われたツァニスは、苦ーい顔をして眉間に
「勿論です」
ツァニスの返事を聞いて、獅子伯、アンドレウ夫妻が少しだけ目を見開いた。
「……そうなの。凄いわね。ある意味」
アンドレウ夫人は皆まで言わなかったけど、意味は通じたよ。
そうだよね。私もそう思う。
大奥様とクネリス子爵夫妻には、勿論今回この別荘に来たのは、ラエルティオス伯爵家が爵位を狙って暗躍しているので、それをなんとか阻止する為の算段を立てる為だ、と伝えてあった。
大奥様には先代が、クネリス子爵夫妻にはアティの母・アウラが、それぞれ毒殺された事をちゃんと言ってある。
それを受けて、本来であれば今が
大奥様は獅子伯に暴言吐くし、それなのに獅子伯別荘の警備に安心してんのか、好き放題してるし。
マギーじゃないけど、あの人の脳みそ、一回見てみたいわ。
「セレーネ殿」
呼ばれてふと視線を上げた。驚きも込みで。呼んだのはアンドレウ公爵だった。
「勿論、私たちも貴女の作戦に同意したのでここにいるが。貴女が計画している事は、諸刃の刃である事は理解しているのだろうか。今一度確認をしたい」
アンドレウ公爵はソファに座り足を組んだ優雅な姿勢だったが、目は真剣だった。
私は一度ふと視線を外す。固定された左腕を少しだけ撫でた。まだ触るだけで矢傷が痛む。
「そうですね。危険な賭けです。そして、例え上手くいったとしても、もうその時点で清廉潔白ではいられない事も理解しています。
……でも、そもそものお話なんですが」
そこまで言ってから、私はアンドレウ公爵とその妻にゆっくりと視線を這わせた。
「公爵家や王家も、当然同じ事をしていらっしゃいますよね?」
私が少し声のトーンを落としてそう言うと、アンドレウ公爵の目がスゥッと細められた。
少しだけ緊迫した空気が私たちの間に流れる。
でも、それも一瞬だった。すぐにアンドレウ公爵は苦笑を顔に浮かべた。
「勿論だ」
アンドレウ公爵がそうハハッと笑ったので、私もニッコリを笑う。
「ですよね。それが、私も、欲しい」
そう強く返事をすると、獅子伯は何も言わなかったけれど、肩をヤレヤレとすくませ、ツァニスはちょっと驚いた顔で私を見ていた。
「やれやれ。まったく、我が妻とはまた違った意味で恐ろしいご婦人だ」
アンドレウ公爵は執事から紅茶を受け取って、そう笑いながらカップに口をつけていた。
「まぁ、どういう意味かしら」
アンドレウ夫人が、扇子で口元をパタパタさせながらそんな抗議の声を漏らす。
しかし、表情はとても楽しそうだった。
アンドレウ公爵夫妻は、ラブラブといった空気ではないが、良いパートナーである事は感じられた。お互いを理解し、無駄に密着せず、無駄に距離を取らず、お互いがちょうどよい場所に立っている。
エリックとアティにも、こんな風になって欲しいな。
そう微笑ましい気持ちになった時だった。
「こんな所にいたのね!」
鼓膜をつんざく甲高い声。
私は思わずウンザリという顔をしてしまった。
見たくもなかったけど一応視線を向けると、そこには沢山のプレゼントの箱を使用人たちに持たせた、大奥様とクネリス夫妻が談話室の入り口から入って来る所が見えた。
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