第246話 嫉妬に悩んだ。

『マティルダとどんな関係なんですかァー?』

 聞けるかそんな事っ!!

 レアンドロス様に直接?! アホか!!


「そんな事出来るわけないじゃんっ……」

 私は頭を抱えて俯いた。

「何故ですか?」

 そんなサラリとしたマギーの追撃。

「そんな事聞いたらバレちゃうじゃん!!」

 私はガバリと顔を上げてマギーを睨みつける。マギーはワイングラスに口をつけたまま、飄々とした顔をしていた。

「……何を今更」

 マギーのそんな言葉に、アレクまでニヤニヤ笑っていた。

「今更じゃないもん! 距離置くの! 距離置くの!! 距離置くの!!!」

「テンパり過ぎて幼児化してますよ。何の可愛さアピールですか。面倒くさいだけでなく目障りこの上ない」

 マギーに一刀両断された!! ぐぅキツイ……

 アレク! ケラケラ笑い過ぎ!!


 私は大きく深呼吸する。

 落ち着け自分。マギーとアレクに口で勝てるわけがない。挑発に乗るだけ徒労だ。冷静に、冷静に。


「……今は、ツァニス様とアティ、二人の事に注力したい。ツァニス様とちゃんと向き合いたい。

 だから、レアンドロス様の事は考えたくない。天秤にかけて云々とかも嫌。

 ツァニス様とレアンドロス様を比較したくない」

 ツァニスはツァニスだ。レアンドロス様と比較してどうこうとか考えたくない。

 ツァニスと私の関係に、レアンドロス様は関係ない。

 ツァニスを個人として、一人の男性として、私がどう感じるのか、どう思うのかをしっかり考えたい。


 だから、そこに余計な事は挟みたくない。


「……応援する。応援する。私は、レアンドロス様とマティルダの仲に嫉妬しない。応援する。後押しする。彼らに幸せになって欲しい……

 だから応援する。応援する……」

 こんな時は自己暗示だ。

 実際に言葉を口にして、音として自分の耳に改めて入れる。

 レアンドロス様に幸せになって欲しいのは揺るがない事実だ。それが、誰とだって私は応援したい。彼が幸せになれるのが一番だから。

 アティと同じ。相手が幸せになれるなら、私が幸せにしなくてもいい。

 ほら、こうすると、少し気持ちが落ち着いてきた。効くな、自己暗示。


 私の呪文のような呟きが空気に溶ける。

 途端、沈黙がその場に舞い降りた。


 ギシリと椅子が軋む音がする。

「……このまま、セリィをおちょくり続けるのも楽しいけれど」

 アレクがボソリと呟いた。

 先程の声とは打って変わり、声のトーンが落ちて真剣味を帯びる。

 私はその声に顔を上げた。

 アレクが、ジャケットのポケットに手を突っ込み、中から何かを取り出した。

「裏に切り込みが入ってた。やっぱり事故じゃなかったな」

 そう言って、アレクはソレ──あぶみを、私とマギーに向けて見せつけた。

 あれは、私が使っていた鞍についていたあぶみだ。切れたままの鐙革あぶみがわがついている。

 ──その鐙革あぶみがわの端っこは、不自然に鋭利な角度になっていた。

「馬が足を取られた場所には穴が空いていた。兎の巣穴にようとしていたが……俺たちが穴を塞いで回ってるのに気づいたんだな。付近では草が結んであった」

 アレクはそこまで語り、あぶみをポケットに押し込む。


 やっぱりか。


 マギーは、飲みかけていたワイングラスから唇を離す。そして私の方へと視線を投げてきた。

 私は口元に手を置いて、アレクがあぶみを突っ込んだポケットの辺りを睨む。

「……本格的に仕掛けてきたか。

 やっぱり、相手はみたいだね」

 私はそうボヤいてから、一つ大きな溜息を漏らした。


 ***


「さぁて勇者たちよ。試練の結果を確認しようではないか」

 わたしは、娯楽室の暖炉の前に置かれた椅子に座り、ふんぞり返った。


 ……左腕が固定されて、本来の私の姿は痛々しい筈なのだが。

 固定した左腕ごと上に大きめの黒い革ジャケットを羽織り、片腕を服の中に隠している為、さしずめ『隻腕の魔王』となっていた。

 コーディネート・by・ニコラ&クロエ。

 エリックとゼノが『カッコいい……』と呟いていた。ゼノまで中二病の兆候が出てきちゃってるよ? 大丈夫かな……?


 子供達に試練を与えてから三日後の午前中。朝食後の時間。

 私は試練の答え合わせの為に、子供達と向かい合っていた。

 私の横には、アレク、ツァニス、ヴラドさんが立ったまま並んでいる。

 私の向かいのラグの上には子供達が座って、固唾を飲んで私の顔を見上げていた。


「さて、まずはチーム『ドラゴン騎士団』。

 貴方達がアイテムを渡したのは、ツァニス様だったな?」

 私が視線を送ると、ツァニスが胸ポケットの中から、エリック達の小箱に入っていた万年筆を取り出して見せてきた。

「理由を聞こうか」

 私が目を細め唇に薄く笑みを乗せると、エリックの顔に恐怖の色が浮かぶ。

 ああ、間違ってるのかもってドキドキしてるな? ……堪らんっ!

 反対に、イリアスはシレっとした顔をしていた。

「まず、そもそもこんな高価で入手困難な物を持てるのは、ある一定以上の貴族しかいないよね。

 そうなると自然と、アンドレウ公爵、カラマンリス侯爵、メルクーリ伯爵に絞られる。

 じゃあこの三人のうち誰がってなる。

 そこで、僕達が大人達にした質問は、各人たちの執事に『この万年筆の手入れをした事があるか』。

 まさかそんな高位の人間当人が、万年筆のインクの補充をしてるとは思えないからね。

 そしたら、サミュエルが『した事がある』って答えた」

 イリアスがチラリと、壁際に立つサミュエルの方へと視線を送る。サミュエルはコクリと頷いた。

「セレーネの可能性も考えたから、一応クロエにも聞いてみた。そしたらクロエは『手入れした事がない』って言ってた。

 だから、万年筆の持ち主はカラマンリス侯爵だと結論づけた」

 イリアスの言葉に、周りの大人達が少し目を見開いた。

 流石、イリアス。鋭いね。


 私はニコリと微笑んで、次の子供たちに視線を移す。

「では、チーム『ワンちゃん』。

 貴女たちがアイテムを渡したのはアレクだな」

 私がそう言うと、アレクがポケットから階級章を取り出して皆に見せつけた。

 アティはニコーッとアレクに笑いかける。アレクも満面の笑みで答えた。

 ……ツァニス、笑顔笑顔。歪んでるよねたみのオーラがダダ漏れてるよ。


「ああ。イリアスに聞いたら、これはメルクーリの階級章だった。だとしたら、メルクーリ北西辺境部隊の所属する人の誰か。この家には所属する人は多いから、最初は誰か分からなかった」

 ニコラ──あ、テセウスだなあの喋り方は。

 テセウスが、ゼノとアティを見ながら喋る。

 次に言葉を継いだのはゼノだった。

「僕では詳しい階級が分からなかったから、叔父上に聞きました。そしたら、これは大尉だって教えてくれました。

 叔父上は北西辺境部隊の将なので違う。ヴラドさんも大佐だったから違う。

 だから僕は次にヴラドさんに、『北西辺境部隊の大尉はこの屋敷の中に何人いるか』って聞きました」

 すると、次はアティがムゥと頬っぺたを膨らませて口を開く。

「でもね、ぶらどさん、いないよって」

 プリプリした様子のアティ。悩んだんだねぇ。私も頭を捻った甲斐があったよ。

 すると、テセウスが苦笑した。

「困ったよな」

 ゼノもウンウン頷く。

「でも、困ってるのをベネディクトに相談したら、『除隊したんじゃないのか』って。それで、それがアレクシスさんの事だって気づいたんです」

 その言葉に、ベネディクトの方をチラリと見てみたら、彼は素知らぬ顔。でも、優しい目でゼノたちの事を見ていた。

「でね! アレクにきいてみたの! 『たいい』だったの? って! そしたらね! アレクがね! ウンて!!」

 アティは興奮して手をパタパタさせていた。そんなに手をパタパタさせたら飛んじゃうよアティ!


 そして私は最後に、ベルナとベネディクトの方を見た。

「では最後。『お兄ちゃんGO』。ヴラドに本を渡した理由を述べなさい」

 私がそう言うと、ベルナがベネディクトの顔を見上げる。ベネディクトは、小さくため息を一つ漏らすと、ちょっと面倒臭そうに口を開いた。

「本は詩集で、本の中表紙に『ヤニスへ、愛を込めて』と書いてあった。

 でも、出版年を見たら相当古くて、多分今いる誰かじゃなくて、その父親か祖父の名前じゃないかと。

 アンドレウ夫人に聞いたら、特定の領地内で昔人気だった詩人の本だと分かった。

 その後別の人に、その領地出身の人が誰なのか聞いたら、ゼノの護衛の人がそうだと。

 最後に、ゼノの護衛の人に、ヤニスという人が親戚にいるかと聞いたら、祖父がそうだと教えてくれた」

 ヤレヤレ、といったテイのベネディクト。でも、ちゃんと考えていろんな人に話を聞いてくれたんだね。

 なんだかんだで、ベネディクトはちゃんとやってくれたんだ。ありがとう。


 私は子供たちそれぞれに、ゆっくりと視線を這わす。

 そして、ニヤリと笑った。


「結果を発表しよう。答えは──」

 私が一度そこで言葉を切ると、エリック、アティ、ゼノ、テセウス、ベルナが空気を呑む。

 一瞬、シンと静まり返った。

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