第243話 乗馬日和だった。

 私は地面に跪き、八百万やおよろず全ての神に感謝の祈りを捧げていた。

 ありがとう神様。ありがとう神様。

 この世に天使を降臨させてくれてありがとう!!


 祈る私の目の前で、アティとベルナが手を繋いでキョトン顔で私の事を見ていた。

 そんな二人は──双子コーデしています!!!


 アンドレウ夫人が用意してくれたアティとベルナ用の乗馬服は、どうやって調べたのか知らないけれど、ベッサリオンの騎馬兵隊の制服をアレンジしたものだった。ブーツまでしっかりミニサイズ!! 可愛い! 可愛い!! 可愛い!!!

 カシミアを黒く染め上げたケープコートの裾には、ベッサリオン特有の幾何学模様の刺繍が! リボンはアティが青でベルナが赤! 首に巻かれたスカーフも、アティが青でベルナが赤!

 アティとベルナ両方とも、髪はキリリと後ろで一つに結ばれ凛々しい表情になってる。

 アティは、期待しかないといった感じで気合が入った表情、ベルナは不安の方がまさってるのか、ちょっと困り顔。

 最高に天使! 最高に凛々しい! 最高に可愛い!!!


「よがりすぎて気持ち悪いですよ」

 背中にブッ刺されたそんなマギーの言葉も痛くなァーい!!


 今日は乗馬を楽しもうとなった。

 獅子伯が気張ってくれて、さまざまな馬を用意してくれた。

 天気は晴れ! 風はささやか! 日差しは柔らか! 最高の乗馬日和!!

 騎馬訓練用の広場では、メルクーリ別荘の家人達が馬を連れてせわしなく準備してくれている。

 ウキウキという浮足だった空気が広場に充満していた。


「すみません。二人が可愛すぎてつい……」

 私は立ち上がりつつ、目の端をそっと指で拭う。

「え? 泣くほど?」

 アレクが後ろから呆れた声を上げた。

「だってアティとベルナが! ベッサリオンの服着てる!! アレクは可愛いと思えないのっ?! 目ん玉洗ってこいよ!!」

「こういう時のお前って胸焼けする程ウザい……」

 振り返って見たアレクは、本当に心底ウザいという顔をしていた。


「だんちょう! お(↑)れ(↓)は?! お(↑)れ(↓)は?!」

 ピョンピョン跳ねながら自己主張を欠かさないのはエリック。

 エリックの乗馬服は濃紺のベルベットで、金髪がよく映える。フワフワの金髪は、サイドをピン留めされていて、いつもよりキリッとした表情になっていた。

「エリック様も格好いいですよ!」

 私が小さく拍手すると、エリックは渾身のドヤ顔で鼻息をフンスと吐き出した。その顔も堪んないね!


 実は、特製乗馬服を着ているのはアティ達だけではなかった。

 イリアスを始め、ゼノとベネディクト、そしてニコラも着ている。

 うん! みんな滅茶苦茶似合ってるよ!

「ニコラも可愛いです!」

 私がニコニコしながらニコラを褒めると、ニコラは恥ずかしそうにモジモジとする。

「その服のアレンジは、ニコラのデザインですよ」

 日傘を刺して柵の外にいたアンドレウ夫人が、眩しそうに目を細めてそう語る。

 そうなの?! ニコラ凄い才能っ!!

「流石ニコラですね! 『可愛い』や『素敵』のもっと上の言葉が欲しいぐらいです!」

 ニコラにそう告げると、ニコラはハニカミながら

「楽しかった。全部ティナ様が用意してくれたの。ありがとうティナ様」

 そうお礼を、ティナ様──アンドレウ夫人に伝える。

「若い才能の芽を育てる為ですもの。こんなのお安い御用よ」

 彼女も、日傘を傾け楽しそうにそう笑った。


 ニコラとアンドレウ夫人も、良い関係が出来てるみたい。ま、そもそも心配はあんましてなかったけど。

 アンドレウ夫人の前ではニコラ──いや、正確に言うと、彼の元々の人格であるニコラオスで居られるみたい。アンドレウ夫人に心を開いている証拠だね。

 アンドレウ夫人の方も、ニコラオスの性質を理解してくれて、丁寧でありつつも、変な一線は引かずに自然な距離感でいてくれている。

 使う言葉を選びつつ、それでいて率直に気持ちや物事を伝えてくれる。さすが、アンドレウ夫人だね。


「では! 準備運動しましょうか!」

 私のその声に、子供達が自然と私の向かいに勢揃いする。

 いやぁー。壮観。眼福。尊くて昇天するどころか、逆に死体も生き返るよこんなの。

 私は綻ぶ顔を我慢できず、ニヤニヤしながら準備運動しはじめる。


「……セレーネ様の表情が、なんか……イラっとする」

『思ったことはまずは言葉にしてみるようにして下さい』と伝えたベネディクトが、早速シラーっとした表情でボソリと呟いた。

 いいね! 素直!! いいよ! どんどん言語化していこう!!

 ……気持ちが言語化出来るようになったら、今度は音声化するしないのタイミングを教えていかないとね。 ははっ!!


 ***


「アティ、どうかな? 今どんな気持ち?」

「わごわごする!」

 ……わごわご? うん、分からない。

 でも、さっきからはしゃぎ通しなので、まぁポジティブな意味だろう。うん。


 私が乗る馬の前にアティを乗せて、ゆっくりパカパカ馬を歩かせていた。

 後ろからは、ベルナを乗せたルーカスの馬が、同じくゆっくりゆっくり歩いている。

 ベルナはド緊張顔。大丈夫だよ。妹たちと違って、ルーカスはちゃんと手加減してくれるから。


 広場の端では、エリックが一人で乗るんだとプンスカしてる。それをエリックの護衛さんがなだめてた。

 ああ、ゼノが一人で乗ってるからだね。うらやましいのは分かるけどね、まだ無理じゃないかなぁ。

 イリアスは、ヴラドさんに乗馬姿勢から習ってる。イリアスの顔にはいつもの余裕なんてカケラもなく、真剣な表情でヴラドさんの言葉にコクコク頷いていた。

 ニコラはサミュエルに。

 そういえば流してたけど、サミュエルも一丁前に乗馬が出来るんだよね。多分、ツァニスと一緒に習ったんだろうな。

 そしてベネディクトは、アレクと話をしながら、馬の顔を撫でたりブラッシングしたりしていた。


 他の大人達も、用意してもらった馬を撫でたり鞍を乗せたり、色々準備しながら談笑してる。

 ツァニスとアンドレウ公爵、獅子伯の三人は、何か話しながら笑い合っていた。

 アンドレウ夫人は、柵の外に用意された椅子に座り、そばに立つマギーやクロエ、そして侍女達と楽しそうにキャッキャと話してる。

 みんな楽しそう。良かった。


「おかあさま! もっとはやく!!」

 ゆっくり歩くのに焦れたのか、アティが足をパタパタさせて催促する。

 アティもう、すっかりスピード狂になっちゃって……あの、喋らないお人形みたいだった姿なんて、もう微塵も感じられないね。

 思った以上にアクティブに目覚めたのは……ね。いいよ! アクティブ侯爵令嬢! 新しいジャンルの乙女ゲームになりそうだね!!

 馬を駆り剣をブン回し猟銃を撃ち、それでいて賢く意思表示はシッカリと、でも姿は清楚で可憐。

 ……最高じゃん……ッ!!


「よし、じゃあ少し走りますか!」

「はしりますか!」

 私の掛け声に、アティが前のめりで返事をした。そうこなくっちゃ!!

 私は体勢を整える。アティは慣れたもんで、私のお腹にピッタリと背中をつけてきた。

 呼吸を整え重心の位置を変えると、馬もそれを感じ取り、少しずつ歩調を早めていく。

 速歩はやあしにしても、アティもリズムを取ってキャッキャとはしゃいだまま。


 馬の気持ちのたかぶりを感じつつ、タイミングを見て駈歩かけあしに移行しようとした時だった。


 馬がガクンと前に体勢を崩す。

「!!」

 私の体も前のめりに倒れそうになるが、前にいるアティを潰さないよう、なんとかあぶみで踏ん張った。

 が、その瞬間──


 ブヅッ!!


 鈍い音がした。そして左足の踏ん張りが効かなくなる。

 あ、と思う前に、私の身体が左前側へと傾げた。

 あぶみが切れた!!!

 普段だったらなんとか馬上に残れただろうけれど、馬が体勢を崩した直後で私もバランスが取れず。

「セレーネ!!」

 誰かの叫びが耳に届くと同時に、私は馬の上から振り落とされた。


 ヤバイ! この体勢で落ちたら頭を打つ!!

 私は咄嗟に腕で頭を庇う。

 次の瞬間、左肩に衝撃。しかし私は勢いに逆らわず、そのまま地面を転がった。

 痛いと思う前に──

「アティ!! 馬にしがみついて!!!」

 前すらも確認できないウチに、兎に角そう叫んだ。

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