第241話 子供達の関係が変わってきた。

「イリアス、おしえて」

 そう言うとアティは、イリアスの前に階級章をグイっと突き出した。

「コレって、どんなひとがもらえるの?」

 アティの質問に、イリアスは微妙な顔をしてから傍にいるゼノへと視線を向ける。

「僕はメルクーリの事しか分からないから。もしかして、これって別の所属の場合もあり得るのかなって思って」

 ゼノは困ったような笑顔でそう答えた。

「イリアスって、こういう事も詳しいだろ」

 そうぶっきらぼうに言ったのはテセウスか。

 イリアスは、一瞬あらぬ方向を向いて少し考えているようだった。


 あー、アティたち賢い。

 私が『大人には五回まで聞いて良い』って言った事の裏に気づいたね。

 そう、別に子供同士なら情報交換はやりまくっていい。ゼノやニコラでは分からない所を、イリアスに確認を取ろうってなったんだな。

 イリアスが私の方にチラリと視線を送ってきた。なので私は小さく頷く。

 途端、少し嬉しそうに顔を崩すイリアス。

「ま、座れば?」

 そう言ってラグを示すと、嬉しそうにアティとゼノとテセウスはラグの上に座った。


 ふと、イリアスが視線を上げる。

 その先に居たのは、部屋の片隅に置かれた椅子に座ったベルナとベネディクトだった。

 一瞬眉根を寄せるイリアス。

 少し俯いて、何かを逡巡しているようだったが──

「ベルナー! ベネディクトー!」

 そんなイリアスの様子に気づかないアティが、二人にブンブンと手を振って呼ぶ。

 アティの空気の読まなさ最高っ! 大好きそういうのっ!!

 イリアス、咄嗟に笑顔作ったけど引きってる!


 呼ばれたベルナはアティの呼びかけに手を小さく振り返す。しかし、ベネディクトはまた微妙ビミョーな顔してた。イリアスを気にしてるんだな。そりゃあんな全開で敵意オーラぶつけられたらそうなるわな。

 イリアスは一度唇をギッと噛みつつも

「こっち来れば。場所は空いてるよ」

 口の端を少し引き攣らせつつも、そう言った。

 イリアス成長した! この短時間に!!

 私がニコニコして見てる事に気づいたんだろう、イリアスはちょっと恥ずかしそうにして、すぐにプイッと顔を背けてしまう。

「べっ…別に、嫌ならいいけどっ……」

 ふむ。テンプレなツンデレ発言だな。可愛いヤツめ!


 少し驚いた顔をしたベネディクトだったが、イリアスの言葉とベルナに引っ張られて、暖炉の前のラグの方へと行く。

 そして、その端っこにストンと座った。

 その時のベネディクトの顔には、ほんのりと笑みが浮かんでいた。


「嬉しそうだな、セレーネ」

 子供達の様子に見入ってしまっていたところ、ツァニスにそう声をかけられる。

 しまった! 大人たちの話、全然聞いてなかった!

 いけないと思って振り返ると、ツァニスをはじめ、アンドレウ夫人や公爵、そして獅子伯まで、ニコニコとしながら私の事を見ていた。

「セレーネは本当に子供が好きなのね」

 嫌味という風ではなく、本心でそう思う、そんな声音でコロコロと笑うアンドレウ夫人。

 なので私も笑って

「はい。それに、子供達がああして自分達で距離を測って、適度な場所を見つけようとしてくれるのが、嬉しいんです」

 そう答えた。


 ツァニスが、子供たちの方へとふと視線を送り

「あっちに居てもいいんだぞ」

 ポツリとそう呟いた。

「でも──」

 そんなワケにもいかなくない? と思い、それを辞退しようとしたが

「いいわよ。いってらっしゃいな。どうせ今は私たちの趣味の話しかしてないんだから。興味ないでしょう?」

 グぅ!! アンドレウ夫人の言葉が胸に刺さる! 彼女のあの言葉は嫌味ではない事は頭では理解しているがッ!! 図星を突かれた痛いっ!!

 ごめんなさいね……大人たちの趣味の話よりは、子供たちの方が興味あります、ハイ。

 しかし、ここで喜び勇んで「じゃあそうします!」と言うのは、なんだか失礼千万過ぎるよね? 流石に私でもそれは分かるわ。しかし、アンドレウ夫人も別に他意があって言ってないみたいだし、YESと言っても問題はなさそうだけど……

 そうちょびっとだけ逡巡していた時だった。

「俺もそうさせていただこうかな」

 そう言いつつ、どっこいせと椅子から腰を上げたのは獅子伯だった。


「普段は殺伐とした世界に居るからな。こういう時ぐらい、子供たちの様子に癒されたい」

 彼は、暖炉前のラグに集合する子供たちの方を眩しそうに見つめてそう言った。あー。分かるゥー。私も実家で心がささくれ立ちまくったので、子供たちの声とか態度に癒されたいもん。

 私が笑顔で思わず獅子伯の言葉に同意すると。

 獅子伯が。

 私に、すっと手を差し伸べて来た。

 エスコートッ!?

 いや! でも! ちょっと! マズイですね!! ハイ!!

 獅子伯とは距離を取るって決めたし。精神的な距離のつもりだけど、それには当然物理的な距離も取るべきであるという事ですしねぇ! だから! その手!! 取れません!!!

 しかし、エスコートの手を拒否ってそれはそれでド失礼じゃないかっ!?

 ええもうどうしようっ……


 そう脳内だけでアタフタし完全に固まっていると、横に座っていたツァニスがスッと立ち上がる。ツァニスが私の腰に手を当てたままだったので、私も自然と立ち上がった。

「行こうか」

 そう、笑顔を向けてくるツァニス。

 ……目の端が、引きつっていませんかね。今、もしかして、獅子伯に牽制しました??

 ツァニスが動いたので、獅子伯はその手をおろし、ゆらりと動いて先に子供たちの方へと足を運ぶ。

 ツァニスは。

 立ち上がったまま私の腰をぎゅうっと強く抱き寄せていた。折れます。腰。

「さすがに痛いです」

 私がそう不満を漏らすと、ツァニスの手がフッと緩んだ。

「すまない。思わず」

 でしょうね。

 意図して腰を折ろうとしてたんなら、遠慮なくその顎砕いてましたよ。


 ツァニスが私の腰から手を放し、手を差し出して来たのでその手を取ってエスコートしてもらう。そのまま子供たちの方へ行こうと動いた時だった。

 その背中に

「ふふっ……今回は前回以上に面白い物が見れそうっ……」

 そんな、コロコロと笑うアンドレウ夫人の、ウッキウキした声が刺さった。


 ***


 昼間の子供達の喧騒とは打って変わって、夜。

 風がサワサワと草原を駆け抜ける音と、虫の音、そして静かな吐息が、私たちカラマンリス夫妻とアティに宛てがわれた部屋に響いていた。


 ベッドではアティがスヤスヤ眠っている。日中遊びまくったお陰か、ベッドに入る前から寝こけてたから、寝かしつける時間もなかった。早い。

 私は眠ったアティの横に寝そべり、その天使の寝顔を堪能していた。

 日中のこぼれ落ちそうな大きな瞳も可愛いけど、それが閉じられた目も可愛い。まつ毛が綺麗に並んでて、なんつーのかもう、ね! 可愛い。

 ツヤツヤな小さな鼻もぷっくりとしたモチモチの頬っぺたも、横向いて枕に押されてアヒルみたいに突き出たピンクの小ちゃな唇も、マジでもうホント可愛い。細胞全部可愛いし、ヨダレで色が変わった枕まで可愛い。

 あ、『ぷかっ』って言った。いびき!? アティいびきまで可愛いっ!! 延々見てられる!!!


 ふへへへ、と変な笑いを思わず零しながらアティの寝顔を堪能していたら、そこに濃密な影が降りてくる。

 ん? と思った瞬間、ベッドサイドに立ったツァニスが、私の肩に額をつけてきた。

「……どうしました?」

 ツァニスの脳天を見つつそう尋ねる。何、頭皮の匂い嗅いで欲しいの? いやぁ、ツァニスのはちょっと……

「しんどい……」

 彼はくぐもった声で、そうポツリと呟いてきた。

 あー。だよねェー。気にしなきゃいけない事が沢山あって大変だよね。

「ラエラティオス伯爵家との軋轢、アンドレウ公爵家メルクーリ伯爵家との駆け引き、その中での鞘当さやあて……キツ過ぎる……」

 鞘当さやあて? オイオイ、なんか一個変なのが入ったぞ?

「アレク──アレクシスの事ですか?」

 そう尋ねると、ツァニスが額をグリグリと私の肩に押し付けてきた。削れる! 肩が削れる!!


 私は彼のデコを肩で押し上げ体を起こす。

 ベッドの淵に腰掛けると、ツァニスがその向かいに膝をついて手を握ってきた。

 痛い。強いって。

「アレクの事は大丈夫ですよ。アレは私とツァニス様を揶揄からかってきただけです」

 アレクの事だ。自分が本当にあーこーするつもりがあるんなら、そもそもそんな事をわざわざ言わない。

 アレは、ワザと嫌な言い方をして私とツァニスの反応を楽しんでるだけ。

 実際に、あん時のアレクの楽しそうな笑顔ったら……憎々しかったよ! 流石の私も!!


「でも、セレーネはあの男──アレクシスと、仲が良かったのだろう?」

「まぁ、幼馴染ですから」

「婚約もしていた」

「過去には、ですが」

「前の結婚相手──獅子伯の弟君とは態度が違った」

「そりゃ、幼馴染ですから」

「気安い態度だった」

「幼馴染ですからね」

「セリィと」

「幼馴染ですもん」

「嫉妬で気が狂いそうだ……」

「今はただの幼馴染ですよ」

「……幼馴染なんて概念、消えてなくなれ爆発四散してしまえ……」

 ええっ?! とうとう概念に嫉妬?!

「いや、どう考えても、『夫』の肩書きの方が強いではないですか」

 むしろ、最強の立ち位置じゃないの? 『夫』って。下手したら、妻のアレコレをできる実質権利すら持ってるじゃん。


 そういう言うと、ゲンナリした顔でツァニスは私をめ上げてきた。

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