第237話 子供たちにこれからの事を事前に予感させた。
アティは恐らく、まだ納得していない。
今は考えないように、そこから目をそらして頭に浮かばないようにしているみたい。
でも、それでいい。
時間が経てば、おのずと、理解できる事もあると思ってるし。
ゼノにも勿論説明した。
ゼノは私が獅子伯からお預かりしている立場なので、私が離婚となれば、カラマンリス邸にいる理由がなくなってしまう。
でも、表向きは『カラマンリス侯爵家が預かっている』なので、ゼノが希望すれば勿論カラマンリス邸に残れるし、私もすぐにいなくなるワケではない。
ゼノはゼノのしたいようにして良い、カラマンリス邸に残る事もできるし、メルクーリに帰る事もできる、すぐに決める必要はない。沢山考えて、色んな人の話を聞いて、自分で決めていい。もし決められないのであれば、相談に乗るからそう言ってくれ、そう伝えた。
サミュエルから「突き放していませんか」と言われたが、ゼノはもう九歳だ。幼児じゃない。自分の希望をそろそろ自分で言えるようにならなければ。
彼の希望を叶える為なら、勿論全力でバックアップすると、ツァニスにも言ってもらえているしね。途中で「やっぱなし」も勿論アリだ。ゼノに覆せない決断をさせるにはまだ早すぎる。
例え私が離婚になったからといって、カラマンリス侯爵家とメルクーリ伯爵家に出来た縁はなくならない。
そして、ニコラとテセウス。
彼らは私の執事として教育している。彼らの事については私が完全に責任者なので、離婚となり、私がカラマンリス邸からいなくなる時はそのまま残せない。
「別に。俺どこでだって生きて行けるし」
そう答えたのはテセウスだった。なんか、また何かを諦めたような顔をしたので
「貴方は私と一蓮托生。自立するまでは私の傍にいてください」
と伝えた。
こんな事で、ニコラとテセウスの養育を放棄する気なんてサラサラない。
私がカラマンリス邸にいれなくなってベッサリオンに戻るなら連れて行くし、他の場所で生きて行く事になっても勿論連れて行く。彼らに教育の機会を与えて、自立する力がつけられるようになるまで、血反吐吐いても彼らを育てる。
その決意をして、私は彼らを引き取ったんだから。
……その前に、アンドレウ夫人に攫われそうな気もするけれど。
ちょうどその話をしていたのが厩舎だった。
その話を馬の手入れをしながら聞いていた厩務員さんが、どっこいしょと椅子に座りつつ、ポツリと零した事があった。
「もしカラマンリス邸に残りたいなら、ワシの子供にならんかね」
その言葉を聞いて、私とテセウスは目を見張った。
その手があったか。
厩務員さんと養子縁組。そうすれば、テセウスはカラマンリスの使用人として残る事ができる。両親が健在なので、養子縁組の手続きは大変だとは思うけれど、もしニコラ・テセウス、そして厩務員さんが希望するんなら、私はどんな手も使っちゃうよ。
我々が言葉を失っていると、厩務員さんは顔をクシャリと歪ませて困ったような顔をする。
「残り少ない人生、ニコラやテセウスがいてくれると嬉しいが……まぁ、こんなジジイの子供じゃ不満かもしれんけれど──」
「そんな事ねぇよ!!」
厩務員さんの言葉を速攻で否定したのはテセウスだった。
「でっ……でもっ! お……俺だけじゃ決められねぇし。ニコラはどう思ってっか分かんねぇしっ……」
そう呟いたテセウスの顔は、ちょっとはにかんだ顔を必死に隠そうとしていてた。
『自分の居場所がある』
彼はその事に気づけたようで、必死に隠してはいたけれど、それが物凄く嬉しそうだった。
どう転んでもいいように、様々な準備はずっとし続けている。
大人の事情に子供を巻き込んでしまうのは申し訳ないけれど、どうしようもない事もある。
それは子供たちには全部隠さず伝えた。
そして、私がそれぞれの子供たちをどう思っているのか、どうしたいのか。
不安に思う事も沢山あったと思う。
今まで安穏としていた分、急に足元が崩れていってしまうような恐怖を与えてしまったかもしれない。
アティは時折オネショするようになってしまったし、ゼノも時々不安そうな顔をして私を見上げる事があった。ニコラよりテセウスが表に出ている事が多くなり、テセウスに聞いたら『ニコラは怖がってる。時間くれよ』と言っていた。
でも、仕方ない。ある日突然、どうしようもない事実を目の前に突き付ける事になるのだけは避けたかった。前もって、「そういう事もありうる」事を伝え、本人たちの中で消化していって欲しかったから。だから時間をかけた。これからもかけ続ける。
寄り添い、声をかけ、時には抱き締めた。
今はまだ、私はここにいるから。まだ傍にいるから。
アティ、ゼノ、ニコラ、テセウス、あの子たちの人生はあの子たちのものだ。
私が全て制御する事はできないし、してはいけない。
私に出来るのは、これから起こるかもしれない不測の事態に、対応できるようあらかじめ考えるよう促し、受け止める覚悟を持たせられるようにしてあげる事だけ。
あの子たちならきっと大丈夫。
だって、私が手塩にかけて愛してきた子たちだから。
そんな事をふと思い返しながら私は、暖炉の前であーでもないこーでもないと討論を繰り広げる子供たちの姿を、じっと見つめた。
***
「いくぞベネディクト!!」
「ハイハイ……」
拳を握りしめて天まで突き上げたエリックに、面倒臭そうな顔をして頷くベネディクト。
「せいや!!」
エリックは気合一発、草原の中をゴロリと転がる。
「つづけぇー!!」
起き上がったエリックは、斜め後ろにいるベネディクトに腕を振る。
「はー……」
物凄く面倒臭そうな顔をしつつも、ベネディクトも草原の中をスルッと転がり立ち上がった。
「っ……!」
その流れるような動作に、エリックは言葉を一瞬詰まらせる。
「ま……まだまだだな!!」
負け惜しみかよ。
「うけみはな! ひびのつみかさねなんだ!!」
ソレ、前に私がエリックに教えた言葉だね。
「ソウデスネー」
うわー。ベネディクト、返事が棒。
でも、なんだかんだ言いつつ、ベネディクトはエリックに付き合ってあげていた。
晴れ渡った春の空、広い草原を吹き抜ける風は少しまだ冷たい。しかし、日差しは暖かく花の香りが風に乗って届いてきていた。
今日の日中は外で遊ぼうという事になり、別荘の牧草地まで来た。子供たちの他、私やツァニス、獅子伯の他、アレクや子守や護衛も引き連れている為、まぁ大所帯になったけれどね。
エリックとベネディクトはちょっと離れた所でゴロゴロ転がっている。
私のそばには、アレクの動きに合わせて短い手足をブンブン動かしてストレッチするアティとゼノとニコラ、そしてイリアスとサミュエルとベルナがいる。ツァニスや獅子伯、そしてルーカスやゼノの護衛──ヴラドさんたちは、その様子をニコニコと眺めながら、
ベルナはあんまりこういう運動をした事がないのか、私やアレクと同じ動きをしてね、と伝えてストレッチを始めたが、上手く動けないようだった。
私はベルナを手助けしながらも。
イリアスが、さっきから背中にドス黒いオーラをたたえてベネディクトを笑顔で見てる事に、不安をおぼえまくっていた。
イリアス……さっきから敵意がダダ漏れ。
それはベネディクトも気づいているようで、嫌そーな顔でコッチをチラチラと見ていた。
うーん、予想外。
まさか、こんな事になるとは。
この別荘を訪れる前。列車での移動なのでアンドレウ公爵御一行と駅で合流した時の事。エリックとイリアスに、ベルナとベネディクトを紹介した。
その時がまたもう……ね。色々大変だった。
列車に乗り込み、サロン室でアンドレウ公爵夫妻とエリック&イリアスに、改めてベネディクトとベルナを紹介した時だった。
カラマンリス邸で暫く暮らす事になったんですよ、と伝えたところ、何を勘違いしたのか、エリックがベネディクトに食ってかかった。
「だんちょうのいちばんでしは! お(↑)れ(↓)だぞっ!!」
顔を真っ赤にしてプルプルと震え、怒りを爆発させたエリック。
いや、別にベネディクトは私の弟子として迎えたんじゃないんだけどな……
ベネディクトは顔に『?』を浮かべたまま、エリックを見下ろしていた。
当然、ベネディクトはエリックが何に怒ってるのか分からなかったみたい。そりゃそうだ。ドラゴン騎士団の話なんて、ベネディクトにはしてないからね。
暫く黙ってエリックをジッと見下ろしていたベネディクトは、目をパチパチと
「うん、じゃあ、エリック様が俺の兄弟子になるんだね」
何となーくそれっぽい返答をボソリとした。
その瞬間、エリックの顔がゆっくりゆっくり、それは本当にゆっくりと輝いていった。
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