第238話 子供たちの資質が渋滞していた。
「あにでしっ……!」
エリックが、目を輝かせてそうポツリと呟いた。
あ、その言葉は知ってたんだ。
エリックはキラキラした目でベネディクトを見上げると
「おっ……お(↑)れ(↓)の方がエライんだなっ……?」
そう、念押しして確かめる。
ベネディクトは不思議そうな顔をして、音がしそうなほど首を横に傾げると
「? うん、そうだね。エリック様の方が偉いね」
そう頷いた。あ、確かに爵位はエリックの方が遥かに高いよね。でも、多分エリックはそういう意味で言ったんじゃないと思うよ?
エリックは、鼻の穴を広げて鼻息荒く両拳を握りしめる。
「よし! ……ええと? なまえなんだっけ?」
「ベネディクト」
「ベネディクト! いまからオマエは! お(↑)れ(↓)のいうことをきくんだぞ!」
「別にいいけど」
ベネディクトがコックリ頷くと、エリックはフンスと荒い鼻息を吐き出した。
ベネディクトには、エリックが興奮している意味が分からなかったみたい。
多分エリックは、『自分が兄弟子になった』って事が嬉しかったんだろうな。
でも、ベネディクトには当然そんな事伝わるワケもなく。
あー、噛み合ってない噛み合ってない。なんだか微妙に気持ち悪いわそのすれ違い……
しかし、二人はそんな事に気づく事もなく、エリックは事あるごとにベネディクトに兄貴風を吹かせるようになった。
ベネディクトは、その場で適当に合わせてるだけなんだけど……相性は、悪くないみたい。
しかし、問題はイリアスだった。
エリックがベネディクトとワチャワチャし始めた横で、イリアスはベネディクトを、全く目が笑ってない笑顔で見据えていた。
その背中から、物凄く禍々しいオーラが猛烈に立ち昇らせて。
あー。久々来たわ。イリアスの病的嫉妬心。最近は全然そんな素振りなかったから忘れてた。
ヤバイと思って、イリアスにそれとなく
「イリアス、落ち着いて下さい」
そう声をかけた。
しかし、イリアスは私の顔を見ることはなく、ベネディクトをジッと見据えたまま
「今ちょっと、僕が行えるあらゆる暗殺手段を考えてるから後にしてもらえるかな」
そう吐き捨てた。
後にできるかそんな物騒な事!
「イリアス、エリックは兄貴風が吹かせられる人間が出来て嬉しいだけですよ」
彼の背中をポンポンと叩きつつ、落ち着かせようとそう言ったが
「エリックが喜ぶのは構わないよ。ベネディクトがエリックに媚びてるのが殺したい」
直情的過ぎるよイリアス! アカンて!!
「あれは媚びてるんじゃなくて、適当にあしらってるだけです」
ベネディクトは、人に媚びるような面倒な事をするタイプじゃないしね。
そう説明するが、イリアスの殺気はおさまらない。
「セレーネ、彼を
アイツを
やめて怖い!! 歪み健在なの?! マジでやりそうで笑えない!!
ため息しか出んわ全くもう。
私はイリアスの手をそっと握り締めた。
驚いた顔で私の顔を見上げてくるイリアス。
「エリックは、貴方という絶対の味方がいるから、ああやって安心して他の人ともコミュニケーションが取れるんですよ」
私は笑ってイリアスにそう告げる。
その瞬間、彼の背中から殺意のオーラがふと消えた。
「ベネディクトは、まだ人とちゃんと接する事が出来ません。ああやって何も考えず、適当に人に合わせる事しか出来ないんです。
ベネディクトが興味あるのは、妹のベルナの事だけです。だから私は、彼らに自分の兄妹以外とも接して欲しくて、貴方がたを紹介したんです」
私は、イリアスの手を握った手に少し力を込める。
「アティとエリックの関係を認めて、ゼノを自然と受け入れ、ニコラとテセウスとも良い距離を取る事が出来た、そんなイリアスなら大丈夫だと思ったんですよ」
婚約者であるアティへ、嫉妬の感情を抱かなくなった。
エリックの世話を、甲斐甲斐しく焼くゼノにも嫉妬しない。
私の執事として教育しているニコラとテセウスにも、イリアスは嫉妬しない。
恐らく、イリアスは自然と無意識に、彼らが自分の脅威ではなく、その存在を認めて仲間だと認識できるようになったから。
「ベネディクトとベルナはアティの親戚です。だから彼らにも、ちゃんと人とコミュニケーションを取れるようになって欲しいんです。
協力して、くれますか?」
そう言って彼の目を覗き込む。
イリアスは、驚いた目で私を見たのち
「……仕方ないね」
嬉しそうに顔を綻ばせて小さく頷いた。
ま、そうは言っても、エリックがベネディクトとワチャワチャする事について、感情がまだ追いつかないんだろうな。
ま、次第に慣れるよ。
イリアスは、初めましての人には相手が例え子供でも、物凄く警戒する。その危機管理能力は貴族には絶対に必要だね。エリックにはあんまり無いし……
反応が過激な部分さえ緩和出来れば、きっとイリアスはその能力で、さまざまな思惑に振り回されがちになるエリックの力になれる。
そう思い、良い感じで収まるかと思いきや。
「ダメー!! お兄ちゃんはベルナのっ!!」
嬉しそうなエリックに、今度はベルナが食ってかかる。
あー……こっちもか。
仲良くならなくてもいいから、適切な距離を取れるようになるとイイナァー。
希望だよ、希望。あくまでね。
ま、そんなに簡単にはいかないか。いかないよね。分かってた……ははっ。
妹たちだって、新しい妹や弟が生まれた時、赤ちゃん返りしたり構ってちゃんに突然変貌したりして、本当に物凄く大変だったしねぇ……仕方ないよね、うん。
最初のエリックとベネディクトたちのそんなやり取りをふと思い出した。
あれから数日しか経ってないけど、あれからまた随分と子供たちの関係性は変わった。子供の変化って本当に早い。そして素直。
大人もさ、こうやって単純に付き合っていければどんなに楽か。はぁー……
気持ちよい風が走りつける草原の中で、ゴロゴロ転がるエリックと、それを面倒臭そうな顔で見るベネディクト。
でも、満更でもないんじゃないかな。彼の、前髪の間から見える目が優しい。
エリックは……まぁ、相変わらず。いいよ。キミはそのままでいて!
草原の中ではしゃぐエリックのベネディクト二人の姿を、ツァニスと獅子伯が笑顔で見ていた。
「ほう。良い動きをする」
ベネディクトがスルリと前転し立ち上がった姿を見て、獅子伯が感嘆の声を漏らす。
「そうですね……」
ツァニスの方は、少し微妙な顔をしてベネディクトの方を見ていた。
ベネディクトの
私がベネディクトに教えるまでもなく、彼は音もなく動く事に長けていた。おそらく、その技術は私よりも高いんじゃないのかな。
乙女ゲーム中のベネディクトは、ゼノとはまた違った意味で戦闘能力の高いキャラだった。たぶん幼少期から、体捌きの他、ナイフをはじめとした刃物の扱い、素手による格闘術や体術等を仕込まれてきたんだろう。
暗殺の為に。
息子に何仕込んでんだよあの子爵はッ!!
でも、あのカザウェテス子爵自身は大した技術はなかったんだよなぁ。
……ひとえに、ベネディクトを侯爵家乗っ取りの
どちらにしても、親としてどうなんだ。
いや、私だってアティにそれなりの技術は仕込むつもりだけれど、それはあくまで『自分の身を最低限自分で守る』為だ。決して、他人を害する事を目的にしてない。
でも、ちょうど良い。
私はベネディクトに、サミュエルへの指導を一緒にやってもらう事もお願いした。
素手による格闘術に長けているなら、普段丸腰のサミュエルにはうってつけだしね。
ベネディクトは、不思議そうな顔をしつつも頷いてくれた。
あ! でも一応伝えたよ! 「嫌なら嫌と言ってくださいね」って。
ベネディクトは少し視線を外して考えたのち「面倒くさい」とは言ってたね。
そこは「サミュエルに指導してくれた分、何かベネディクトに見返りを渡すので、何がいいか考えておいてくださいね」と伝えた。
彼は、空中をボンヤリと見つめた上で「考えておきます」とポツリと呟いていた。
「いやー。ベネディクト。彼は是非
ベネディクトとエリックのワチャワチャを見ていたアレクが、獅子伯の後ろで、ゼノの護衛さん──ヴラドさんにそう声をかけた。
なんだって!?
私は聞き捨てならないアレクの言葉に、瞬間的に意識をそっちに全集中させた。
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