第231話 心配された。
ベネディクトは危うい。
彼を操作しようとする人間には
カザウェテス子爵とラエラティオス伯爵がそう教育を施して操ってきたから。それを乙女ゲームの継母も利用していた。
もう十三・四歳。幼児期は過ぎて人格が形成されてしまっている。
でも、裏を返せばまだ十三・四歳。
思春期に入ったばかりだ。大人としての自立心を養うのはここから。まだ間に合う、きっと間に合う。
この頃の失敗ならまだ許容できる。
私もアティもデルフィナも、ベネディクトのお陰で命を失わずに済んだ。
その行動は評価してあげたい。
「……きっと、彼は変われる」
そう、信じる。
私の真剣な声を聞いたサミュエルが、少しの沈黙ののち、盛大なため息をついた。
なんか、わざとらしくないですかね、そのため息。
「死にかけてなお、そんな事言えるんだな、お前は」
吐き捨てられたようなその言葉。
「実の祖父に殺しておけば良かったと言われても、動かない身体を無理矢理動かして当の祖父含め救いに行く」
サミュエル、なんか、イライラしてない?
「なんでお前はそうなんだ?」
してるよね? 確実にイライラしてるよね?
「仕事ぶりを知られないにも関わらず領民のために行動するクセに、ぶつかると分かっていても自己主張はする。
挙句殴られたにも関わらず、今回も権力は振りかざさない。
なんでだ? なんでそうなんだ?」
「ど……どうしたんですか? 突然」
私は突然キレ始めた彼の顔を見上げた。
確かに、彼のいう通りではあるんだけど……それで何でサミュエルがキレんの?
「突然?! 前からだろう!
熊に襲われた事もツァニス様に隠している! 暴漢に襲われる事を承知の上で罠にかかりに行った! ニコラを助けに行ったのもお前だろう! マギーに聞いたぞ! お前頭を殴られたんだろ?! 何でだ?! 何でそこまでするんだ!」
サミュエルは叫んで力が入ったのか、バランスを崩した書類をバラバラと床へと落とす。
「そのうち本当に死ぬぞ! 死にたいのか!!」
彼がそのままの状態で一歩前に出て顔を近づけて来た。
ああ、そうか。
なるほど。
心配、してくれているのか。
私は、サミュエルからフイと視線を外し、自分の掌を見た。
確かに。私は自らの意思で危険に飛び込んで行ってる。それは否定出来ない。
今回も、危うく崩落に巻き込まれそうになった。
私は自分の中の言葉を探す。
適当な言葉が、見当たらなかった。
だから、率直な言葉を使うしかない。
「たぶん……長生きしたいと、思ってないからでしょう」
上手く表現できないけれど、感覚としてはそうだった。
「自分を大事にしていない、という意味ではないです。
私は私を大事にしています。自己主張するのはその為です。
ただ同じだけ、子供たちも大事にしています。
だからその為に身体を張っているんです。
ただそれだけです」
私は自分の手を握り込む。
「私が怪我をしたりするのは、やり方が下手なんだと思います。それは実感しています。
でも私は、これ以外のやり方を知らない」
それは理不尽だと声を上げ、子供の前に盾となり立ち、私が代わりに殴られる方法しか、知らない。
もっと賢いやり方をとみんな言うけれど、そう簡単には上手くなれない。上手くなる間、子供たちが精神的にも肉体的にも殴られている姿を見てられない。
私はRPG系ゲームで言えば、壁役の戦士。
守った人達が力を合わせて戦ってくれれば、目的を達成できる。
だから私は、私の役割を全うしているだけ。
「でも、母にも言われてしまいましたね。
誰かを守る為には、自分がベストな状態でないとダメだって。
だから今後は、それも自分に言い聞かせます」
私は苦い顔をしているサミュエルの方を見上げ、笑いかけた。
「心配してくださってありがとうございます。
アティの為にも、もう少し頑張りますよ」
まだアティに、伝えていない事が沢山ある。傍にいられる間に、出来るだけそれを伝えたい。
その瞬間、サミュエルの顔がサッと歪む。
「がっ……」
何かを言いかけて、その言葉をひっこめる。そして
「寝ろ!!!」
そう吐き捨てられた。
なんで?!
サミュエルは落ちた書類をバサバサと荒く拾い上げると、それを抱えたまま部屋をドカドカという足音を立てて出て行ってしまった。
嵐が去った後のような空気になる部屋。
何だったんだ一体……
私は、サミュエルが置いてったランタンの灯りに照らされた天井を見る。
カザウェテス子爵の対応、ベネディクトとベルナ、そして祖父との確執。
まだまだやる事がいっぱいだ。
兎に角、今日は体力を使い過ぎた。サミュエルの言う通り今日は寝なきゃ。
私は改めて目を閉じて、今後の事を考えた。
***
カザウェテス子爵の扱いが決まった。
ベッサリオンがカザウェテス子爵を訴える内容は、デルフィナを拉致し、かつベッサリオンで問題を起こした事。王都へ通知するとの事だった。
領地間の問題ごとは王都へ連絡義務がある為だ。領地間の争いに発展しない為の措置なのだろう。カザウェテス子爵の最終対応は王都にて行われる。
王都からそのうち迎えに来るだろうから、それまでは彼の身柄を預かってくれるとの事だった。
当然、デルフィナとの結婚話は白紙へと戻った。
ただし、それとは別件でツァニスがカザウェテス子爵を訴えることとなる。
私──侯爵夫人の毒殺を企てたとして。こちらは内輪での内乱扱いではあるが、ベッサリオンで事を起こした事を口実に、王都に裁きを委ねる事にするとツァニスが言っていた。
ラエラティオス伯爵家がいる場所では、ナァナァで潰される可能性があるからとの事だった。
ラエラティオス伯爵家。恐らく今回の事件──それだけではなく、アティの母・アウラやツァニスの父を謀殺した首謀者。彼らを引き摺り出すには、今回のネタでは難しいだろうということだった。
そもそもカザウェテス子爵は、全て自分が計画した事だと頑なだし、繋がる証拠が今はないからだ。
「私にも味方はいる。このままにはしない」
ツァニスが、硬い表情でそう呟いていた。
そういえば。
昨夜の情報共有の結果の報告、そしてカザウェテス子爵の扱いなどを決定する場に、祖父は参加しなかった。
いや、正確に表現すると『参加させてもらえなかった』だ。
当たり前のように話し合いに参加しようと、応接間に入ってきた祖父。そして当たり前のように上座に座ろうとしたのを、父と母が遮った。
他家の子供事情の事で私を殴りつけた上、あの禁足地の事を説明しようとした私の言葉を遮り、自分はおろかツァニスと私兵たちを危険に晒したとして、両親が祖父の判断に疑問があると、真正面から伝えたのだ。
父は祖父に向かって発言する事は、やっぱりなかなか難しかったよう。
しかしそこは母の出番。
「あなたの認知に問題があると言う事です」
と、ズッパリハッキリ祖父を切り捨てていた。
私は勿論母が発言する事も気に入らない祖父は、顔を真っ赤にして猛抗議したが。
「カラマンリス侯爵と貴方が崩落に巻き込まれて死んだ後、その尻拭いをするのは我々だったのですよ?!
死んだ貴方にどう責任が取れます?!
そんな身勝手な方の言い分にもはや価値はない!!」
と、これまた容赦なく
祖父が、まるで私のフォローを期待するかのような目を向けてきたのが気持ち悪かった。
なので遠慮なく
「私の発言を聞く気はないのでしょう?」
そう嫌味を返してやった。
その途端、まさか、という顔をする祖父。
あれだけの事を私にしておいて、なんで私がフォローすると思ったんだよ。
どんだけ踏みつけボロボロにしても、自分に従属する女は自分をフォローするべきだって、ナチュラルに本気で思ってたんだな。キモっ。
「それに、貴方は私を殺したかったのでしょう? 何故自分を殺そうとする方のフォローをせねばならないのです?」
祖父が言った言葉、根に持ってるからな。
私がそう吐き捨てると、祖父の顔が徐々に赤くなっていった。
「お前っ……実の祖父である私になんて口を──」
「例え貴方が祖父でも、私は貴方の付属品ではない。
私は私の意思と誇りを持ち生きています」
今にも殴りかかってきそうな祖父に真正面から対峙した。
そして
「殴りたければどうぞ。それぐらいでは、私は意思を変えません」
そうハッキリと言い放った。
誰にも、私の尊厳を踏みつけさせはしない。
例え祖父でもな。
「私が殴り返さないのは、貴方がお年を召しているからですよ。どうぞ隠居生活を楽しんで下さいね」
『私はお前より強いから容赦してやった』
そうトドメを刺してやった。
あの時の祖父の顔といったら。
ぶっちゃけ、とても気持ちが良かった。
しかし。
祖父への猛攻はそれで終わらなかった。
隣に立っていたツァニスが、私の腰を抱き寄せて、祖父をチラリと
「突然の事が色々あった為、今までお伝えしておりませんでしたが。
ヨルギオス様。カラマンリス侯爵家は、貴方を正式に訴えるつもりです。
妻に──侯爵夫人に二度も手をあげたのですから」
そんな爆弾発言したツァニスに、祖父だけではなく私までビックリした。
大喧嘩だけでは飽き足らず、まさかそんな事を考えていたなんて!
「しかしそれは──」
祖父が、顔を真っ青にして言い訳しようとしたが
「ああそれとも、ここで私にセレーネと同じ回数同じ方法で殴られる方が宜しいですか? セレーネ自身からの方がお好みか?」
ツァニスが無表情でそう吐き捨てたので、祖父は沈黙するしか出来なくなっていた。
「必ず、本人に償いをさせますので」
父と母が、そうツァニスと私に恭しく頭を下げた。
祖父は開き直ったのか、突然胸を張って踏ん反り返る。部屋から連れ出そうとした執事の手を振り切り、ドカドカという足音を立てて部屋を出て行った。
あの性格では、おそらく死ぬまで自分の非は認められないのだろうな。
──可哀想に。
私はそうならないようにしないとな。自戒の意味を込めて祖父の背中を見送った。
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