第230話 助け出して逃げた。(※暴力表現注意)

 私はすかさず斜め前──ベネディクトとアティがいる方向に飛ぶ。

 ほぼ同時に、カザウェテス子爵の拳銃が火を噴き、私がいた場所に着弾した。


 私は転がって起き上がると、ベネディクトの手を引き自分の後ろに庇う。

 しかし、身体が急激な動きに耐えられなかった。

 足が思ったような位置に出せなかった私はバランスを崩し、ベネディクト、そしてアティを道連れにして床に倒れ込んでしまった。

「へぎゅ!」というアティの悲鳴が聞こえた! ゴメンアティ!!

 倒れ込んだ我々に、カザウェテス子爵が銃口を再度向けてくる。


 しかし。


 こっちに銃口を向けていたカザウェテス子爵の腕が、彼の身体の前にいたデルフィナに絡めとられる。

 彼女の動きは、まるで踊っているかのよう。

 フワリと回転したかと思うと、彼の胸倉と腕を掴んで再度半回転。

 次の瞬間、カザウェテス子爵の身体が宙を舞い、思いっきり固い床へと背中から叩きつけられた。綺麗な一本背負いだな!

 デルフィナは子爵の銃を持った手から手を離さなかった。地面に叩きつけられた彼の肩に足を置き、そのまま再度身を半回転させる。

 ゴギリ

 そんな鈍い肩関節が外れる音がした。痛そうっ……

 デルフィナは私よりも体術が凄い。裸馬に乗れるほどボディバランスが良く、重心の取り方とか絶妙だし。男一人を投げ飛ばすぐらい朝飯前だ。

 デルフィナは、アティを心配して動かなかっただけだ。


 カザウェテス子爵は外された肩を抑え、呻きながら床をゴロゴロとのたうちまわる。

 床に落ちた銃を拾い、彼の背中を踏んづけるデルフィナ。

「私がそこいらのか弱き女性だと思ったら大間違いよ。誰の教育を受けてきたとお思いで? 相手をあなどり過ぎなのよ。

 カラマンリスのダチュラ。それがただ美しい花の事を意味しているとでも?」

 彼女は、酷く嗜虐的な微笑みを浮かべて、踏みつけた足で子爵の背中をにじりまくっていた。

 ……待って。お姉ちゃんはさすがにそこまでしないからね。


「……出番なかった……」

 そう、ガッカリしたような声で物陰から顔を出したのはカーラだった。

 犬たちは状況を理解できなようで、ウッキウキの顔で命令はまだかな、まだかな、という顔をしていた。


「いたいィ」

 そんな声が私の背後から聞こえてきた。

 いかん! 忘れていた!!

 私は慌てて転がってその場から離れる。床に手をついてなんとか起き上がろうとしたが、膝が笑って立ち上がれず、立膝になるのが精いっぱいだった。

「大丈夫ですか」

 私に半分潰される形になっていたベネディクト、そしてその彼の腕にしっかりと守られたアティに声をかける。

 ベネディクトの腕から這い出て来たアティは、たぶん、ベネディクトの顎にぶつけたのだろう自分の後頭部をさする。

 しかし次の瞬間、私へとタックルしてきた! アティのデコが顎にクリーンヒット!! 星が飛んだ! 痛いよアティ!!

「セルギオス! まってたセルギオス! きてくれるっておもってた!!」

 私の首に掴まり、顔をグリグリと胸にこすりつけてくるアティ。

「偉かったよアティ。よく頑張ったね。ちゃんと教えられた通りにできていたね。凄いねアティ」

 私もアティを抱きしめて、顔をアティの頭にこすりつける。

 そういば、こういう風にするのはいつぶりか。とてつもなく久し振りな気がする。

 頭皮の匂い、嗅げない。口を布で隠しているし。アティの髪の毛、枯れ葉が絡まって埃っぽい。後でね、後で。


 そうやってアティやデルフィナを助けられた余韻に浸っていた瞬間、犬がワンワンと警戒音で鋭く鳴き始めた。

 なんだろう、そう思った時。

 何かが鈍くギシリと音を立てた事に気づいた。

 いけない!!


「デルフィナ! ベネディクト! 子爵を引きずってでも、すぐにこの場を離れて! この場は古い集団自決用の装置があって、経年劣化ですぐにでも崩れます! 早く遠くへ逃げて!!」

 私はそう叫び、アティの身体を引き離そうとする。

 アティ腕の力強い!! 全然離れない!!

「アティ! 今はダメ!」

 気持ちは分かるけど今はそれどころじゃない!

 嫌々と首を振るアティを引きはがしたのはベネディクトだった。

「アティ。行こう。ここに居たら危険だよ」

 ベネディクトはアティの身体をひっくり返すと、強くその身体を抱きしめる。その所作は手慣れていて、日頃からいかにこの年代の子に接していたかを感じさせた。

 ベネディクトは、確かにベルナのお兄ちゃんだったんだな。そして、それは本人もそうでありたいと、言葉にはできないもっと深い気持ちの部分で、そう無意識に思っていたんだろう。

 他人に道具として扱われてきた彼を、唯一純粋に慕ってきてくれたのがベルナだったから。

「話は後で。ひとまず行きましょう」

 デルフィナが、拳銃を服の中に隠すと、カザウェテス子爵の外れていない方の肩を担いで無理矢理立たせた。


「セ──兄さま! 私たちも!」

 カーラが私に肩を貸してくれて立たせてくれた。

 全然力の入らない膝で抜け道の方向へとなんとか歩く。

 途中、ふと振り返ってみた。

 一瞬だけこっちを振り返っていたベネディクトと目が合う。


 彼の口が


 ありがとう


 そう、動いたように見えた。


 ***


 集団自決用のあの装置が作動したかどうかは分からない。

 しかし、籠城地とその入口付近の足場は、半分崩れて山の形が少し変わった。


 抜け道へと退避した私とカーラはなんとか無事で済んだ。抜け道自体は崩れる事がなかったのが幸いした。

 父署名の書簡、そしてバジリアたちの警告が功を奏したのか、祖父やツァニスは足場の方には立ち入っていなかったようで、崩落には巻き込まれなかったそうだ。他の入り口がないかどうかを、山に別の方向から入って探していたらしい。

 下山途中で合流したバジリアとキリシア、そしてヴァシィが教えてくれた。

 デルフィナとカザウェテス子爵、ベネディクトとアティは無事に祖父とツァニスに合流できたとの事。

 念のため、監視している時に牽制して、反撃されたなかったのかと聞いてみたら。

「ガンガンにされたよー」

 とケラケラと笑っていたキリシアに、一抹の不安を覚えたり覚えなかったり。

「アレク兄だったら撃ち抜かれていただろうけど、あの距離じゃ無理だよね」

 バジリアもそうウンウン頷いていた。いや、それって危なかったってことじゃんかよ。

「僕の弾、全然届かなかった……練習しなきゃ……」

 一人肩を落とすヴァシィ。ああ、ごめんね。私の狙撃の下手さが、ヴァシィに影響していないよう祈るよ……

 私は半分意識を飛ばしながら、なんとか屋敷に帰還した。

 出迎えてくれたサミュエルとマギー、そしてニコラに向かって倒れこむのとほぼ同時に、私は意識を失った。


 ***


 ベッドの上で目が覚める。

 辺りが暗い。微かなランタンの灯りが見えた。

 身じろぎすると

「起こしてしまいましたか、すみません」

 ランタンの前にあった影がポツリと謝罪してきた。

 目を凝らすと、そこにいたのは書類を抱えたサミュエルだった。


「……あれから、どれほど寝ていましたか」

 私がそう問いかけると

「数時間ほど。今ツァニス様は、祖父君とご両親、デルフィナ様と一緒に、応接室にて救出時についての情報共有などを行なっています。カザウェテス子爵は地下牢に入れられましたよ」

 よっこいしょと書類を抱え直したサミュエル。

「アティは……?」

「アティ様はマギーとニコラが他の部屋で寝かしつけています。今日は貴女をゆっくり休ませてあげようと」

 そうだったんだ。

「怯えた様子などは……」

「今のところはないようです。

 随分興奮した様子でしたが。貴女が──いえ、セルギオスが助けてくれたのが余程嬉しかったようで、アティ様から彼の名前が出ないようにマギーが苦心していましたよ」

 そっか。それは良かった。まだ油断は出来ないけれどね。後になって冷静になって思い出した時とかが、少し怖いかな。

 でも、その時そばにいられればいいや。


 ──あ。思い出した。

「ベネディクトとベルナは?」

 親であるカザウェテス子爵があんな事をしでかしたのだ。子供とはいえ、場合によっては無事では済まない。

 サミュエルは少し驚いたような顔をする。

「……二人は、この屋敷の執事がそばに付き添って、別の部屋で休んでいます。

 念の為、貴女が軟禁されていた部屋に、ですが」

 あの、外から鍵がかかる部屋か。

「では、ひとまず身の安全は保証されていますね」

 よかった。まぁ、そりゃそうだよね。いくら最後の最後に思い直してくれたからといって、まだベネディクトが完全に安全だとは言い難いのかも。

 一度失った信頼は、取り戻すのが難しいもんね。


「……貴女は、あの子達を許すのですか?」

 サミュエルが、顔の半分をランタンに照らされた顔で、そう尋ねてきた。

 私は彼の質問の意図が分からず、黙って彼を見上げる。

「あんな事をされて──毒を盛られ、アティ様を誘拐された。

 それでも貴女は、あの子達を許すんですか?」

 サミュエルの真剣な声。

 私は少し考える。

「……ベルナは、それが毒だと知りませんでした。知らずにした事──しかも、私の為を思ってしてくれた事に罪はありません。

 罪があるのは、彼女に教えず毒を持たせ、それ入れるようそそのかした大人です」

 それが悪い事だと知っていたら、ベルナはそんな事はしなかっただろう。

 ベルナがそういう子ではない事を、私は乙女ゲームで知っている。


「……ベネディクトは……」

 私は思わず言葉を詰まらせた。

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