第229話 対決した。
「人質を解放しろ」
私はゆらりと動いて、カザウェテス子爵たちの前へと姿を現した。
しかし、口元は布で隠して。
私の姿を認めたデルフィナの目が輝く。アティは万歳してベネディクトの膝から飛び降りようとして、ベネディクトに捕獲されていた。
カザウェテス子爵がすかさずデルフィナを引き寄せ、銃を彼女のこめかみに突き付ける。
「今ならまだ命を失う危険を回避できる。投降しろ」
私は彼らからある一定の距離をとって立ち止まる。
素早く辺りを見回した。
入り口付近には大きな木製の扉があった形跡がある。しかし今は朽ち果てており、葉の落ちたツタが絡まっていた。
入り口から入ったすぐのここはかなり広々してはいたが、枯れ葉等が堆積して泥となり、石組みの床を突き破って細い木が何本か生えている。かなり長い間放置されている事が伺い知れた。
外から狙撃されないように影になった場所にカザウェテス子爵たちがいる。
傍には装置のスイッチらしきものはない。
大がかりな仕掛けを動かすのだから、スイッチポンではないだろう。歯車を使って
でも、スイッチを押さなくても、ここはいつ崩れてもおかしくない。
「命など惜しくはない」
デルフィナに
……だろうと思った。命が惜しければこんな事はしない。逃げても逃げきれないから。逃げたのは、時間稼ぎしたかったのだろう。
彼は本当に、捨て駒として役割を全うしようとしているだけなんだ。
「貴方が連れて来た家人たちは捕まえた。ラエルティオス伯爵家への連絡は出来ないぞ。無駄に命を捨てる事になる。諦めろ」
「ラエルティオス伯爵家は無関係だ」
私の言葉を、子爵は速攻で否定する。やっぱり。
「その言い訳は無理だ。ベネディクトが元は伯爵家の血筋である事からも伺い知れる。
貴方がたの侯爵家の乗っ取りは看破されたんだよ」
諦めようとしない子爵に更に言い募ったが、私の言葉に、子爵の顔色がガラリと変わった。
「乗っ取りではない!! 正統な権利を取り戻す戦いである!!」
突然顔を真っ赤にした子爵がそう怒鳴りつけた。
……正統な権利を取り戻す、戦い? 何言ってんだ??
「古来脈々と受け継がれてきた高貴なる血統を蔑ろにしたのは、今の侯爵家ではないか!! 本来長男が継ぐべきであったのに、それを追い落とし座を奪ったのは、現侯爵家の方ではないか!!」
え? そうなの。そんなの知らねぇし。
っていうかよ。
「何故長男が継ぐべきなんだ? 領地を繁栄させる事が使命であれば、上だろうと下だろうと、男だろうと女だろうと無関係じゃないか」
例えばもし、長男が超絶クズで戦争大好きな暴君だったとしたらさ、そりゃ追い落とされるだろうし。そんな暴君が君臨したら領地が荒れるだろって。
どんな理由で追い落とされたか知らんけど。
「正統なる権利は正統なる血脈に宿る!! 我々はその血を受け継ぐ者たち! これは正統なる復権の為の戦なのだ!!!」
正統正統うるせぇな。
要はただの先祖から受け継いできた復讐心って事か。
うわぁ。そんなもの伝達してくんなよ。
「それで、侯爵家の血を絶やしたかったのか」
私はウンザリした。
血脈だ血だとウルサイ事このうえない。
血に正統もへったくれもあるか。
身体中に栄養と酸素を運び傷を塞いで外部からの病原菌と戦うぐらいの機能しかねぇよ。
どうせもともと、獣を槍持って追いかけていた頃から大して変わってねぇんだから。
その中でたまたま力が強くカリスマ性があったヤツが、その場を平定統治する知恵を持って立ち上がったに過ぎない。
必要だったのは、そのカリスマ性と統治する能力と知識。間違っても血じゃない。
貴族と平民の違いは、極端な選民意識からルーツが限定され記録として残しているか、そうではないかでしかない。
数千年を生き残ってきた遺伝子に優劣なんかねぇよ。
血じゃない。大切なのは引き継いできた来た本質とそれに付随する文化だろ。
「ばかばかしい」
自然と、そんな言葉が漏れた。
「王家や領主は、その地域独自の知恵と文化を残す意味以外はない。地域によって守るべきルールが違うものを引き継ぐ為にあっただけだ」
まださほど情報統制がとれていない時代には、「知恵と知識」がイコール財産だった。人を脅威から守り生産性を上げる為の物であり、門外不出のものだった。
「地震の多い国では耐震知識、雨の多い国では治水知識、雪、風、噴火や津波、
世襲なのは、知識の伝達がその方が楽だからに過ぎない。
間違っても、血が正統だからとか、しきたり自体が大切だからじゃない」
教育には金と時間がかかる。子供の頃からその事について勉強できるに越した事はないから、教育する人間を限定してきただけだ。
しかし、今は教育機関も形作られ始め、教育水準の並列化とベースアップが進み始めて来た。情報を抱え込むよりも共有する方が利点があると理解され始め、機械化により技術がより価値を持ち、知識も複雑化し専門性を持たせ分担されるようになってきた。
そんな今、王族や領主の本来の意味もかなり薄くなってきている。
だから私はずっと、『爵位は役割でしかない』と思っているのだ。
分割化されたものの統制をとる為の『職業』であり、それには統制する為の広い視野が必要となる。
少なくとも、性別や生まれた順で区切るモノでは絶対にない。
唯一の例外は神事。それは目には見えないもので本質を理解しきれないから。
残すものと変えてゆくもの、それを見誤ってはいけない。
文字が開発された。そのうち機械化が進み、やがてデジタル社会になる。
知恵と知識、技術を保存・伝達する方法が確立されれば、地域と文化の象徴としての貴族や王族以外は滅びる。
そして私は、その世界を知っている。
いつまでも本質を理解せず、ただ利権にしがみついた者は、やがて淘汰され滅びる。
カザウェテス子爵が、酷く残念そうな目で私を見ていた。
うん。理解できないだろうなって思ったよ。私が彼らを理解できないのと同じ。
理解は求めていない。どうせ理解できないと分かっていた。一度染みついた考えた方は、そう簡単には変えられない。
私はデルフィナを見た。
彼女は私の話を聞きつつ、チラリチラリとアティとベネディクトの方に視線を送っていた。
──なるほど、了解。
私はベネディクトの方へと向き直った。
「ベネディクト。貴方はそれでいいんですか?」
彼に聞こえるように、ハッキリとした声でそう告げる。
彼は目を
「貴方も捨て駒になる事を望んでいるんですか」
彼の返答を待たず言い募る。
「正統な復権の戦いとやらの為に、貴方は死ぬ気ですか」
彼は私の顔を真っすぐに見て目を見開いていた。
「貴方は死にたいんですか」
一歩前に出る。
ベネディクトがアティを抱いたまま一歩下がった。
彼が持つナイフの先が震えている。
「貴方は、ベルナの兄をやめたいんですか」
私がそう告げた瞬間だった。
彼の口がわななく。
そして
「……やめたくない……」
そんな小さな呟きが漏れた。
「なら、貴方の主張を言葉にしなさい! 貴方が言わなければ、貴方の気持ちは誰にも伝わらないのですよ!! 声を大にして自分の叶えたい希望を叫びなさい!!」
私が叫ぶ。
その言葉に、ベネディクトが肩を震わせた。
「……やめたくない」
ベネディクトの目が揺れている。
怯えた顔でカザウェテス子爵の方へと向けた。
「俺は、ベルナの兄でいたい」
決して大きくはない彼の声。それは子爵の元へと届いたようで、彼は顔を真っ赤にしていた。
「ふざけるな! お前にそんな事を言う権利はない!」
「あるわボケ! 子供にだって意見を言う権利はある!! 聞かないのはお前の都合だろう!!!」
子爵の言葉を速攻で私が否定した。
「ベネディクト! それだけですか!? 貴方の希望はそれだけなんですか?! 今私は、貴方の希望を聞く為にここにいるんですよ!」
私は子爵の方を警戒しながら言い募る。
「……もう嫌だ。人に怪我をさせるのも、毒を盛ったりするのも、嫌だ……」
ベネディクトが震える声で子爵にそう告げる。ナイフを持つ手が下がった。
「お前の使命だ! 役割だ!! お前はそれをする為に生まれてきたんだ!!!」
ベネディクトに向かって唾を飛ばしながら叫ぶ子爵。
「そんなワケあるか!! 子供は生きる為に生まれてきた! ただそれだけだ!!!」
私がそう叫んだ瞬間だった。
カザウェテス子爵が構えた拳銃の銃口が私の方を向く。
チャンス!!
「今です!!!」
私は背後、そしてその場にいた全員にタイミングを告げた。
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