第228話 助けに行った。

「いた!!」

 大木に登り、双眼鏡で様子を伺っていた妹⑤バジリアが、私たちがいる時点から一時の方向を指差して叫んだ。


 私はその木の根元で、父から借りた地図を書き写したものを広げる。

「なるほどココか」

 私は地図の空白地帯を指差す。

 父に尋ねてみたら、詳しい文献は残っておらず、ただ『我が国の尊厳を守るべき地』としか書かれていなかったらしい。

 なら恐らく、乙女ゲームの継母は女人禁制にも関わらず恐らく実際に赴いて、その意味を知ったのだろうな。

 彼女には、私とはまた違う意味で『因習』が通用しなかったようだね。


 木から降りてきたバジリアが私のそばに寄り添い、一緒に地図に目を落とした。

 そこには私とバジリアの他に、妹⑥キリシア、妹⑦カーラ、末弟ヴァシリオスがいた。

 私を含め、妹たちはガッツリ男装している。

 男装した時の妹⑥キリシアなんて、セルギオスソックリだったね。双子の私よりよっぽど似ていた。


 執事兼私兵の彼は屋敷に残ってもらった。

 両親、そしてマギーやサミュエルと一緒に家人たちを丸め込んで、私たちが屋敷にいた事を示す証拠捏造をしてもらう為に。

 そして恐らくグルである、カザウェテス子爵の家人たちを捕まえておく為に。


「お祖父じい様たちは、ここら辺から横に展開してるみたい。旗が見えた」

 バジリアが、地図上のちょうど空白地帯にかかる場所を指差してなぞる。

 祖父も空白地帯なのを理解していて、おいそれと近寄らないようにしているだろうな。

「見たところ、は切り立った崖の麓みたいだよ」

 なるほど。後ろから回れないようになっているんだな。籠城地だとしたら頷ける。そんな大それた仕組みを作ったという事は、恐ろしく手間暇年月かけて手で掘ったか。

 しかし、万が一の時の為に恐らく抜け道があるはずだ。中に入ったら誰も逃げられないとは思えない。例えば、女子供を逃すとか、王子のみを逃すとか、そういう風になっているのではないか。


 この山の向こう側はメルクーリ領だ。そっちへ抜けるようになってるか?

 いや、メルクーリが敵だった事もある。敵領地へ抜けるようになっているとは思えない。

 だとしたら。領地内で里に降りる事なく──そうだな、海がある北側に抜けるようになっているのではないか?


 私は地図を睨む。

 すると、禁足地から北東の所に『希望の祠』という名前を見つけた。

 落文山らくもんざんの全てが禁足地ではない。北東側のここには山神を祀る祠がある。そこは女人禁制ではなく、誰しもがお参りできるようになっていた。

 ──希望。ここか。ここが抜け道の出口だろう。


「カザウェテス子爵は時間稼ぎをしているに過ぎない。何かあった時は家人がラエルティオス伯爵家へ連絡し、証拠隠滅や方々に手配して状況を整える為に」

 私はそう語りながら考える。

「まず犬──アルテミスの首輪に父署名の書簡を挟んで、祖父に状況の危険さを伝えます」

 私は私に寄り添う犬・アルテミスの首輪に父が書いてくれた書簡を挟む。アルテミスは不思議そうな顔をして私を見上げていた可愛い。


「キリシアとバジリアとヴァシィは、お祖父じい様の隊の北東と背後につけて。お互いの姿が見えるぐらいの位置ね。

 高い所から監視して、お祖父じい様の隊がそれ以上前に出ないように、場合によっては威嚇して。

 反撃されないように気をつけて、場合によっては場所を変えてね」

 へは行く為には道が一つしかない。追ってきた敵を一箇所になるべく集めるための工夫だな。

 敵もろとも崩落するのだとしたら、崖の近辺の足場も一緒に崩れる仕組みになっているのかもしれない。

 そこに足を踏み入れたら最後だ。大勢の重みと経年劣化ですぐさま崩れかねない。

「兎に角時間を稼いで。私たちが辿り着くまで」

 そう真剣に告げると

「うん!!」

 妹たちが肩にかけた猟銃をカチャリと鳴らして頷いた。


「カーラ、私と一緒にここに向かうよ」

 私は希望の祠を指差した。

 禁足地からさほど離れた場所ではない。

 カーラは足元に寝そべる二匹の犬を撫でながら頷いた。


「必ず。みんなを無事に帰れるようにするよ。

 でも、アナタたちも自分の命は必ず守る事。

 私は今まで、それを教えてきたつもりだよ」

 バジリア、キリシア、カーラ、そしてヴァシリオス。

 彼らの顔を順々に見てそう告げた。

「セリィ姉の教育の賜物を見せてあげるよ」

 バジリアが、ニヤリと笑って私を挑戦的に見返してきた。


 ***


 少し時間がかかってしまったが、なんとか希望の祠へと辿り着いた。

 私とカーラは力を合わせて、祠の中の神の像を押して動かす。


 案の定、その背後には人一人が屈めば潜れるほどの小さな穴が開いていた。

 携帯用のランタンに火を灯して中へと入る。

 念のため、犬を前後に配置しながら歩いて行った。

 後ろからついてくるカーラには、なるべく壁などを触らないように念押しして。

 その道は登っており、方角的にもあの禁足地の方へと続いてる事を感じさせた。

 正直、息が辛い。手足が疲労で震え、心臓がバクバクしどおし。

 もう少し、もう少し保ってくれよ私の体。


 どれぐらい歩いた時だろうか。

 道が行き止まりになっていた。一瞬道を間違えたのかと思ったが、よく見ると道を何かが塞いでいる事に気づく。

 道を塞ぐ何かの向こうから、微かな空気の流れを感じた。

 私は犬を後ろに下がらせ、背後にいるカーラに手で合図すると、ランタンを外套の中に隠す。

 そしてその道を塞ぐ何かの向こう側へと耳を澄ませた。

 何も音はしない。傍には誰もいないな。


 私は道を塞ぐ物に両手を置き、そっと力をかける。頑張ったが動かなかった為、カーラが手を貸してくれた。


 ギシリ


 そんな音を立てて、道を塞いでいたものが動く。それは、小さな分厚い扉のようになっていた。

 外套の中から微かにランタンの灯を出して辺りを窺う。

 扉だと思っていた物は、小さな石像だった。希望の祠にあったものと同じように見える。

 微かな明かりを頼りに辺りを見回してみた。

 石組みの床と石柱に支えられた天井、少し広い場所で古い燭台等が転がっていた。かなり古い場所のようで、黴臭く空気が淀んでいる。先ほど通り抜けた場所へと風が動き始めていた。

 ここはおそらく礼拝堂。籠城した時に心の支えとする場所か。


 通り抜けられたんだ。

 この先に、恐らくカザウェテス子爵たちがいる。

 ここからは慎重に進まねばならない。何処に崩落のキッカケがあるか分かったもんじゃないしね。

 私は振り返ってカーラと犬に合図する。

 一匹の犬が私の前に出て、空気の匂いを嗅ぐような素振りをした。

「デルフィナの元へ連れて行って」

 私は犬の耳元でそう呟く。すると、犬は更に鼻をひくつかせたのち、ゆっくりと前へと進んで行った。


 ***


 光が見えたのでランタンを消す。

 犬を下がらせ、壁際に身を寄せてそっと奥を覗いてみた。


 籠城地の入り口付近、外からは狙撃されない場所に座り拳銃を持ったカザウェテス子爵と、その足元に座らされたデルフィナ、そして、少し離れた場所にアティを膝に抱いたまま床に座るベネディクトの姿が見えた。


 ここからコッソリ近づくのは無理だな。姿が丸見えになって、デルフィナが撃たれてしまう。アティもベネディクトが抱いているから引き離すのは無理だ。

 どうしたものか。


 あまり時間はない。いつ崩れるかも分からない場所で、ゆっくりチャンスを待つワケにはいかない。

 ここは、一か八かで行動するしかない。

「カーラ。まずは私一人が行く。カーラは姿を隠して、合図するまで出てこないで」

 私の後ろで、同じように気配を探っていたカーラが、私のその言葉に目を剥く。

 彼女が声を上げようとしたので私はその口を塞いで、自分の口に人差し指を立てた。

「デルフィナとアティの救出を最優先にして。私に何があっても」

 私が強く言い聞かせても、カーラは小刻みに首を横に振った。

「カーラ。よく聞いて。全員を救うのが無理なこともある。なら、私は妹たちとアティの命を優先させたいの。分かって」

 カーラに囁きながら、私は妹の揺れる瞳を見つめた。私と同じ、紅玉瞳ルビーアイが不安に揺れている。

「でも、それは最終手段。

 全員で生きて帰るよ。カーラ、協力して」

 私がそう微笑むと、カーラはゆっくりと頷いた。


 私はその場にカーラを残し、ゆっくりとカザウェテス子爵たちに近寄って行った。

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