第227話 両親の真意を知った。

 母に見つかった。

 しまったな。あの騒ぎの中で、母の動向には注視していなかった。

 失敗した。

 私は背後に弟妹たちを庇う。

 本当に監禁されるなら私だけで充分だ。

 しかし、その前に執事の彼も半身で私を覆い隠す。


 母は眉根を寄せて、私と弟妹達を順々に見て行った。

 はぁ、と大きなため息を一つ吐いたのち

「私の出身地を知っていますか」

 そう、ポツリと呟いた。

 母の出身地? 知ってる。行った事はないけれど。ずっと遠く東のはずれにある伯爵家だよね。

 なんで今母の出身地??

「その場所は、ベッサリオンと同じ程、強く昔の文化が残っています」

 母はそう語りつつ、一瞬だけ遠い目をした。

「しかしそこは、この地ほど女性の地位は低くありません」

 え? そうなの? それは知らなかった。

 ……なるほど、だから母は気高くいられたのかもしれないな。

「そこでは、神事を行う最高聖職者は女性です。

 巫女の女性が剣舞を舞い、海の神に奉納を行うのです」

 そうなの!? それは全然知らなかった!

 って、それが、今の状況と関係ある?


「私は、女性というだけで何もできないとは思っていません。

 また、男性に付き従って生きるべきだとも思っていません。

 我々は、何かに従うのではなく、自分の意志で全てのものを守る為に、その命を使うべきなのです」

 母のそんな強い言葉に、背中にビリリと電気が走った。

 そして母の言葉を思い出す。

 確かに母は、祖父とは違う言い方をしていた。

『夫、子供、領民、全てにおいてそちらを優先させるのが侯爵夫人の──いえ、貴族子女としての務めです。それをないがしろにする事は許される事ではありません!』

 確かに『従え』とは一言も言ってない。

 従うんじゃなく、守れ、そう言っていただけだったんだ。

 むしろ女性が、男性や子供、領民を庇護する側の人間だって言ってたんだ。

 分かりにくいよお母様!


 そうか。

 母が言っていた

『大人になりなさい』

 は、祖父と真正面からぶつかるのではなく、頭を使って上手く立ち回り、邪魔が入らないようにして自分がしたい事をしろ、自分のようにな、という意味だったんだ。

 アンドレウ夫人がいつか言っていた事と、同じ意味の事だったんだ。

 分かりにくいよお母様!!


「ただし。郷に入れば郷に従え、という言葉もあります。

 落文山らくもんざんは女人禁制の場所。その恰好で行くつもりですか?」

 母がジロリと、私や妹たちをめつける。

 え……それって?

「お母様、男装してから行けって言ってる?」

 バジリアが、キョトンとした顔でそう母に問いかけた。

「当たり前です。女人禁制なのですよ。禁をおいそれと破るものではありません」

 母はヤレヤレという表情をして妹を見返した。

「え? でも……」

 困惑顔で母を見上げるカーラ。

「男装しても、女は女だよ」

 ですよね。そりゃそうだ。

 そんなカーラの言葉に、母は小さく笑った。

「町中を走り回って領民たちと仲良くするだけではなく、もっと世界の事も勉強なさい。

 世界には『衣をる』という文化があります。熊の力にあやかる為に熊の毛皮を身にまとう、獣の毛皮や骨を身にまとう事により力を得て悪霊を追い払うという神事もあれば、男性が女性の着物を着て娘になりすまし、神に会いに行く神話もあります。

 タブーではなく、むしろ昔の物事の一つの解決方法だったのですよ」

 あ、それ知ってる。この世界にもあるし、前世の世界にもあったね。そういう文化とか逸話。


「男装だと分からなければ、誰が女性が入ったと騒ぐのです?

 相手に責める隙を与えてはなりません。行動を起こすのであれば、それ相応に振る舞いなさい」

 母のその言葉に、妹たちの目が輝く。

「準備してくる!! 手伝って!!」

 その言葉を発すると共に、妹たちが執事を連れて廊下を爆走して消えて行った。


 ああやっぱり。母は母だ。私が苦手だけど尊敬している母だった。

 しっかり自分を持って、自分の考えのもと行動する人だった。

 ……分かりにくいけれどね。本当に。


「セレーネ」

 その時、父が私の名前を呼んだ。

 父が言葉を発するとは思っていなかった為、物凄く驚いた。

「私たちは、お前の事を産まれるべきではなかったとは思っていない。セルギオスが死んだのも、お前のせいだとも思っていない。

 私たちがヴァシリオスが生まれるまで子供を持ち続けたのは、沢山の子供が欲しかったからだ」

 父はポツリポツリと語りだす。

 気迫はないが優し気な声。そこで初めて気が付いた。

 声が、話し方が、セルギオスによく似ている。

「私には兄弟がいない。だから、兄弟がいる事に憧れを抱いていたんだよ」

 父がそう苦笑する。

「私にはいます。私は上に一人、下に六人ほど」

 母がサラリとそう告げた。

 ウチに匹敵するのほどの大家族ですねお母様!


「私には、父に逆らう程の気骨きこつがなかった。セルギオスが生まれた事により、父の視線がセルギオスに向いて、正直肩の荷が下りた気分だったよ。

 解放された気持ちでいたため、自分の研究等に没頭してしまった。それにより、セルギオスとセレーネ、特にお前たちには辛い想いをさせてしまっていたな。申し訳ない」

 そうか。だから何を話しかけても『うるさい』や『それはお祖父じい様に言え』になったのか。

『関わりたくなかった』それが本音か。


 父は、ふと視線を下げた。

「父の行動はかなり強引だが間違ってはいないのだと思っていた。

 だから爵位を譲られても、私は祖父の言いなりだった。そうすれば全ては上手くいくのだと思っていたから」

 父は、自分の掌を見つめながら語る。

「しかし、先程セレーネが言っていた事で気づいた。

 父の理想は父のものでしかない。私たちのとは違う。

 文化や技術は絶えず変化していくし、そもそも私は女性に家にいて欲しいと思わない」

 父がふと視線を上げて小さく微笑んだ。

「むしろ私の方が家に居たいタイプなんだよ」

 父のその言葉で、私は実家にいた時のことを思い出す。

 確かに父は、部屋に篭って文献や資料を読み漁り、何かの研究や統計の計算ばかりをしていたように思う。

 馬も剣も銃も、使っているところをあまり見たことが無い。私兵の訓練もやっていたのは祖父だ。

 そういえば、先日の祖父主催の狩りにも、父は参加していなかった。


 ──ああ。セルギオスが同じく本を読んだりするのが好きだったのは、父の影響だったんだ。


「そのうち父はいなくなる。そうなった時、次は自分がしなければならない。

 しかし、父のしてきた事をなぞるのではダメなのだな。

 何せ、私自身が父のやり方を好ましいと思っていなかったのだから」

 父がスッと近寄ってきて、私の肩にポンと手を置いた。

「私はセレーネの事が羨ましいよ。私には父に逆らう程の気骨きこつがないが、セレーネにはあるからだ。

 しかし、だからといって娘に全てを任せる気などはない」

 父の手に、力が入った事に気がついた。

「存分に前に進みなさい。セレーネはセレーネのやり方で。私は私のやり方で行うよ」

 父のそんな言葉に、母が最後に言葉を添える。

「この人は心が弱いので、今まであまり表に立たせなかったんですよ。だから私がアレコレしているだけです。

 まぁ、お祖父じい様はそれが酷く気に入らないようですが、先に死ぬ人の言葉に従うつもりはありません。死に逃げされては責任もヘッタクレもありませんからね」


 ああ、なるほど。お似合い夫婦。

 気の弱い父と苛烈な母。

 それを気に入らない祖父が、父を無理やり引き摺り回していただけだったんだ。

 ──セルギオスと、同じように。

 ふと思う。

 両親の関係は、セルギオスと私の関係に似ていた。

 あまり動けないセルギオスの為に、私は兎に角手と足を使った。あまり聡くはない私の代わりに、セルギオスがガンガンに頭脳労働を行ってくれた。

 適材適所。両親は既にそれを行っていた。

 それを無理矢理昔の因習に当て嵌めようとしていたのは祖父だけで、そのせいで私には両親の役割分担すら見えていなかった。


 既に、変わりつつある。

 そう、あと、もう一押しで。

 私は、自分の希望と同じ種が既に撒かれ、芽吹く寸前になっている事を感じた。


「いいですか!」

 嬉しさに顔がニヤけた私に、母がピシャリと強い言葉を叩きつけてくる。

「貴女は全てを守る義務があります。その命を散らしてでも、他を必ず守りなさい。それが貴族子女の務めです」

 母のそんな強い言葉に、私は同じく強く頷いた。

「ただし!!」

 言葉強いよ! もう少し優しく言えないもんかね。

「無駄死には絶対に許しません。貴女には既に娘がおり、そして新たに息子を授かったのでしょう。その子たちを守る為にも、必ず生き残りなさい」

 母にすんごい矛盾した言葉を吐かれた。

 私は思わず苦笑いする。そして、父も。

「その為には常に自身がベストな状態でいる必要があります。まずは自分の足場を固めなさい。それが最優先事項ですよ。

 自分の面倒が見れずどうやって人を守るのですか」

 母が私を射抜くような目で睨みつけてきた。

 その反面、父は和やかな笑顔を浮かべている。

「私たちはセレーネが心配なんだよ。本調子ではないだろう。無理をしないようにしなさい」


 ホント、母の言葉は分かりにくい。

 父のサポートがあってやっと意味が伝わるよ。

 でも、良かった。両親の意図が理解できて。

 私の背中を押してくれた両親の言葉に、私は力強く頷いた。

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