第226話 案の定止められた。

「ダメだ」

 速攻で祖父に却下された。だと思った。


 確かに。確かに今は本調子じゃない。激しく動く事はまだ難しい。

 でも、同行したい。同行しないと。同行しないとヤバイ事になる。

落文山らくもんざんの事……あそこにのか、お祖父じい様はご存じですか?」

 私がそう問いかけると、祖父はいぶかし気な顔をした。

「禁足地だ。危険な場所である為、女人禁制となっておる。それぐらい知っている」

 そう答えたけど……違う。合ってるけどそうじゃない。

 って聞いたんだよ!

「お祖父じい様、あそこには実は──」

「でしゃばるな!!」

 説明しようとした私の言葉を、祖父は怒号で遮った。


「大人しくしておれ!! 勝手な事をするでない!!」

 祖父はイラついた様子でドンッと机を叩いた。その様子に、見ていた家人が小さく肩を揺らす。

 負けるかクソが。ここで引き下がるワケにはいかないんだよ!

「今はそんな事を言い合っている場合ではないんです! あの場所は──」

「うるさい!」

「ですが──」

「口出しするんじゃない! わきまえろ!!」

 くそっ……本当に私の言葉を一ミリも聞くきがないのかよっ……

わきまえろ申しますが、攫われたのは私の妹と娘です! 指をくわえて見ていられません!」

 私は震える膝でなんとか一人で立ち、真正面から祖父に言い返した。

「お前はお前の役割を行っていればいい!!」

 それをまた即座に否定してくる祖父。

「私の役割とはなんですか!? ただ家にいて無事を祈れと!?」

「そうだ! それが本来の女であり母の役割であろう!!」

 なんだと!?


 私は一歩前に出た。

 そして真っすぐに祖父の顔を見据える。

「それは『本来』ではない! それはあくまで貴方の希望する女の姿であり母の姿だ! 私は貴方の希望通りには生きるつもりはない! 私は貴方個人の為だけに生きていない!!」

 いつでも家で待っていて、何があっても帰って来たら暖かく迎え入れて欲しい、そんなのただの祖父の個人的な願望じゃないか!

「そんな事はない! 生物学的にそうなっている!」

「貴方は学者ではない! 研究もなさっていない!! 根拠がない!!!」

「文化としてそうなっている!」

「文化は絶えず変化している! 旧来通りでなければならないというのであれば、貴方は銃も持たず服も着ずに、裸と素手で戦いに行かれるのか!!」

「知った口をきくでない!! お前は母となったのだろう! 子供ではないのだ! 母親なら母親らしく家で子供の帰りを待っておれ!!」

 一瞬途切れる怒号の応酬。

 私が言葉を切ると、祖父は嬉しそうに鼻の穴を広げた。


 私は、鋭くその顔を見返す。

 そして精一杯背筋を伸ばした。

「母には待つという選択肢しか許されていないのであれば、私は母でなくていい!! 私はアティとデルフィナの二人を、無事に戻って来れるようにしたいだけです!!!」

 肩書が邪魔なら今すぐ捨ててやらァそんなもの!!


 私の絶叫に、その場にいた誰しもが言葉を失った。

 緊迫した空気に、場違いな沈黙が降り立つ。

「……フンっ。勝手は許さん。お前たち、セレーネをいつもの場所へ入れておけ。勝手に動かれ台無しにされては困る」

 祖父のそんな言葉とともに、執事が私の腕に手をかけた。

 私がそちらを見やると、執事が小さく頷く。

 私は拳を握りしめて耐えた。


 私が大人しくなった事に安心したのか、祖父はプイッと顔を背ける。

「準備でき次第すぐに発つぞ」

 そんな言葉を言い残し、応接間を出て行った。

 ツァニスが私を不安げな視線で見つめてから、祖父の後を追って行った。


 ***


 執事に連れられ廊下を歩く。

「……ここら辺でよろしいでしょうか」

 誰もいない事を確認した執事が、私の二の腕からそっと手を離した。


「……ありがとうございます。助かりました」

 私は、執事の顔を見上げて、笑みとともにそうお礼を伝えた。

 私を捕まえたのは、私がこの屋敷で唯一信頼を置いている、あの執事だ。

「どうせ止めた所で行くのでしょう。軟禁部屋だって、貴女様が本気を出せば窓や扉をブチ破って外に出れますからね。そもそもあそこで大人しくしていてくれるのは、貴女が相手の事を思っての事ですし」

 執事は私を見下ろしながら、そうヤレヤレといったテイで苦笑する。

 見抜かれていたか。

 軟禁部屋に入れられたって、私は反省する気がない事は反省しない。逃げようと思えばいくらでも逃げられる。あの場所は、祖父と両親を安心させる為に、私が私の意志で入っていただけだ。

 私を本当に行かせないようにしたければ、手足を縛って鎖で壁に繋いでおくしかないよ。残念ながらね。

「しかし、身体が本調子ではないでしょう。絶対にご無理をなさらぬようお願い致します」

 執事が心配げな目で見下ろしてきたので、私は笑顔でゆっくりと頷いた。


「セリィ姉さま!!」

 そんな声とバタバタという足音とともに駆け寄って来たのは、弟妹達。

 妹⑤バジリア、妹⑥キリシア、妹⑦カーラ、そして末弟ヴァシリオス。

 私が口に指を当てると、釣られたカーラが自分の口に指を当てて『シィーッ』と言った。いや、その音が既にデカイんだって。

「行くんでしょ?」

 ヴァシィが私の顔を覗きあげて質問してくる。

 私はコックリと頷いた。

「じゃあすぐ準備しなきゃ!!」

 そう小さく飛び跳ねた妹⑤バジリアの肩を、妹⑥キリシアが抑える。

「ダメだよー。ちゃんと事前確認しないとー」

 さすが。キリシアは賢い。


「正面からはお祖父じい様がたが追い詰めるでしょう。

 しかし、正面からでは危険なんですよ、あそこは」

 私は先ほど思い出した事、そして、今日までに起こっていたについてを考えながらそう口にする。

 それを言いたかったのに、あの人お祖父様は……

「なんでそんな事をセリィ姉さまは知ってるのー?」

 鋭い質問! さすがキリシア!!

 私は口をひん曲げて

「……昔、文献を読んでいたセルギオスが見つけたんですよ、その記述を」

 嘘こいた。

 本当は。

 乙女ゲームの中で展開された事だっただけだ。


 落文山らくもんざんは、乙女ゲームでベネディクトの最後のイベントが展開される場所。

 あそこは危険なのだ。

 あそこには、古い古い時代の遺跡がある。

 恐らく、ゲーム中の継母は『時代が違えば女王だった』というプライドと裏付けの為に、ウチにある古い資料を読み漁ったのだろう。

 それで知ったのだ。

 あの場所は。

 追い詰めらた領民と領主が立てこもり、

 そして

 最終手段として、追いつめた敵諸共、全員で自決する為に崩落するように作られている場所であるという事を。


 だから、あそこは禁足地になっていたのだ。

 本当にとてつもなく危険な場所だったのだ。

 おそらく、祖父はその事を知らない。

 知っていれば、女人禁制どころではなく、誰しもが入ってはいけない場所になっていたハズだから。


 おそらく。

 その場所が経年劣化で一部崩れている。

 だから川に土がまじり一部き止められ、滝の水量が減って泉に土が混じってたのだ。

 川に土が混じったので魚と水辺の虫の量が減り、それが統計値に現れていた。

 そして、その近辺にいる狼の群れが崩落に巻き込まれたり、もしくはその影響で縄張りの位置を変えたのだろう。今期は里に狼が姿を現す事がなかった。そして鹿の量が増えた。

 近づくだけで本当に危険なのだ。

 カザウェテス子爵やベネディクトだけじゃない。デルフィナもアティも、祖父もツァニスも危険だ。

 それを言いたかったのに。あのクソジジイ……


「あそこは集団自決用の装置があります。下手に近づけば全員が巻き込まれて死にます。

 なので、それを止めに行きますよ。なんとしても」

 詳細はさすがに分からない。所詮しょせんそこらへんは乙女ゲームだ。詳しい事は端折はしょられていた。しかし、だからといって何も知らない人たちを行かせたままには出来ない。

 私がそう強く言うと、弟妹たちは真剣な顔をして頷いた。

 本当なら弟妹達まで危険に晒すのは不本意だ。

 でも、弟妹達は子供といってももう幼児ではない。私以上の能力を持つとてつもなく心強い味方だ。

 彼らのそれぞれの能力を使えば、きっと止められる。

 カザウェテス子爵も、祖父も。

 そして、デルフィナとアティを助けられる。絶対に。


「そんな事だろうと思いました」

 背後からそう声をかけられた。

 私はその声に思わず飛び上がる。


 しまった! この人を忘れていた!!

 恐る恐る振り返ると、そこには。


 仁王立ちした母と、その横に付き従うように立っている父の姿があった。

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