第225話 正体を現した。

 家人たちがバタバタと走っていく。

 私もその方向へ、重い身体を引きずって歩いて行った。


 辿り着いたのは応接間。

 開け放たれた扉の傍、入り口近くに家人たちが集まっていた。

 人をかき分け、なんとか中が見える場所までたどり着く。


 そこには、サミュエルと執事に羽交い絞めにされたツァニスが、窓辺で驚きの顔をしたカザウェテス子爵と対峙していた。

「貴様ッ! アウラを殺したというのは本当かッ!!」

 激高したツァニスが、サミュエルたちの腕から逃れそうと、身悶えさせながらそう怒鳴る。

「な……何のことですか? どうしましたツァニス様」

 困惑した素振りのカザウェテス子爵は、壁際に張り付きながらそう言う。

 一触即発のこの空気に、家人たちがざわめいていた。


 ──いけない。

 カザウェテス子爵の傍には、恐らくそれまで話をしていたであろうデルフィナがいる。

 私は視線だけで、デルフィナにその場を離れるよう伝えたかったが、デルフィナはツァニスの状態に驚いており、こちらを見ていなかった。

 ダメだな。最悪の状態になった。ここからどう転ぶか分からない。

 確保しておいた方が良い人物がもう一人いる。

「お願いがあります」

 私はそばにいたメイドにそっと耳打ちした。

「ベネディクトを、私がいつも軟禁される部屋にお連れしておいてください。本人には気づかれず鍵をかけて。責任は私が取ります」

 カザウェテス子爵の行動によっては、ベネディクトがどう動くか分からない。

 先に彼を孤立させておかなければ。

 言われたメイドは真剣な面持ちでコックリ頷くと、パタパタと走って行った。

 どうか間に合って。


「アウラだけではなく次にセレーネまで!!」

 完全に我を忘れたツァニスがそう叫ぶ。

 カザウェテス子爵は場違いに苦笑した。

「何をおっしゃっているのか……」

 ワケが分からない、そう言いたげに彼は小さく首を横に振った。

 そりゃそうだ。問い詰められてその場で白状するなんて事は、普通しない。

 本来、ツァニスに話した後、伯爵家や子爵家を警戒しつつデルフィナを彼らから遠ざけ、カラマンリス邸に戻った後、まずは捕まえた実行犯のメイドの話を聞いてから、方々に手配して奴らを追い詰めたかった。

 まさか、その場でツァニスが激高してしまうなんて。

 彼は、私が思っていた以上に感情が行動に出やすいのかもしれない。


「言い訳無用!! 証拠はある!!!」

 ツァニスがそう怒鳴る。

 アカンて!! 今証拠がある事が相手にバレたら、速攻で妨害工作を受けるだろうが! だから話す相手もツァニスとサミュエルとマギー、そしてベッサリオンでの味方として執事一人だけに限定したのに。

「お前がベルナをそそのかしてセレーネのワインに毒を入れたのも聞いたぞ!!」

 それも言い訳可能だってば。

 ベルナからの証言しかないんだから、『子供が言っていた事』って片付けられる可能性が──


 ツァニスがそこまで言うと、カザウェテス子爵の表情がガラリと変わった。

 今までの表情を全て消す。

 そして

「きゃあ!!」

 突然手を引っ張られたデルフィナがそう悲鳴を上げる。

 すかさず、カザウェテス子爵は抱き寄せた彼女のこめかみに、腰から引き抜いた拳銃ハンドガンを突きつけた。

 猛烈に彼の身体から発せられる殺気。

「今まで通り、何も気づかなければよかったのですよ、ツァニス様」

 彼は、いままでの上品ぶった貴族然とした態度を完全に消し、暗殺者のような雰囲気をまとわせ始めた。

 正体明かすの早いよ! もう少し頑張って正体隠しておいてくれよ!! 頑張れば言い逃れできた筈なのに! もう!!

 ……これは、カザウェテス子爵も洗脳されている、という話もあながち間違いではないのだろうな。

 全てはラエルティオス伯爵家を守る為。

 恐らく彼は、ラエルティオス伯爵家に手が伸びないように、何か起きた時は全て自分が罪を被るように言われていたんだ。そして、今それを実行しようとしている。

 洗脳、怖い。


「どうしたのっ!?」

 そんな場違いな高い声が後ろから響いた。

 あの声は妹⑤バジリア! もう野次馬根性丸出し!!

 妹が来た事により、家人たちの人だかりが割れる。

 割れた先には、バジリアをはじめ、キリシアとカーラ、ヴァシィ、そしてニコラとアティ、マギーとベルナ、そしてベネディクトがいた。チッ。メイド、間に合わなかったのか。くそっ。

「ベネディクト!!」

 カザウェテス子爵が鋭く叫ぶ。

 その瞬間、ベネディクトはまるでプログラムされていた機械のように、無表情で素早く動く。すぐそばにいた──アティを抱き上げた。


「アティちゃん!!」

 近くにいた弟妹達が速攻で動こうとしたが、ベネディクトは彼女たちに見せつけるように、隠し持っていたであろうナイフをアティの眼前に突き付けた。

 アティは目を真ん丸にして、突き付けられたナイフを凝視する。驚きのあまり、最初は固まっていたが。

 アティは私をチラリと見たあと、身体を震わせながらも唇をギュっと噛みしめた。

 ああ、教えた護身術。

『捕まったら大人しく抵抗しない事』

 彼女はそれを実行してくれていた。

 ああアティ。ごめんねアティ。貴女にそれを実践させる日がまた来てしまうなんて。

 くそ……甘かった。下手な動きを見せて警戒されてはと思ったのが裏目に出た。

 せめて弟妹たちには事情を伝えて、ベネディクトから距離を取るように伝えておくべきだった。


「道を開けろ」

 死んだ魚のような目をしたカザウェテス子爵は、変な言い訳など一切せずに一言、そう吐き捨てる。

 先ほどまでは激高していたツァニスだったが、彼も動きを止めていた。

「道を開けろ。距離を取れ」

 カザウェテス子爵が鋭く言い募る。

 その言葉に、ツァニスやサミュエルは壁際へと寄り、扉の近くにたまっていた家人たちは部屋から離れて廊下へと散る。私も端へと寄った。

 デルフィナに銃を突きつけたまま、カザウェテス子爵はゆっくりと動いて部屋から出て行く。

 その時。

 一瞬、デルフィナと目が合った。

 彼女の目は、怯えてはいたものの、困惑した様子もなく、強い光をたたえていた。


「何事だ!!」

 そんな言葉と共にその場に今更現れたのは祖父と両親だった。

 最初怒った様子だった祖父が、カザウェテス子爵とデルフィナに気づいて動きを止める。

「何をなさっておる!!」

 見りゃ分かんだろうが! カザウェテス子爵がデルフィナ人質に取って逃げようとしてんだよ!!

「追ってくるな。追ってきたらコイツらを殺す」

 カザウェテス子爵が酷く冷徹な声でそう吐き捨てた。その声に応じるかのように、ベネディクトもアティを抱えたままカザウェテス子爵の後ろに付き従う。


 ジリジリと玄関の方へ、玄関から外へと逃げて行くカザウェテス子爵とベネディクトを、我々はそのまま見送る事しか出来なかった。


 ***


 祖父の号令で、外部と繋がる要所要所の道は速攻で閉ざされた。

 狼煙のろしが現役なのって、ウチぐらいじゃないのかな。


 応接間に集まったのは、祖父と両親、ツァニスと私、そして執事兼私兵たちと数名の男性家人たち。


「女子供を連れての山越えは装備がないと無理だ。道を閉ざした以上、奴らは逃げられん」

 領地の地図を広げながら、祖父がイライラしながらそう呟く。

「全く。コイツに関係したものはロクな事にならん」

 そう私を鋭く睨む祖父。そうですか。この事件も私のせいですかそうですか。いいですよもう。そう思っておけば祖父は幸せなんでしょう? 勝手にすれば。

 そこに、息を切らせた私兵の一人が駆け込んでくる。

「報告です! 子爵たちは『落文山らくもんざん』の方向へ向かったようです!」

 落文山らくもんざん? あっちからメルクーリへ抜ける気か?

 でも、あの山は険し過ぎて超えるのは無理なのに。どうして……?


 あ。もしかして。あそこが禁足地である事を、町を散策した時にベネディクトは知ったから、そこなら人が来にくいとでも思ったのかな。

 いやでも、いくら禁足地とはいえ──


 その瞬間、私の脳裏にある記憶がよぎる。

 登った事もない落文山らくもんざんの風景。

 何故? なんで私は、んだ?

 ちょっと待てよ、そうか。

 乙女ゲームでのベネディクトの最終イベント。

 あのルートでの最大の敵はアティの継母。洗脳したベネディクトと共に、主人公を誘拐した継母はベッサリオンまで逃げてくる。そして立てこもったのが──落文山らくもんざん

 あれ? 待てよ?? なんで継母はあそこを立てこもりの場所にしたんだっけ?

 何か、理由があった筈。何だっけ? なんだっけ……


 ──そうだった!!


「救出隊を組織しろ」

 地図をたたんだ祖父の鋭い言葉が私兵たちに飛ぶ。

「同行します」

 どうやら落ち着いたらしいツァニスも、すぐさまそう言い募った。

「私も!」

 すかさず私もツァニスの言葉に続けた。

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