第224話 一連の出来事の事を話した。

 デルフィナが言っていた。

 結婚話が出たのが秋ごろだと。夏休みの後頃だ。


 本来なら夏休みに、私はツァニスたちと一緒にカラマンリス領へと戻る筈だった。

 しかし、アンドレウ公爵に避暑に誘われたツァニスは、そっちを優先させた。

 私が来なかった。毒を盛る事ができなかった。

 だから先にデルフィナの方へと接触した。何かと目立つ私を黙らせる為の人質として迎える為に。

 しかし、秋なんてベッサリオンは目が回る程忙しい。祖父はそれを理由にして結婚話を保留にしていた。

 ──不幸中の幸いだったな。


「その間にも、色々はかりごとの計画はあったと思います。

 しかし、本来手足として動く筈の執事たちまで、追い出されてしまった」

 これも意図せずだったけどねー。

 しかも、執事たちは独断で私の追い出し作戦を実行しようとしていた。

 ある意味正解。執事たちは、そもそも私という人間の存在自体が計画の邪魔にしかならない事を、身近で見ていて気付いたんだ。

 残念だったな。返り討ちにしたったわ。


「ちょっと待ってください。つまり、もし今回セレーネ様がカラマンリス領へと行っていたら──」

 サミュエルが気づいた事に愕然としたような顔をする。

 私は頷いた。

「恐らく、そこで毒を盛られていたでしょうね。

 しかも、向こうの味方が山ほどいる場所で。犯人の目星すらもつけられなかったでしょう」

 でも、そうはならなかった。

 また私がカラマンリス領へ行かなかったから。

「焦っていたんでしょうね。毒を盛れる人間もカラマンリス邸からはいなくなってしまった。本人も来ない。

 そうこうしているウチに子供が出来てしまうかもしれない。

 だから焦って、ベッサリオンまでわざわざ来たんですよ」

 私自身を見ていないので、妊娠しているかどうかすら分からない。

 ツァニスに聞いた所で、妊娠した事を私自身が安定期まで侯爵に秘密にしている可能性もあるから、実際の所は分からない。

 もしかしたらベッサリオンに戻ったのは出産の為なのかもしれない、恐らくそう考えたんだろう。

 だから。

 今度こそ計画の失敗なぞしたくない。

 その為に、わざわざカザウェテス子爵本人が出張って来た。


 そして、実行した。

 タイミングとしては最悪だが、おそらく子爵は確認できない場所で他人の手に任せるのが不安だったのだろう。

 最初はベルナを使った。もしこれが失敗していたら、今度はベネディクトを使ったかもしれない。それでも失敗したら、自らが。

 きっと、カザウェテス子爵自身すらも捨て駒なのだ。ラエルティオス伯爵家の。

 ──もしかしたら、カザウェテス子爵もベネディクトと同じく、洗脳状態にあるのかもしれないな。


 色々語り尽くし、全員が沈黙した。

 ツァニスは先ほどから完全に俯いてしまって、表情が伺い知れない。

 サミュエルも顔を真っ青にしたまま動かない。ずっと黙ったままの執事の彼は、先ほどから目を閉じて沈痛の面持ちをしていた。


「……そんな事の為に……」

 ツァニスが、俯いたまま、絞り出したかのような声で呟く。

 彼は両手を膝の上で固く握りしめていた。その手が、小刻みに震えている。

「……そんな事の為に、父と、アウラは、死んだのか……」

 彼の身体から、猛烈な怒気が滲み出て来ていた。

 それに気づいたサミュエルが、慌ててツァニスの肩に触れる。

「落ち着いてくださいツァニス様。今話された内容には証拠がありません。

 今の話は、状況による推理でしかないのですよ」

 確かに。

 ベルナが毒とは知らずにワインに入れたのも、誘導と思われる言動があったものの、そうであるという確証にはならない。言い逃れも可能。

 しかし、一つだけ、そうじゃない事がある。


「実は、一つだけ、証拠があるんです」

 私の言葉に、全員の視線が私へと集まった。

 私はクロエからもたらされた電報の紙を広げる。

「アウラの毒殺は、恐らく事故だったんです。本来、殺すつもりはなかった」

 そう、おそらく、そこから歯車が狂い始めた。

「殺したら意味がありませんから。目的はカラマンリス侯爵家をゆっくりと乗っとる事。アウラを殺してしまっては、新しい妻を迎え入れられてしまいます。そうしたら、嫡男が生まれてしまうかもしれない」

 残酷な事実を私はツァニスに告げた。

 ツァニスがゆっくりと顔を上げる。

 その顔は、酷く、憔悴しょうすいしていた。

「おそらく、実際に毒を混入したのは、アウラの側仕えのメイドです。

 なので私は、カラマンリス邸にいるクロエとメイド長に確認を取りました。

 アウラが亡くなった直後、突然消えたメイドがいなかったか、と」

 本当なら殺してはいけなかった人を間違えて殺してしまった。

 実行犯のメイドは恐れただろう。失敗した人間をそのままにしておくワケがない事に。だからすぐさま逃げた筈だ。自分も殺されないようにする為に。

「いました。一人だけ。

 ──そして、見つけました」

 私は、クロエからの電報の紙を指で撫でた。


 メイドが始末されている可能性もあった。

 なので、最初にクロエにお願いしたのは、アウラが死んだ頃に、近辺で失踪したメイドに似た特徴を持つ、女性の遺体が出ていないかを警らに確認する事だった。

 そして次に。

 もしその遺体が出ていなかった場合、町の娼館を探せ、そうお願いしていた。

 そして、実際に、逃げたメイドはそこにいた。

 メイドにしたら、狙われているので地元に戻るワケにはいかないし、かといって遠くまで逃げる程の金もない。だとしたら、勝手知ったる近くの町で、多くの人に紛れてコッソリと生きるだろう。

 そして、そういう女性が生き残る方法はただ一つ。娼婦になること。

 運よく生き残っていて、そして見つける事ができた。

「今、実行犯のメイドはカラマンリス邸で匿っています。

 彼女の身を絶対的に保障する事を代わりとして、彼女からの言質げんちが取れました。

 カザウェテス子爵と執事の指示のもと、毒をアウラに盛ったと」

 直接話していないので詳しい事はわからない。もし見つけたらこう伝えて欲しいと、あらかじめクロエとメイド長に伝えていた事を、彼女たちが実行してくれたに過ぎないから。


 誰も何も発言出来なくなっていた。

 そりゃそうか。

 自分達が、そんな危険な状況に陥っており、そして未だにその危険の只中にいるという事実を突きつけられたのだ。

 そもそも話を信じる事すら難しい筈。

 私だって、乙女ゲームの設定を思い出さなければ、もっと楽観視していたかもしれない。

 特にツァニスにとってはキツイ事の筈。

 信頼していた伯爵家子爵家が、自分の爵位を狙って暗躍していたと知ったら。

 誰も信用出来なくなる。


 誰も信用出来ないという孤独感は、時には人を押し潰してしまう。


「ツァニス様」

 私は、再度俯いてしまったツァニスに声をかける。

 ツァニスは何も反応しなかった。

 しかし


 ガタンっ


 椅子を蹴って立ち上がるツァニス。

 その瞬間、猛烈な寒気が背筋を駆け抜けた。

 いけない!!

 私はベッドから身を乗り出して彼へと手を伸ばす。

 しかし、その手は何も掴めず空を切った。


 ツァニスは扉を壊さんばかりに開けて部屋から走って出て行く。

 その場に、猛烈な殺気を残して。

「サミュエル! ツァニス様を止めて!!」

 そう叫びつつ、私もなんとか走り去ったツァニスを追おうとベッドから降りようとする。しかし、膝に力が入らずベッドから転がり落ち、床に這いつくばる事しか出来なかった。

 サミュエルと執事が慌ててツァニスの後を追った。


 壁に手をついてなんとか立ち上がる。

 今騒ぎを大きくしたら大変なことになる。

 だから冷静にって言ったのに!!

 いや、無理か。

 父と妻が殺された事を知ってしまったら。

 冷静にいられる筈もない。

 しくじった。外から鍵がかかる部屋なら良かった。


 急に動いたからか心拍数がオカシイ。私は胸を抑え荒くなる呼吸を整えつつ、ツァニスの後を追って行った。

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