第214話 難しい事を突っ込まれた。

 町のはずれにある泉のところまで来た。

 泉は崖の直ぐそばにあり、山からの雪解けの水が音を立てて流れ落ちていた。

 そのほとりで、私たちはお弁当を広げてくつろいだ。


 アティとベルナが、水際で水の中に手を入れては、その冷たさに手を引っ込め笑い合う。

 ……あー。永遠に見てられるわ、その遊び。

 アティの後ろには、妹⑤バジリアと妹⑦カーラがピッタリと付き従っていた。

 彼女たちは水辺の危険を理解してるからね。

 冬場の凍ったのこの泉で、スケートしてて氷が割れて落ちたのは誰だったか。……私か?


「セリィ姉さまー」

 そんな様子を見ていた私に、ふと妹⑥キリシアから声がかけられた。

「滝の水量、少し少なくないー?」

 そう問われ、私は改めて滝の方を仰ぎ見る。

 ……かな? 言われてみればそんな気がするけど、どうだろう。

 この季節は雪解けが始まって水量が増え始めた頃。溶けだしが遅いのかな?

「それに、泉の水に少し濁りがあるー」

 キリシアが首を傾げながら泉の水をジッと見ていた。

 私は視線を滝の方へと向ける。

 もしかしたら、川上の方で何かあったのかもしれないな。

「上流で、何かあったらのかもしれない。でも、ここからだと良く分からないな」

 滝上──川の上流にはし、水位計はここにはない。目視では判断がつけにくいしなぁ。

 屋敷に戻ったら、この泉にも水位計をつける事を家人に提言しておこうっと。

 そう思った時だった。


「うさぎ!!」

 そんな喜びの声が突然上がった。

 慌ててそちらへと視線を向けると、泉の横から山の上へと繋がる道を、走っていこうとしていたベルナの後ろ姿が目に入った。

 あ! あっちはアカンて!

 私からは遠い位置にいたベルナを止める事は私には出来ず。

 ベルナが山道を塞ぐ綱をくぐって超えようとしたところで、妹⑤・バジリアに肩を掴まれた。

「ダメだよ行っちゃ」

 ホントだよ! 一人で走り出そうとしたね!? ビックリだよ! 活発な子だね!

 アティとはまた違う種類の活発さな気がするけど!

「なんで!」

 肩を掴まれて止められたベルナは、地団太踏みそうな勢いで止めたバジリアへと食って掛かる。その背後に護衛の人間がサッと立ったので、バジリアは慌ててベルナの肩から手をどけた。

「ここから先は入っちゃダメだからだよ」

「なんで!!」

 バジリアの返答に速攻で言い募るベルナ。

 バジリアは困った顔をして、その場にしゃがみこんでベルナと視線を合わせた。

「この先は女の子は入っちゃいけない禁足地だからだよ」

「なんで!!!」

 段々と、顔を真っ赤にして本当に怒り始めるベルナ。

 禁足地の説明って、難し過ぎやしませんかね。


「きんそくちってなに?」

 バジリアの言葉を聞いたアティが、キョトンとした顔で傍にいたサミュエルに問いかける。

「ええと……入ってはいけない場所、という意味です」

「……なんではいっちゃだめなの?」

「えーと……」

 流石にそれには答えられないサミュエル。

 バジリアとサミュエルが、ほぼ同時に私の方へと困惑の視線を向けてきた。

 了解です。解説させていただきますとも。

 私は山の方へと視線を向けて、口を開いた。

「……入っちゃいけないからです」

 私は渋い顔をして、アティとベルナにそう告げる事しかできなかった。


「だからなんで!?」

 ベルナが今度は私の方に向かってプンスカと声を上げた。

 ですよね。

 でも、そう言われましても困るんですお嬢様がた。

「昔から、この先は女人禁制と決まっているからデス。私はそれ以外の理由を知りません。ごめんなさい」

 むしろ、私だってこの先が女人禁制の論理的理由を知りたいよ。色んな人に聞いてみたけれど、論理的な理由は出てこなかった。

「つ……つまり、この先は男性しか入ってはいけない地なんです」

「なんで?」

 やめて、アティまでつっこまないで。

 困り果てた私に変わって、眉根を寄せてなんとか口を開いたのはサミュエルだった。

「恐らく、この先は女性には危険な地なのではないでしょうか?」

 うん、そうだね、多分、そんな感じがオオモトの理由なんだろうね。


「なんで? おとこにはキケンじゃないの?」

 アティがキュルンとした顔でサミュエルを見返す。

 うっ、と言葉に詰まるサミュエル。

「危ないと思いますよ」

 私は即座に助け舟を出した。

「じゃあ! なんでおんなの人だけダメなのっ?!」

 すかさず食いついてきたのはベルナだった。

 くっ。この波状攻撃懐かしい!! よく妹⑥⑦から食らった!!


 女性にとって山が危険である、というのはある意味理解できる部分がある。

 生理中などの血の匂いをさせた状態で山を歩くのは危険だし、そんな時は体調も万全ではない事もあるし。


 ただ、私的に言わせてもらうと、それは詭弁きべんなんだけどね。

 体調悪い時の女なら、どうしても行かなきゃいけない理由がない限り山になんか入らないでしょ。

 じゃあ生理中ではない、体調の万全な女性は構わない筈なのにそうじゃない。一律女人禁制なんだから。

 多分、女性の体力では危険だとか、そういう事なのだろう。

 いやそれこそ本人の自己責任だろと思うんだけど──


 宗教上の理由だとしても、聖域だから女はダメっていうのがまた……女は女というだけで穢れという事ですかそうですか、穢れから生まれない者はいないのに大層な言い分ですねそうですか、と思ってしまう。こちとら好きで血を流してんじゃねぇよ。

 ま、本当は宗教的な場所で性欲をコントロールしたいから近づくな、という事だけだと思うんだけど。

 それならそう言えばいいのに、なんでそれを『神聖だから』とオブラートに包むんだろう? 恥ずかしいの? 恥ずかしいのは分かるけど、それをこっちに責任転嫁にして欲しくないんですけど。


 本当に霊場で、憑依体質の人が入ったら危ないとか、霊的資質がないからダメ、とかなら、ある意味それが『理由』だから分かるんだけど、それを図る方法がないからなぁ。

 うーん、難しい問題。

 私は比較的神事は大切にしたいので、宗教上禁止されていると言われたら、手も足も出せない。

 


「男性がたが、女性には入って欲しくない場所、だからですね。それが理由です」

 もう、そうとしか説明出来ない。

 妹たちが苦笑して私の事を見ていた。さぞかしシッブい顔してたんだろうなぁ、私。

「なんでだんせいはじょせいに入ってほしくないのっ?!」

 ベルナに鋭く突っ込まれ

「私は女なので分かりません。どなたかベッサリオンの男性に聞くと分かるかもしれないですね」

 無理矢理そう締めくくった。


 不満満載の顔で私の事を睨みつけるベルナ。

 あー、思い出してきた思い出してきた。乙女ゲームのベルナも口が達者で気が強く、色んな事に口を突っ込んでくるタイプだったなぁ。

 面倒見が良く口出し手出しせずにはいられないオカンタイプで、見た目や態度的には如何にも高圧的な貴族令嬢だったけど、私は好きだったなぁ。

 乙女ゲーム版エリックやイリアスよりよっぽど好きだった。一番はゼノだけど。


「お兄ちゃんなんでっ?!」

 ベルナが今度はベネディクトへと噛みついた。いや、確かにベネディクトは男だけど知らんやろ。

「俺に聞かれても分からないよ」

 だよね。

「でも! お兄ちゃんはこのヒトのこどもになるんでしょ?! じゃあわかるでしょ?!」

 は?! ベルナ何言ってんの?!

 ベネディクトが養子に入るのはカラマンリス侯爵家だよ?! ベッサリオンじゃないよ?! 何か勘違いしていやしませんかね?!


「……セリィ姉の、子供になる?」

 驚きの声を上げたのは、妹⑤バジリアだった。

 あ、そうか。養子の事は当然知らないもんな。

「ベネディクトは、私とツァニス様の養子になるんですよ」

 決定事項だから言ってもいいよね。秘密にする意味もない。どうせ私には覆せないし、決定してしまっているならツァニスにも無理だし。

「へー。いいなぁ」

 何がやねんカーラ。妹⑦、お前私の事好きすぎるやろ。私も妹の事好きだけどね!


「……おかあさまのこどもになるの?」

 そんなポツリとした声。アティだ。

 あー、そうか。そういえばまだアティには説明していなかったな。どうしよう。

 アティは零れんばかりに目を見開いて、私とベネディクトを交互に見やる。

「そうですアティ。そして、アティのお兄ちゃんになるんですよ」

 私の息子になるという事はつまりそういう事だ。

 ……なんとも複雑な家庭環境になりそうだな。母は継母、兄も義理、アティに理解できるかなぁ。なんとなくは分かるとは思うけれど。概念はなんとなく理解できても、気持ちや実感が伴わないだろうな、暫くは。

 ベネディクトが感情を取り戻す為にシツコイぐらい絡もうと思っていたけれど、それでアティをないがしろにはしたくない。

 ヨシ、アティ込みでシツコクしようそうしよう。


 ──もしかしたら、それが許される期間は残り少ないのかもしれないし。


「アティは、お兄ちゃんができる事を、どう思いますか?」

 私がそう尋ねると、アティはキョトンとして首を捻る。そのままサミュエルの顔を見た。

 サミュエルは困ったような顔をして笑っているだけ。

「わからない」

 だよね。兄がいる感覚なんて、分からないよね。しかも、年齢が結構離れた兄だ。しかも突然。分かるわけないよね。


「じゃあベネディクトはどう思いますか? 新しい妹ができる事を」

 すかさずベネディクトへと話しを振ってみた。

 彼はパチパチと瞬きをしたのち、首をコキリと音がしそうなほど傾げてから、口を開いた。

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