第222話 気づいた事を話した。

「……どうしました?」

 服の裾を引っ張られたマギーが、首を傾げて私を見下ろしてくる。

 私は喋れないので、なんとか目で彼女にこの場に残って欲しい旨を伝える。

 伝わってマギー!


「……仕方ない方ですね」

 一瞬視線を泳がせたマギーだったが、そう溜息をついてベッドの傍の椅子へと腰掛けた。

「セレーネ?」

 心配げに立ち止まったツァニスが、こっちへと戻って来ようとする。

「旦那様には言えない女性の体事情もあるかと思いますので、どうぞご心配なく」

 そういってマギーは笑顔でツァニスを突き放した。

 すると、ちょっと考えたツァニスが、ああ、と何かに納得した顔で頷く。

 ……トイレ行きたいんだって思われた。

 ぐぅ。まあいいよこの際は。


 マギーのその言葉で他のメンバーも納得したのか、マギーと家人を残して部屋を出て行った。

「あの、そういう事でしたら、私たちが行いますが……」

 残った家人のウチの一人のメイドが、マギーにそう恐る恐る進言してくる。

「ああ、実は違うんです。少しセレーネ様とお二人だけでお話したいだけですから。貴女がたは本当にそうなった時の為に準備をお願い致します」

 メイドたちにもそう伝え、人払いしてくれた。


 人がいなくなり、静寂に包まれる部屋。

 マギーは盛大な溜息一発、私をゲンナリとした視線で見下ろしてきた。

「何回死にそうになれば気が済むんですか貴女は。街で散々貰い喰いしてるからですよ。一体何を口にしたんです」

 マギーのこの様子から、私が毒を盛られたという事には、まだ気づかれていないのだと分かった。

 そうか。街を散策してる時、色々な物を貰って食べていたし、山に逃げていた時間もあったから、その時何か口にしたんだろうという事になったのか。

 そりゃそうか。あんなに速攻性の強い毒なんか、そうそう使われる事はない。


 どこから話そうか。

 まだ確証があるワケじゃない。

 だからまだツァニスには話せない。

 証拠を集めなければ。


 本当にカザウェテス子爵の差金なら、その証拠。

 そして、ツァニスの周囲の人間を次々に手にかけたという、その証拠。


「これは、じこじゃ、ない」

 私は回らない口でなんとか言葉を絞り出す。


 その途端、マギーの顔色がサッと変わった。

「……本当に?」

 そう確認してくるマギーに、私は小さく頷いた。

 そして、辿々たどたどしくではあったものの、私は毒を盛られた事と、その理由と思われる事をマギーに少しずつ説明していった。


 ***


「そんな……事が……」

 説明を聞き終わったマギーが、顔を真っ青にして口元に手を当てていた。


 私は途中何度も強烈な吐き気に苛まれ、都度都度吐きつつも、なんとかマギーに伝えた。


「でも、まだ証拠が、ないの。

 だから、裏付けを、取ってほしい」

 少しずつ喋れるようになった口でなんとかそう伝える。

「証拠?」

 マギーは露骨に眉根を寄せた。

「そんな物は残さないでしょう。それほど馬鹿ではないと思いますが」

 そうだね。確かにそう。こういう事をしでかすって事は、用意周到にしていた筈。

 しかし、成功した方はそうかもしれないが、失敗した方はそうじゃないかもしれない。

 だって、んだから。


「カラマンリス邸に、連絡して。

 クロエと、メイド長に、協力して、もらうの」

 私が考えた通りなら恐らく、がある筈。もしかしたら

「今から、言うことを、クロエと、メイド長に、確認して、もらって。

 急がないと、逃げられて、しまう」

 事が成功したのだ。もしカザウェテス子爵が本当に首謀者なら、用事が終わったんだとサッサと帰ろうとするだろう。

 人質の、デルフィナを連れて。

 そんな事、絶対にさせねぇからな。


 私の要望をメモし終わったマギーの手が、少し震えていた。

「……ツァニス様には、いつ?」

 言うのかって? 私は逡巡する。

「……証拠が、出たら」

 本当なら、私の思い過ごしであって欲しい。

 でも、おそらく、違う。

 これが事実だとしたら、一番危険なのはツァニスだ。

 彼に知らせないままにする事ができない。


 彼が、例え事実に傷つく事になったとしても。

 彼の今後を、守る為だ。


「急いで、ください」

 私が再度念押しすると、マギーは頷いてすぐに席を立つ。

「今回は私が動きますから、貴方は大人しくしておいてください。気づいてると知られれば、それこそ命が危ないですよ」

 そう私に釘をブッ刺して、彼女はスタスタと部屋を出て行ってしまった。


 私は、起こしていた身体を再度ベッドに横にした。

 息が苦しい。動悸が収まらない。また吐き気が催してきた。

 私は歯を食いしばって目を閉じる。

 早く、身体を直さなくちゃ。いざという時に動けるように。


 絶対に、企んでいる奴らの思う通りになんか進ませてやるもんか。

 私をあんまり舐めるなよ。

 この身体が自由に動くようになったら覚悟しとけよ。


 絶対に、逃がさないからな。


 ***


 案の定、カザウェテス子爵はサッサを領地へと帰りたがり始めた。

 しかし、それを止めたのはデルフィナだった。

 もともと、今回の結婚の前段階として、カザウェテス子爵が戻るのと一緒にカラマンリス領へと行く事になったそうだ。

 しかしデルフィナは、私の体調が回復するまでは傍にいたいと言い、カザウェテス子爵が帰るのを引き延ばしてくれていた。

 意図した事ではなかったけれど、チャンスだと思った。


 弟妹たち、そしてアティやベルナ、ベネディクトが代わる代わるお見舞いに来てくれた。

 弟妹たちやアティ、そしてベルナのお見舞いはありがたかったけれど。

 ベネディクト。

 彼の本性と本来の目的を思い出してからは、彼を素直な目で見る事が出来なくなってしまった。


 彼は、おおよそはかりごとを腹に秘めているように見えなかった。

 お見舞いに来た時も、別段敵意を感じなかったし。

 普段、本当に何も考えていないのかもしれないな。考える事を放棄しているというか。誰かに何か指示されない限り、自分からは行動しない状態なのかもしれない。

 たった十三・四歳でそこまでにされてしまったなんて。

 今からでも……その洗脳を解く事は、出来るのだろうか。


 祖父は見舞いには来なかった。

 私にあれだけの事を吐き捨てたからか。

 それとも、もう本当に役立たずのゴミと思っているのか。

 ま、もう、どうでもいいけれどね。

 代わりに両親が見舞いに来た。

 母は、また何を食べたんだと呆れた様子で。父はただ少し眉根を寄せて、私の事を見下ろすだけだった。父は本当に何もしない人なんだな。

 そう思ってはいたが。

 祖父とツァニスが大喧嘩したのに、屋敷を追い出されなかった理由は。

 父が許したからだとデルフィナから聞いた。

 それは、少し、意外だった。


 私は身体の痺れは随分と良くなってきていた。しかし、心拍数の乱高下の影響で恐ろしく体力を消耗していたのか、動くとすぐに息が上がるし心拍数が上がる。不整脈もまだあるみたいだし。ホントキツイ。マジキツかった。


 毒混入事件から数日。

 私が休んでいた部屋に、マギーが恐ろしいまでに真剣な顔をして訪れた。

 その手にあったのは一枚の紙。聞けば、カラマンリス邸のクロエからもたらされた電報だった。


 その内容はとても短かった。

「セイゾン、カクホズミ、スイリドオリ」


 それは、私がクロエとメイド長にお願いしていた証拠固めが成功した旨を通知するものだった。

 本当にその通りだったんだ。

 心のどこかで、間違いであって欲しかったのに……そうだったんだ。

 しかし。

 証拠が出たからにはこのままにしておくワケにもいかない。

 私は決心して、必要となるメンバーを私が休む部屋へと呼び出した。


 ベッドの上に身体を起こした状態で寝そべるその部屋に、呼び出されたメンバーが集合して椅子に座る。

 その中で唯一、一人だけ、例外が。

 ベルナだ。

 ベルナは椅子ではなく、ベッドに腰掛けてもらい、私の傍にいてもらった。


 その様子を見守るのは、ツァニスと、サミュエル、マギー、そして、この屋敷で唯一私が信頼を置いている、執事の一人。

 それ以外には部屋に近寄らないようにと人払いをした。


「どうしたセレーネ。重要な話とはなんだ」

 椅子に浅く腰掛けたツァニスが、真剣な面持ちで私の方を見ていた。

「これから言う事を、冷静に、聞いてくださいね。絶対に取り乱さないと約束してください」

 ツァニスをはじめ、まわりの人間たちにそう念押しする。各ぞれぞれは、少し疑問を持ったような顔をしつつも、頷いてくれた。

 私は、そんな皆からベルナへと視線を移動させる。

 彼女の顔を覗き込んで、笑顔で話しかけた。

「ベルナ。私は一つ、ベルナに聞きたい事があったのです。いいでしょうか?」

 大人に囲まれたベルナは、少し頬を上気させて緊張した面持ちだったが、コックリと頷く。

 聞き方を気を付けなければ。

 彼女は何も、悪くない。


「前に、ベルナが私にワインをくださったのを、覚えていますか?」

 そう尋ねると、ベルナはコックリと頷く。

「もしかしてその時、ベルナは私のワインに、何か入れませんでしたか?」

 私がその言葉を発した瞬間、その場に緊張が一気に走り抜けた。

「それって──」

 何かを言おうとしたサミュエルの言葉を、私は視線で制する。

 そして改めて、ベルナの方へと笑顔を向けた。

 あの時確かに、彼女は『それのむとね。げんきになるよ』と言っていた。

 つまり、元気になるがワインの中に入っている事を、ベルナは知っていたという事だ。


「ダメだったワケではないのですよ。教えて欲しいだけです」

 そうゆっくり尋ねると、ベルナは手を胸の前でモジモジさせた後

「おくすりを、いれたの」

 そう、ポツリと呟いた。

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