第220話 言い逃れる為慌てた。

 ツァニスをセルギオスの墓に連れて行く?

 できるわけなかろうがッ!!


 墓の中にはセルギオスの遺骨はないけど、それが問題じゃない。

 墓にはセルギオスの没年が書いてある。

 剣術大会の時には既に死んでいた事がバレてまう!!!


「あー……ええと、そうですね……」

 私は思わず視線を泳がせ、助けを求めてマギーを見た。

 マギーは口の端をニヤリと歪ませただけだった。

 うわぁ!! 魔王の微笑み!!

 次にサミュエルの方へと視線を向ける。あ! 目を逸らした!! クソっ!!!

「実は、セルギオスのお墓はないんです」

 私は、ワイングラスを持つ手が震えている事を隠す為に膝の上に置いた。

「セルギオスの墓がない?」

 ツァニスが少しだけ訝しんだ顔をして私を覗き込んできた。

「ベッサリオンでは火葬の風習があるんですが、その、実は……」

 あー。また人から呆れられる事を言わなきゃいけないのか。やったのは自分だけどさ。

「セルギオスの遺骨──遺灰は、私が……山の上から撒いてしまったんです」

 私がそうたどたどしく伝えると、ツァニスはこれ以上ない程目を見開いた。

「……なぜ、そんな事を……」

 ですよね。ハイ。


 私は盛大な溜息を一度吐き、自分のワイングラスを見つめた。

「……セルギオスを、この地に縛り付けておきたくなかったからです」

 これは本当だ。

 セルギオスは色々な国を旅をしたがっていた。その願いを、叶えてあげたかった。

 彼が生きてる間は叶えてあげられなかったから。

「この地にはシガラミが多い。だから、そこから解放してあげたかったんです」

 そんなのは、私の自己満足でしかないのも、勿論分かってはいるけれどね。


「……それで、良かったのかもしれないな。あの時──戦った時の彼の目は、貴族や肩書きではなく、その先にあるものを見ていた気がする」

 ツァニスが、眩しそうな目で遠くを見つめつつ、そう呟いた。

 ……私は、マギーがニヤニヤしているのが気になって、ツァニスの方を気にしている場合ではなかった。くっそ……マギーめ。この状況を心底楽しんでやがるな!

 何も言わなくても伝わってるぞ! 自業自得だって思ってるでしょその通りだッ!!


「その、ツァニス様」

 そんな時、サミュエルがポソリと口を挟んだ。

「もし宜しければ、その時のセルギオス様がどんな風だったのかお教え頂けますか?」

 なんでェー?! それ聞く必要ある?!

 やめて! 私の黒歴史を掘り起こさないでェ!!

「ああいいぞ!」

 よくねぇよ! 何『待ってました』みたいな顔してんだよツァニス!!

 あーヤバイ。私、ツァニスと何を話したのか詳しく覚えてないんだよね。その時のツァニスの事すら覚えてないのに!

 ああマギーの笑顔が恐ろしく朗らかに輝いてるゥ!!


「彼は確かに他に比べると細く小さかったが、鎧を纏った子息たちの中で、革の胸当てだけの姿だった彼の存在感は凄かった」

 それ、俗に『周りから浮きまくってる』って言いません?


「物腰は優雅で柔らかでありつつ、自然体だった。しかし口調と眼差しは力強かったぞ」

 ツァニスがウットリとしながらそう語る。

 ……あの、それ、かなーり思い出が美化されていやしませんかね。

 女だとバレないように、なるべく雑な口調で、周りにガン飛ばしまくっていただけです。


「家の名誉や派閥、爵位や面子などを背負わない彼の攻撃は、迷いがなく鋭く苛烈だった。惚れ惚れする程な」

 ……貴族のシガラミや忖度の一切をガン無視してただけです。優勝という名誉を有力貴族の子息で持ち回りしてる事に気付いたから、思う存分ブチ壊してやっただけです。ハイ。


「そして、勝ったからと私を見下さず、私が侯爵子息だからと下から見上げることもなく、彼の態度はフラットで公平だった」

 いちいち他人の爵位を気にする余裕もありませんでした。沢山いすぎて。


「そんな彼と──友人に、なりたかった」

 そうポツリと呟いたツァニスの言葉にハッとした。

 ツァニスは、友達になりたがっていたんだ。そんな事、全然気づかなかった。


「彼と二回戦い全て負け、三回目こそは勝とう、そして友人になってくれと伝えよう、そう思っていた。

 しかし、そのチャンスは訪れなかった」

 あー。二回目の後母にバレて、アレクとともにコッテリ搾られ、暫く外出禁止の軟禁されてたからね。

「彼が病で死んだと聞いたのはその後だ。

 ……二回目に負けた時に、下手なプライドなど捨てて、友人になってくれと……伝えれば良かった」

 ツァニスは、ワイングラスに視線を落として、そう最後に吐き出した。


 マギーとサミュエルが、私の表情をうかがうかのようにコチラをチラリと見てきた。

 ツァニスと友人に、か。

 当時、そう言われたら、私はどうしていただろう。


 ──嬉しかっただろうな。

 あの時は男装はしていたとはいえ、素の自分に近かった。伯爵令嬢という肩書から解放され、女というシガラミから解放されていた自分。それを認められたような気がした。

 ま、実際は性別云々について嘘ついていたから、友人になるのは難しかったかもしれないけれど、そうなれたかもしれない未来があった事が、嬉しい。


「きっと、良い友人になれていたのではないでしょうか?」

 そんな声が、後ろから飛んだ。

 驚いて振り返ると、そこにはワインが入ったグラスをお盆の上に乗せた妹④デルフィナと、その横で1つのワイングラスを握りしめたベルナが立っていた。

 私が慌てて腰を浮かそうとすると、デルフィナは小さく首を横に振る。

は、妹の私の目から見ても、とても凛々しく格好良かったです」

 そう言葉を付け足して私にウィンクを飛ばしてくるデルフィナ。

 今日は徹底的に私を甘やかす気だな、デルフィナ。なんかちょっと、くすぐったいぞ。


「はいどうぞ!」

 ベルナが、自分が大切に持っていたワイングラスを私へと差し出してくる。

「あ、ありがとう」

 私が受けとると、ベルナはちょっと恥ずかしそうにしてプイッと視線を私からそらす。

「それのむとね。げんきになるよ。のむといいよ」

 私が嬉しくて笑顔を向けると、はにかんだ微笑みを浮かべたベルナは、慌ててそれを消してプイッと顔を背け、ベネディクトの方へと行ってしまった。

 ツンデレかよっ……! 可愛いなベルナ!! アティとはまた違ったタイプの可愛さだなこの野郎!!

 デルフィナが持ってきたお盆の上から、マギーがワイングラスを受け取ってツァニスやサミュエル、そしてベネディクトへと手渡す。

「これは?」

 私がワイングラスをデルフィナの方へと向けると、デルフィナもいたずらっぽく小さく笑った。

「母と私からの差し入れよ。お祖父じい様秘蔵のワインの一本。こっそりくすねてきたの」

 え!? 大丈夫なのソレ!?

「母が出して来たから大丈夫。そもそも贈答用に用意されていたものを祖父が勝手に持って行ってしまったものだからって」

 そ……そうなの? 大丈夫ならいいけれど。また八つ当たりされるのは嫌だなぁ。


 私の隣に座ったデルフィナは、お盆を横に置いてこっそり私へと耳打ちしてくる。

「結婚は多分決まるわ。でも大丈夫よ。条件があるなら出していいって、母とカザウェテス子爵がおっしゃってくれたから」

 そう呟きつつ、嬉しそうな笑顔を零すデルフィナ。

 そうなんだ。良かった。本当に。殴られた甲斐があるってもんだ。

 私はそんなデルフィナの、零れた前髪の一房を横へと流す。

「デルフィナが思うよう生きられるように、私も影ながら応援しているからね」

 小さくそう返答すると、デルフィナはくすぐったそうな顔をした。

「これ以上私を甘やかしたらダメよセリィ姉様」

 甘やかしていませんよ! ただ味方でいるだけです!! 頼れる誰かがいるのだと思えれば、きっと前を向ける筈だから。ただそれだけ。


「そうね。じゃあ、これから誕生するかもしれない新しい家族の将来に乾杯を」

 私はそう言って、みんなの方へと向き直ってワイングラスを掲げた。

「乾杯」

「かんぱい」

 みんなが口々にそう呟き、ワングラスを掲げた。

 私は全員が笑顔でワインを口にするのを見届けてから、最後に自分がそのワインに口をつけた。


 ……思ったより美味しくないな。

 贈答用と言っていたから良いものかと思っていたけど。

 保存状態が悪かったのかな?

 そう思って周りのメンバーを見てみる。

 皆は口々に、良いワインだ美味しいと、ワインを称賛していた。

 あれ? 私の舌がバカなだけ??


 あれかな。まだ気持ちが復活していなくて、味を感じ……難く……


 ……あれ?


 おかしい。


 口が、ザワザワする。


 特に、今日切った口の辺りが──


 私は自分が持ったワイングラスによくよく視線を落とす。

 すると、グラスの下の方に、揺らめいている何かが見えた。水にガムシロを入れた時のような……


 私は慌てて立ち上がろうとする。

 しかし、その瞬間、地面が揺れた。


 指先が 震える

 ワイングラスが 手から滑り落ちた


 驚いた顔の サミュエルとベネディクトが目に入った


 なにか いってるようだけど 聞こえない


 さっきから耳の奥で物凄い自分の鼓動音と血流音が

 心臓が 早鐘のよう くちが しびれる


 ──毒だ


 そう気づくのとほぼ同時に


 視界が暗転した。

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