第212話 養子の話を聞いた。
『する必要がないので』
この言葉を聞いた瞬間、脳裏に一瞬何かのシーンが蘇る。
あれは、ゲーム画面。
そうか、乙女ゲームの攻略対象である、この少年・ベネディクトのイベントシーンか何かだな。
何のイベントだったか。
確か、乙女ゲームの主人公が何かを聞いたんだよな。多分『貴方はそれで納得できるの!?』そう聞いた時の返事が、コレだった気がする。
思い出して来た。思い出して来たぞ。
ベネディクト・タナシス・カラマンリス
カラマンリス侯爵家の養子であり、アティの義理の兄である攻略対象。
カラマンリス侯爵家にはアティ以外の子供が生まれなかった事から、養子となったのがこのベネディクトだ。
私はアティの事以外眼中になかったし、今まで出会っていなかったからすっかり忘れていた。
そうだよ。
乙女ゲームの流れでは、侯爵家は養子を貰うんだった。
つまり、今、乙女ゲームの流れそのままになっているんだ。
ゲーム中のベネディクトは、一言で言うと『無気力』。自分から発言する事もなければ自分から行動を起こす事も殆どない。
だから、最初は悪役令嬢アティの味方として登場する。味方といっても、アティを可愛がったり庇ったりする事もなく。
『興味ない』『どうでもいい』『それって命令? 聞く義理ないけど』が口癖の、なんだかとっても可愛くないキャラだったなぁ。
ただイベントをこなして絆を作っていくと、そのうち自分で行動する事に目覚めていく。ただし、その過程がクッソ面倒くさい。
まずはライバルキャラであるベルナから仲良くなる必要があるから。
登場した時、ベルナはアティの親戚の子爵令嬢として登場する。ベネディクトとベルナの関係性が表に出て来て、ライバルから友人になったベルナの協力のもと、ベネディクトと近づいていく、という感じだったように思う。
──あれ? 何か、ベネディクトについて、もっと大切な事を忘れている気がする。何だっけ? なんだっけ? 思い出せない……
「あの……何故、ベネディクトは納得する必要がない、と思うのですか……?」
思い出せない部分はおいおいとして。
まずは今目の前に存在している少年の事だ。
いくらゲームのキャラが可愛くなかったといったって、こっちは私の養子になる子だ。その子の口から『納得する必要がない』なんて聞いたら放っておけない。
ベネディクトは、私の顔をキョトンとして見上げながら、私の質問の意図が分からない、という顔をしている。
あれ? 言葉は通じてるよ、ね? なんで意味が通じないんだ? 私、何か、おかしな事を聞いたっけ?
いや、でも。他に聞きようがないよな?
「もし良かったら、ベネディクトが納得する必要がない理由を教えて欲しいです」
私は重ねて彼に問いかけてみた。
彼は今度は首を反対側に傾げた。
「俺が納得する必要がないからです」
んんん~~~~。そうなんだね。そうなんだろう。そうなんだけど、そうじゃない。
そう思う理由が聞きたかったっ……
仕方がない。聞き方を変えよう。少し誘導尋問的になりそうなのが怖いけれど。
「つまりベネディクトは、この養子の件について自分には納得しようとしまいと関係ない、そう思っているという事ですか?」
『YES』or『NO』。これで答えられるやろ。
「はい」
ベネディクトはアッサリと頷いた。そこまではいいんだよ。こっから先が問題だ。どうしてそう思っているのか、なんだけど。ベネディクトが言うには、必要がない、という事が理由そのものになってるって事だ。
それって──
私はギクリとした。つまり、そうか、そういう事か。
「つまり、自分が決める事ではないから、ですね?」
納得する必要がない、つまり、納得しなくたって自分では覆す事ができない、そういう事になる。
私は恐る恐る確認すると、ベネディクトはコックリと頷いた。
「だって、もともと俺はカザウェテス子爵の元へも養子に来ました。今度はカラマンリス侯爵の養子になるだけですし」
彼は、まるで何も分かっていない私に説明するように、そう答えた。
──ん? 今、俺はカザウェテス子爵の元へも養子に来ましたって言った?
「ええと、それでは、ベネディクトは今のカザウェテス子爵の家に来る前は、どこにいたのですか?」
私は今、引っかかった彼の言葉を問い返す。
今、すっごく不思議な事言ったよね? 彼は。私の聞き違いじゃないよね?
ベネディクトは、小さく嘆息すると
「ラエルティオス伯爵家です。俺はもともとそこの次男でした。ぼんやりとしか覚えていませんが」
ラエルティオス伯爵家!? それって、カラマンリス領を実質治めている伯爵家じゃないか! それは名前ぐらいは知ってる!
ええとつまり?
ベネディクトは、最初はラエルティオス伯爵家の次男で、カザウェテス子爵家に養子に出され、今度はカラマンリス侯爵家へ養子に来る事になったって事??
そんなたらい回しってあり得るの? 子供をペットか何かと勘違いしておりませんかねェ!?
──いや、ちょっと待て。
そうか。伯爵家からではなく子爵から養子がって話になった時、何か変だなと思ったんだよ。そうか。ベネディクト自身がもともと伯爵家の血筋なんだから、本質的には同じ事ってことか!
んん?? でも、いいのか? そんな事をしたら、カザウェテス子爵家に嫡男がいなくなってしまうじゃないか。
いや、そうか。まだベルナがいる。ベルナと結婚する時に養子縁組するだけか。もともとカザウェテス子爵の直接の血を引いた男児はいないのだし。
……私の妹・デルフィナは? 万が一の時の保険? 若い娘を貰えば、上手くすれば嫡男が生まれるかもしれないからとかって?
私はベネディクトの見えないところで、手をギリリと握りしめた。
パズルじゃねぇんぞ。子供の人生を誰かの都合で簡単に置き換えてんじゃねぇよっ……
しかし──
私は頭が痛くなってきて、額に手をあてがった。
『貴族』で一番重要視されるのは『血筋』だ。誰の血脈で直系か傍系か、男系か否か、それが重要になる。
この事自体は否定するつもりはないけれど……それを重要視するあまり、それ以外が疎かになっている気がするのは気のせいか?
だから外部から来た『嫁』は子供ができるまでは部外者扱いされるのか。
子供が生まれない限り、その家との繋がりができない。
外の家や知らない土地に来て、子供ができるまでは孤独ってか。命をかけて死ぬ思いをしないと家族になれないってか。
そんな目に、デルフィナを遭わせたくなんかない。
ベネディクトだってそうだ。彼の場合は、立場は嫡男になったとしたって、いつまで経っても家族として扱われない。直接的な血の繋がりがないんだから。
だから、あっちへ養子に、次の都合でこっちの養子に。
こんな扱いを続けられては、ベネディクトは健全な『自分』を持つ事が出来なくなる。
既に出来てないし、このままでは将来も乙女ゲームのキャラの通り、無気力になってしまう。
──そんな風にしてたまるか。
「ベネディクト」
私は、彼が膝の上に置いていた両手をガッチリ掴んで握りしめた。
流石に驚いたのか、ベネディクトは目をむいて私の顔を凝視してくる。
「私は貴方と同じです。私にも決定権がありませんでした。
でも、私はこのままでいるつもりはありません。だから、貴方も今のままでいる必要はありません」
そう告げると、ベネディクトはキョトンとした顔をする。
「貴方は私の息子になるんです。
だから今後は私に、何でもいいので何か感じたら報告してください。私も都度都度聞きます。
どう感じた? 嫌だった? 好ましかった? イラッとした? 悲しかった? 楽しかった? ワクワクした? ドキドキした?
何でもいいので私にその日感じた事を教えて下さい」
私が勢い余って顔を寄せると、ベネディクト、ドン引き。
そんなに引く? ま、構わない。私はガンガン行くからね。
「どうですベネディクト。今、どう思っています?」
私は、彼の真意を知りたくて、彼の瞳を覗き込む。
エリックよりも青が薄い、アイスブルーの瞳が揺れているのが見えた。
「……よく分かりません」
そりゃすぐには出てこないよね。大丈夫。分かってる。少しずつ行こう。
感情は、一度麻痺してしまうと復活するのが大変だからね。
「では、貴方がウザいと思うまで、私は貴方に話しかけ続けますから、ウザいと思ったら、すぐに言って下さいね」
そう力強く伝えると、ベネディクトは少しだけ困ったような顔をして、小さくコクリと頷いた。
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