第211話 状況を整理した。

 ここに来て複雑に事が動いた。

 何かの意図を感じる程に。


 妹④の結婚話。相手はカラマンリス領のカザウェテス子爵。子供が二人。恐らく十三・四歳のベネディクトとアティと同じ程のベルナ。


 そこまでなら、よくある後妻話だと思った。

 若い娘を後妻として迎えるなどよくある話だ。まだ子供が欲しいのかもしれない。

 ツァニスと近づきたくて、私の妹に白羽の矢を立てたのだろう。それも理解できる。


 しかし、嫡男であるベネディクトが私たちの養子となるとまた話は変わってくる。

 嫡男を養子に出す理由が分からない。

 侯爵家の嫡男として養子になれるのなら、恐らく子爵とはいえツァニスと血が近いのだろう。

 ツァニスには兄弟がいないから、ツァニスの叔父や大叔父の血が入っているのかもしれない。


 ベネディクトに侯爵家の養子になれる資格があるとしても、何故?

 ツァニスと強い繋がりを作る為?

 いやでも。侯爵家に養子のチャンスがあるなら、ここで出張ってくるのは子爵ではなく伯爵家の筈。

 カラマンリス領には、カラマンリス領を実質統治している伯爵家がある。そこから出すのが自然だと思うのだけれど。

 何故そうならず、子爵家の嫡男なんだ?

 伯爵家ではなく子爵家が出張る意味と意図は?


 そして。


 ベネディクト、ベルナ。

 この二人が、乙女ゲームの登場キャラなのが気になる。

 ベネディクトは攻略対象だし、ベルナは主人公のライバルから友人になるキャラだ。乙女ゲームの主人公に近しいキャラたち。

 ただ、まだ詳しい事が思い出せない。

 どんなキャラだったっけ?


 ええと──


「アティ! お手玉ビーンバッグしよ!」

 そんな声で思考が中断される。あー。あの声は妹⑤バジリア。

 私が寝そべっていたカウチに一緒に座っていたアティが、声をかけてきたバジリアと私を交互に見る。

 そして、アティはゆっくりと目を見開いていった。

「おかあさまだ!」

 突然そう叫んだ。え? 何アティ、今更どうしたの?! 私が何?!

「え? 何アティ、私がどうしたの?」

 アティは興奮した様子で、私とバジリアを交互に指差してくる。

「おかあさまなの!」

「え? うん。そうです。私が母です」

 なんか、変なおじさん的な返事しか出来なかったやんか。アティごめん、どういう意味?


「あ! 分かった!」

 何かに気づいた妹⑤バジリア。アティの前に膝をついて視線を同じにすると、アティの手を取り自分の頬にあてがった。

「遊んでる時、アティ、間違えてボクの事『おかあさま』って呼んだんだよね!

 でもね、呼んだアティ本人がすごく不思議そうな顔してたんだ」

 バジリアに言葉に、アティがコクコクと激しく頷く。

「そうなの! おかあさまとね! おなじなの!」

 興奮した様子でアティがそう答えた。

 ──ああ、なるほど。そういう意味か。

「そうだね。私とバジリアは凄く良く似てるよね。アティよく気がついたね」

 私はそう答えて、アティのプクプクの頬っぺたを突っついた。


 妹⑤・バジリアは、妹たちの中でも一番私に良く似ている。クリソツだと良く言われた。

 唯一違うのは瞳の色かな。バジリアの瞳は私よりもセルギオスに良く似ていて、綺麗な琥珀瞳アンバーアイだ。


「だからね! アティ、バジリアすき!!」

 ニッコリ微笑んだアティがそんな告白をブチかます。

 言われた当のバジリアは

「……強烈ゥ……」

 驚き顔でそう呟いたのち、フニャリと顔を崩した。

 アティからのダイレクト愛の告白の威力は凄かろう。うん知ってる。一撃必殺の最強技や。


「アティ。バジリアが誘ってくれたから、お礼を言ってからお手玉ビーンバッグやってきたら?」

 私がそうアティに勧めると、アティは顔に『?』を浮かべた。

 ああそうか、お手玉ビーンバッグを知らないのか。

「豆が入った小さな袋を投げて遊ぶの。バジリアは上手いから見せてもらうといいよ。凄いよ」

 器用さは私以上だね。コレのお陰か、バジリアはナイフの腕は百発百中。私以上。

 まだアティと同じぐらいの歳の時に、元夫アホの写真を的にして投げナイフの練習してたのはこの子と、同じくナイフ捌きの達人の妹②です、ハイ。


「ニコラ」

 私は、部屋の片隅で一休みしていたニコラを呼ぶ。私が許可したので、マギーと一緒に部屋の片隅のテーブルで休憩していた。

 呼ばれたニコラは、少し疑問顔をしながらパタパタと私の方へと近寄ってくる。

「バジリア。この子はニコラ。私の執事として教育中なの。一緒に遊んでくれる?」

 そうバジリアに声をかけると、ハッと気づいたバジリアはコクコクと頷いた。

「ニコラ。この子は私の妹のバジリアです」

 ニコラにもそう紹介した。

「……よろしく」

 ニコラはちょっと眉根を寄せてそう返事した。あ、コレ、ニコラじゃない。テセウスか。

 しまった。どう説明しよう。

「そうか、えーと……」

 私がニコラの名前を訂正しようとした時

「いいよ、ニコラで。めんどくせぇだろ?」

 テセウスが少しふくれっ面でそう零した。

 あー。確かにねぇ。ニコラとテセウスの事を説明するのはクソ面──大変だしね。

 いや、でもそうはいくまい。

「ええとね、バジリア。この子には二つ名前があってね。その時々によって呼び変えて欲しいんだ」

 そう説明すると、バジリアがキョトンとした顔から一変、目を輝かせた。

「二つ名っ……」

 違う、そうじゃない……なんでそう中二病的発想に行っちゃうのかな!?

 え? 身に覚えがないのかって? あるよ!!!

「ま、そんな感じ。だから今はニコラじゃなくてテセウスって呼んでね」

「うん! テセウス! よろしくね! 私はバジリア!」

「……そこはかとなくエリック臭がするけど……よろしく」

 テセウスのそんな呟き。気づいた。私もちょっと、そう思ってたっ。


 バジリアは、さっそくテセウスとアティを連れて、暖炉前で遊んでいる妹⑥キリシアと妹⑦カーラ、そしてカザウェテス子爵の娘・ベルナのもとへと行った。

 あー。なんか、面白い事になりそう。テセウス、あの猛烈姉妹たちにどう対処するかな。ちょっと見物みもの。……いや、なんか、精神年齢はテセウスの方が高そうだから、遊んでもらうのは妹たちの方な気がする。


 さてと。そっちは良いとして。

 私は居間のソファがある方へと視線を向けた。

 ソファの方では、末弟ヴァシィとカザウェテス子爵の息子──私の養子となるベネディクトがボードゲームをしていた。

 ヴァシィはベネディクトの存在がよほど嬉しいのだろう。……そうだろう。普段はあの強烈な姉たちに振り回されっぱなしだしね。

 同性の友達が欲しかったんだろうな。

 ……アティも欲しいかな。ベルナ、友達になってくれないかな。


 いかん。思考がズレた。

 私はカウチから立ち上がり、ソファで遊ぶ二人の方へと近寄って行った。

 私が来た事に気づいたヴァシィが、キョトンとした顔で私の事を見上げてくる。

 私は二人の間に膝をついて両方の顔を交互に見た。

「ヴァシィ、遊んでいるところ申し訳ないのだけれど、ベネディクトを借りてもいいかな?」

 そう尋ねると、ヴァシィはボードゲームとベネディクトの顔を交互に見る。

 私は今度はベネディクトの方へ話しかけた。

「ベネディクト。少し私とお話してくれませんか?」

 そう尋ねると、彼は首を傾げた。結構な角度だけど、首、痛くない?

「ああ、そんなに長い間じゃないので。少しだけ」

 そう言い募ると、ヴァシィはウンと頷いた。

 それに応じたのか、ベネディクトもコックリと頷く。

「じゃあ、続きはあとでね!」

 ヴァシィはそう言って、ボードゲームはそのままに暖炉の方でお手玉ビーンババッグをする妹たちの方へと駆け寄って行った。


 私は、ボードゲームの駒が動かないようにそうっと持ち上げて床の上に置くと、空いたソファの所に腰を掛ける。

「はじめまして、ベネディクト。私の名前はセレーネ。貴方の親戚、ツァニス様──カラマンリス侯爵の妻です」

 そう、自己紹介した。

「ベネディクト・タナシス・カザウェテスです」

 彼はキョトンとした顔のまま、私に返事をするかのように自己紹介しかえしてくれた。

 ……独特な空気の男の子だなぁ。フワフワしてるというか、なんというか。掴みどころがなさそうな雰囲気を持っている。

 茶色と黒が良い具合に混ざった髪は少しウェービー。少し表情を隠す程前髪が長いのが少し気になるところだけれど。目、悪くならないかな。大丈夫なのかな。


「ベネディクト。養子の件は、聞いていますか?」

 変に隠し立てしていても意味がない。私は単刀直入に聞いてみた。

「……はい」

 彼はコクリと頷いた。

「私は素直な貴方のご意見が聞きたいのですが」

 そう前置きし

「貴方は、養子に入る事について、納得していますか?」

 そう、尋ねてみた。彼はもう子供子供した年齢ではない。


 ベネディクトは、首を横にコキリと音がしそうなぐらい傾げる。

 そして私の顔を不思議そうな目で見上げて来た。


「……する必要がないので」

 十三・四歳の少年からとは思えない答えがその口から発せられた事に、私の背筋にゾクリという悪寒が走った。

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