第209話 養子の話になった。
え?
は??
……え? ま、ちょ、え、ちょっと待って?
今何つった?
養子?!
「嫡男さえいれば、セレーネと離婚しろなどという事も周りから言われなくなる。
セレーネが決意するまで、待つ事ができる!」
ツァニスが少し興奮した様子で
いやいやいやいや! 待てって! 何?! 突然何?!
どっからその話が湧いて出た?!
「養子?! 何の話ですか?!」
聞いてねェ! 聞いてねェぞ?!
しかも『決まった』って、言わなかった?!
「ちょっと待って下さいツァニス様!
養子?! 決まった?! いつ?! いつ決まったんですか?!」
私が慌ててそう問い詰めると、ツァニスはキョトンとした顔をする。
「カラマンリス領地へ戻った時だ。
一年経っても子供が出来ないのなら、離縁して別の嫁を取れという圧力がかなり凄くてな。そんな時に、誰かが『養子を取ればいいのでは?』と言ったのだ。
確かにな、と思った」
いや、そうかもしれないけれど……え? そんな速攻で決められる事だったっけ? 侯爵家の嫡男の養子の話って。
「そうしているうちに、トントン拍子で事が運び、養子を取る事になったのだ」
え? それって変だよ。
そういう話はさまざまな方面へネゴや調整が必要となる。
トントン拍子で事が運んだって事は、つまり、この話が出る前に誰かが裏で既に手を回して話をつけていたって事じゃん。
誰かの思惑を感じる。
恐らくツァニスも感じていた筈だ。でも問題ないと判断してその話に乗ったのだろう。
──背筋にゾワリと嫌な予感が走り抜けた。
なんだ? 今、何かが脳裏に蘇って消えたぞ?
なんだ? 今、一瞬何かを思い出したような気がする。
「実は、今回ベッサリオンに来たのはそれもあったのだ」
ツァニスがキラキラした顔で私を見下ろしている。
ああダメだ、ええと、また、混乱してきた。
私は何を忘れてるんだろう?
どうした? 何だ? 何が気になる?
「養子は、今回こちらに来たカザウェテス子爵の息子、ベネディクトだ。
結婚話をするだけではなく、それもあって息子を連れてきてもらったのだ」
あの子が養子?!
え?! ちょっと待って頭が混乱してきた!
カザウェテス子爵はデルフィナの結婚相手、そしてその息子が私たちの養子になる?!
なんで?! どうしてそうなったの?!
私は本当に頭が痛くなってきて、その場で頭を抱える。
ああもう。
なんでこうなるんだ。
私が『自分で決定して決意したい』という事を考えている裏で、なんでそうやって勝手に事が決まってしまい、私の意思を常に置いて行こうとすんの??
私がモタモタしてるから?
侯爵夫人として動かなかったから?
そのツケがこれなの?
また私は見知らぬ子供の母になれと、他人から押し付けられるの?
なんで?
なんで??
「……ツァニス様は、いつから養子の事を考えていらっしゃいました? 領地へ行く前? 行った後?」
私は頭を抱えて俯いたまま、ツァニスに問いかける。
「正直に言えば、少し前から、考えていた」
ああ……そうなんだ……
「ただ、選択肢の一つとしてだったが」
そんな声が、頭の上から落ちてきた。
「何故、それを、決定する前に言ってくださらなかったのですか……」
顔をゆっくり上げながらそう問いかけると、ツァニスは『しまった』という顔をした。
「いや……そうだな……ただ、まだボンヤリ考えていただけで。
それに、領地で話が進んだ時には、セレーネが、子供が好きなら大丈夫だと言われ……」
またか。
また他人に言われた『私の気持ち』の方を信じたな。その方が都合がいいもんな。
確かに子供は好きだよ。分からないけれど、多分どんな子でもそれなりに可愛がれると思う。
養子も反対じゃない。むしろ、私はニコラを養子にしたかった。でも色々問題があるだろうと提言しなかっただけだ。
そもそも、そういう問題じゃない。
「なんで、決定なさる前に、一言言ってくださらなかったのですか?」
まただよ。
なんでまた私の人生が変わるかもしれない事を事後報告にしたの?
「それは、カラマンリス領に居た時に話が具体化したからだ。
セレーネがカラマンリス領に来なかったから──」
ツァニスが少しイラッとした顔で言い募ってくる。
それを私は鋭く見返した。
「具体化したとして、決定を保留するという選択肢を持たなかったのは、何故ですか?
その必要はないと、そう思われました?
カラマンリス領に来ない方が悪いのだ、養子の件が今まで全く話に上っていなかったとしても、話が出て決定するその場に私がいなかったのが悪いのだと、そうおっしゃる?」
「違う!」
私の言葉を慌てて否定するツァニス。
「じゃあ何故、私のいない場所で私に関わる事を私が知らない間に決定なさったの?
私は、その子の母になる必要はないのですか? 私はその子と無関係でいろと?
アティだけを可愛がっていればそれでいい、と?」
問い詰めていくと、ツァニスは口籠った。
ああ、もう。
本当に嫌だ。
どうして、こうも、私の存在を無視するんだ。
なら、侯爵夫人なんて役割に人間はいらないじゃないか。
首振り人形でも隣に置いとけよ。
それなら逃げないし、感情もないから苦痛も感じる事なく常に笑顔で頷いていてくれるぞ。
「セレーネ。お前の意見を聞く前に決めてしまってすまない。
ただ、それが良いと思ったんだ」
持ち直したのか、ツァニスが少し真剣味を帯びた声で語りかけてきた。
私はなんとか顔を上げて彼の顔を見返す。
「子供を産む産まないの選択の決定権は、セレーネに持たせてやりたい。
だが、周りが言うのも
口さがない者たちが、そのうち私だけではなくセレーネにもそう圧力をかけてくるだろう。セレーネにそんなプレッシャーを与えたくなかった。
だから養子を決めたんだ」
そう、ツァニスは養子を決定した理由を教えてくれた。
「そうでしたか。私に配慮して頂き、ありがとうございます」
まずはお礼を言った。私に選択肢を持たせてくれた事は嬉しい。
……同じ人間としてはごく当たり前だし、私の身体の事なのに私に決定権がない事が前提なのは納得できないが、この時代その方が当たり前の認識なので、今だけ個人的感情は我慢して飲み込む。
そして、私へのプレッシャーを何とか防ごうとしてくれた事も嬉しい。
しかし。
「それはつまり、自分たちがプレッシャーから逃げるためだけに養子の事を決めたという事ですか?
あの子──ベネディクトは、その為の道具なのです?」
そう問いかけると、ツァニスの顔からサッと赤みが消えた。
私の言葉に怒気が
少し目を泳がせたのち、慌てて口を再度開いた。
「しかし! 事実獅子伯の所もそう──」
「メルクーリ伯爵家はメルクーリ伯爵家です。あの中で行われた話の内容や事情は、外からでは窺い知れません。
私は、今、カラマンリス侯爵家の話をしております」
話をすり替えんなよ。
「私が言っているのは、自分たちがプレッシャーから逃げる為だけに、一人の少年の人生を左右する事を決めた事を言っています」
自分たちを守る為に他人を──しかも子供を道具として扱っている。彼はそれをナチュラルにやってのけた。
自分の子供として迎え入れるのではない。自分の盾として使う為に迎え入れるって事だ。
それが、許せない。
ツァニスがアワアワと言い訳を始める。
「いやしかし、カザウェテス子爵も他の貴族たちも納得し──」
「ベネディクトには? 確認しましたか?」
速攻で問い返すと、ツァニスは喉を詰まらせた。
ほらな。やってる事が私や妹の結婚と大差ないんだよ。
しかも、相手が子供だと思って侮ったろ。
カザウェテス子爵の息子・ベネディクトは、恐らく十三、四歳だ。物事の判別が出来るようになったどころか、そろそろ見え始めた大人の事情を鑑みる事すら出来るようになってくる頃合いの筈。
まだ拙くて多少短絡的かもしれないけれど、何も分からないワケじゃない。
「自分へのプレッシャー避けとして迎え入れた子を、ちゃんと人間扱いできます?
一度道具として扱った子を、次はそんな事しないと言い切れます?
今度は侯爵嫡男としての理想と役割を押し付けません?
もしかして、ただ自分の爵位を継がせる為だけの存在だから、愛する必要はないと思っています?」
「そんな事は──」
「本当に? ツァニス様、もし私が『私を個人として扱って欲しい』って言わなかったら、今頃どう扱っていたか、予想できません?」
ツァニスが言葉を失った。
恐らく私が反抗しなければ、私の気持ちなど確認などせず、やる事やって子供を産ませて、満足していただろう。
反抗しなければ受容したんだと勝手に判断して。
私の立場ですらそうなのだ。
まだ子供であるベネディクトに、意見を言う余地がどこにある?
「子供を求められる圧力は、私も痛いほど理解しています。特に、相手次第な場合。
貴方は前の結婚をしていた当時の私の立場です。その苦しさは身をもって味わいました。
でも、唯一私と貴方で、決定的な違いがあります。分かります?」
私はツァニスの苦悶の顔を見上げながら訪ねると、ツァニスが小さく首を横に振った。
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