第205話 妹の結婚話をした。

「それでは。バジリア」

 私が妹⑤・バジリアにそう声をかけると、待ってました! と言わんばかりにバジリアが敬礼する。なんなのソレ。姿だけじゃなく、私の中二病的な所がバジリアに嫌な形で遺伝してる気がするッ!

「じゃあ、アティちゃん! 犬見に行こうよ犬! 犬好きだよね!?」

 ソファに改めて座り直していたアティに、バジリアが手を伸ばした。


 アティは、ツァニスと私の顔を交互に見上げてくる。

 ツァニスが笑顔で小さく頷くと、アティはおそるおそるバジリアに手に応えた。

 そんなアティをガバリと抱っこしたバジリア。

 その瞬間、他のキリシア・カーラ・ヴァシリオスが動き出す。

 カザウェテス子爵の横に立っていた少年少女にも手を差し伸べた。

「行こう!」

 手を差し伸べたのはカーラ。物怖じしないのは、きっと、私に似たのではない。たぶん。

 当初、ビックリしていた少年ベネディクト少女ベルナだったが、反射的になのかカーラの手を取った。

 そして、子供たち全員でバタバタと忙しない足音を立てて応接間から出て行った。

「はしたない!! もう少しお行儀よくなさい!!」

 母が、応接間から走り去った子供たちに向けて、そう怒鳴りつける。

 その声、届いたかなァー。きっと届いてても左から右だろうなァ……

 嵐の後のような気怠さをその場に残して、弟妹達はその場を去って行った。


 さて。

 本番はここからだ。


 私が口を挟んだ事により、先ほどまでの話題が途切れたからか。

 祖父は咳払いをする。そしてデルフィナをちょいちょいと手で呼び寄せた。

 それに応じて、デルフィナは祖父が座るソファの横へと移動した。

「さて。今回いらしていただいた理由には、おそらく、デルフィナの件があるかと思いますが」

 祖父は、スルスルと話を始める。

「お話は以前いただいていたが、顔合わせは初めてでしたな。デルフィナ、ご挨拶しろ」

 そう促され、デルフィナは改めて挨拶する。

「デルフィナです。よろしくお願い致します」

 スカートの端を摘まみ、膝を折って頭を下げ、優雅に挨拶したデルフィナは、私の妹とは思えないほど完璧な伯爵令嬢だった。いや、間違いなく妹でもあるんだけどさ。

「我がベッサリオンは秋は多忙で、冬は雪と風に閉じ込められてしまう。なかなか話を進める事ができず、申し訳ありませんでしたな」

 ソファに座りつつも、祖父は姿勢を正して頭を下げた。それに応じて両親も頭を下げる。一瞬間を開けてしまったが、デルフィナも一緒に頭を下げた。

「春になると、また我がベッサリオンは忙しくなってしまう。そこで、春になる前に話を進めてしまおうと思うのですが、いかがか?」

 鋭い視線で、祖父はツァニスとカザウェテス子爵を見た。

 その言葉に、二人はコックリと頷く。

「そうですね。その方がよろしいかと」

 カザウェテス子爵がそう返答し、ツァニスも頷いた。


 ちょっと待てやコラ。

 当のデルフィナの意見は聞かんのか。なんでや。なんで当人が蚊帳の外なんだよ。

 思わず私が口を開こうとした瞬間、誰かに後ろからガッと二の腕を掴まれた。

 驚いて振り返ると、いつの間にか私の斜め後ろにお母様が移動してきて、ガッチリと私の二の腕を掴んでいた。

 お前は喋るなって事かい! こんな時ばっかり連携しやがって!! クソっ!!


 出鼻くじかれた! 話が進んでってる! 私が喋る人達の口元を見て、呼吸する瞬間を狙おうとした時だった。

「すみません」

 祖父の言葉にそう被せたのは、デルフィナだった。

「……なんだ」

 声を被せられたからだろう。祖父はこめかみに青筋を立ててデルフィナに振り返った。


 デルフィナは、一度口を開けて息を吸い込む。そして一度口を閉じてから、何か言おうと口を少し開く──が、言葉が出て来ていなかった。

 デルフィナの、前で組んでいる手が小刻みに震えている。

 デルフィナ! 頑張って!! 姉ちゃんは猛烈応援中だよ!!!

「何もないなら遮るんじゃない」

 デルフィナが言葉を発する前に、祖父がそうピシャリと切り捨てた。

 このっ!! 待つって事が出来ないのかよ!!

 いっつもそうだ! いっつもそうだ!! 祖父に意見する時は秒で返答しなければならない!! 祖父には私たちの葛藤など見えていない!!

 ギリリと奥歯を噛みしめる。

 私が少しでも動くと、母が私の二の腕を握り潰さんばかりに強く握ってきた。

 ムカつく! 貴族の体面など知るか! 私は妹の方が可愛いんだ!!


「お祖父じい様」

 再度話を再開させようとした祖父に、私は速攻で口を挟む。

 デルフィナが私の事を見て小さく首を横に振った。

 周り全員の視線が私に集中する。

 私は、スカートの裏に隠した手を固く握りしめた。

「デルフィナの、言葉を、待っていただけないでしょうか?」

 怒りで締まった喉から、なんとかそう絞り出した。


 お願い。聞いて。孫娘の言葉を。そうやって黙殺しないで。

 デルフィナは、誰かにあげる為だけに育てられた、オマケじゃないっ……


 祖父は、そう言った私を、足元から舐めるように視線を這わせてから、私の顔を見た。

 そして


「必要ない」


 バッサリと、そう、切り捨てた。


 ***


 窓から、屋敷の裏庭で犬たちと走り回るアティと弟妹たちの姿が見えた。

 きゃっきゃウフフと笑い転げつつ、アティは犬を追いかけたり追いかけられたり。

 たまに、カーラにコマンドを教えてもらいつつ、アティから命令してみてはいたけれど、ボス以外の言う事は聞いてくれる筈もなく、飛び掛かられて顔をベロンベロンと舐められていた。

 その場にはニコラと、カザウェテス子爵の子供たちもいた。子犬たちと『取ってこい』の遊びしてる! 木の棒投げて子犬たちがワチャワチャと棒に群がる。しかし持って帰って来ない! だよね!!

 羨ましい! 混ざりたかった! 私も一緒にアティと弟妹達と遊びたかった!!


 そんな事を思いつつ。


 私は軟禁された部屋の窓のカーテンを閉じた。

 くそっ。この部屋の窓は外から鍵がかかってんだよな。

 昔ここに軟禁された私が、この窓から出てベランダから飛び降りて脱走した事があったからな! この客間の窓は、出た先のベランダが隣の部屋と繋がっていて、鍵を外すには隣の部屋からベランダに出ないといけない。

 ちっくしょう!! またここに軟禁されると思わなかった!!


 軟禁された理由は簡単。

 私が大暴れしたから。

 いや……我慢できなかった。できなかったよ。ごめん、デルフィナ……


 母の手を振りほどいて祖父に詰め寄った。

 なんでなんだと怒鳴ったら、祖父に客前だと怒られた。それでも食い下がったら。

 ビンタくらったよ。

 祖父のビンタは手の甲で思いっきり振り抜くから痛いんだよな……脳が揺れたわ。

 倒れないようなんとか踏みとどまったが、私は完全に頭に血が上らせてしまい、祖父に掴みかかろうとした。

 が、その瞬間、家人に横からタックルされた。

 止め方は……相変わらず、なんですね。ホント。私が成長していないって言われたら、それまでなんだけど。

 応接間から引きずり出される間、なんとかデルフィナの言葉を聞いてと懇願したが。聞いてくれたとは正直思えない。

 私が応接間から引きずり出された後に、母とデルフィナも部屋から出て来たから。


 母は、私を羽交い絞めにした使用人に『いつもの部屋に』と命令した後、私に向かって


「大人になりなさい」


 そう、吐き捨てた。

 私を心配したデルフィナが私の方へ来ようとしたので、首を横に振って拒否した。

 母へついていけ、自分の立場をこれ以上悪くするな。

 私のそんな思いが届いたのか、泣きそうな顔をしたデルフィナだったが、廊下をスタスタと歩いて行ってしまった母の後を追って行った。


 ツァニスの連れたゲスト──カザウェテス子爵がいる場所でブチ切れたのは、確かに大人げなかった。

 もっと、穏便に、それこそアンドレウ夫人やマギーのように、搦め手を使って進言すればよかったんだけど。

 出来なかった。私には、そういう事、出来ないのかな……くそっ。


 ただし。後悔はしていない。

 おそらく、私が大暴れした事によって、結婚話の結論はその場では出なかった筈だから!

 その場を流せただけでも充分!

 やり方は……スマートとは、程遠かったけれど、ね……


 私は、部屋にそなえつけられた椅子に座った。

 ここは住み込みの家人たちの為の予備の部屋。

 家人たちが私をここに入れる時の顔が印象的だったな。

「セレーネ様。お気持ちは分かりますが……」

 私にタックルをしかけてきた一人が、そこまで言ってから口を閉ざす。

 彼は屋敷の執事兼私兵の一人だ。私に護身術とかを教えてくれた人。父や母と同じぐらいの歳で、放っておかれた私に色々な事を教えてくれた。

 さすが、長年私を止めていただけはある、タックル、綺麗だったな。タックルされた私自身は怪我もしていない。見事。


 私は、溜息を一つついて天井を仰いだ。

 実家に戻って来たのは、間違いだったのかな。

 大人しく、カラマンリス領へ行っていればよかったのかな。

 そうしたら、デルフィナの結婚話をカラマンリス領で聞く事になっただろう。カラマンリス領だったら、こんな事にはならなかったかもしれない。ツァニスの面目も潰さずに済んだだろうし。いや、それだとなんだよな……

 いっそ、やっぱり実家にも戻らずカラマンリス領へも行かず、一人旅すればよかった。

 それで自分の事をちゃんと振り返っていれば、こんな面倒ごとには、ならなかったんじゃないかな。

 面倒ごと──いや、妹の結婚は面倒ごとなんかじゃない。


 きっと、意味がある。私が行先にベッサリオンを選んだ意味が。

 自分では気づいていないかもしれないけれど。

 きっと、そう。たぶん。おそらく。そんな気がする。気のせいかも。


 はぁ。

 デッカイ溜息を洩らした瞬間だった。


 コンコンコン


 小さく、扉がノックされた。

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