第204話 夫たちが迎えにきた。

「落ち着いて。まずはカラマンリス侯爵様にご挨拶!」

 私が厳しい声を向けると、弟妹たちはピシリと背筋を伸ばし、私の横にすちゃっと整列する。そして、ゆっくりとした足取りでこちらに向かって来ていたツァニスへと向き直った。そしてそれぞれが膝を折ったり頭を下げたりする。

 うん、相変わらず統制は完璧。その前がなぁ……


「お久し振りです、ベッサリオン伯爵。急な来訪を快諾してくださり感謝します」

 私たちの目の前まで来たツァニスが、慇懃いんぎんに頭を下げた。

 久し振り? ああそうか。祖父や父はツァニスに会った事があるのか。そりゃそうか。私の結婚を決めたんだもんな。私は結婚前に顔を合わせた事がないから、おそらく領地外で会ったんだろうな。

「こちらこそ。このような地へお運びいただき、ありがとうございます」

 返事をしたのは、父ではなく祖父だった。……爵位はもう父に継承しているんだけど、実質的なトップはまだ祖父だ。

 次いで両親も頭を下げた。私もアティを抱いたまま立ち上がり、そして軽く膝を折る。

「元気そうで良かった、セレーネ」

 ツァニスが、私の顔を眩しそうに見つめながらそう呟く。

「ツァニス様。この度は、私のワガママを許してくださり、ありがとうございます」

 祖父両親の手前、丁寧に対応する私。でも、これは本心だよ。ツァニスありがとう。

 ツァニスは何も言わなかったが、小さく頷いた。


「さあ、寒かったでしょう。まずは旅の疲れを癒してくだされ」

 そう言って、祖父はツァニスを屋敷の方へといざなう。その言葉を受けて、家人たちが速攻で動き出した。

 私が馬車の方へと視線を向けると、マギーやサミュエル、ニコラやルーカスの姿が見えた。彼らは馬車から荷物を下ろしたりしている。

 私が見ている事に気づいたのか、彼らがこちらに視線をくれる。私がほほ笑むと、彼らも頷いたり小さく手を振ったりしてくれた。

 元気そう。良かった。カラマンリス領の方で何かあったりしたかな。大丈夫だったかな。


 ──と、ふと。

 後ろの馬車から、身なりの良い人たちが降りて来た。

 誰だろう? 使用人とかじゃなさそう。振り返ると、ツァニスが手招きをしていた。と、いう事はゲストか。

 ツァニスやアティ以外にも、カラマンリス領から来たって事? ……なんで?


 その瞬間、デルフィナの結婚話が脳裏に蘇った。

 ──まさか。

 でも、紹介されていないので声をかけるワケにもいかない。

 私はアティを抱いたまま、弟妹達に屋敷へ入るように促した。


 何か、少し、胸がザワザワとざわめいていた。


 ***


「改めて紹介させていただこう」

 応接間にて。

 ソファに座ったのは祖父と父。その向かいには、ツァニスともう一人のゲストが座っていた。

「私と息子の事はもうご存じでしたな。こちらが息子の嫁です」

 そう紹介されて、祖父と父のソファの横に立った母が、スカートの裾を摘まんで膝を折る。

「この度は遠路はるばるベッサリオンまでお越しいただき、本当にありがとうございます」

 母は上品な声で丁寧にそうお礼を述べた。

「そして──まぁ、セレーネは、な」

 何、お祖父じい様、その『な』って。

 私はツァニスたちが座るソファの横に立っていた。祖父に顎をしゃくられたので、内心舌打ちをしながらも、私は弟妹たちを改めて横に並ばせる。なんとか顔に描いたような笑顔を貼り付けた。

 こういう時、祖父はダブルスタンダードになるんだよな。

 なんで私に弟妹達の紹介をさせるんだよ。お祖父じい様とお母様の言い分だと、私はもうカラマンリスの人間になったのに。クソっ。いいけど。


「ツァニス様、こちらが私の弟妹達です。左から、デルフィナ、バジリア、キリシア、カーラ、ヴァシリオスです」

 私が名前を述べていくと、名前を呼ばれた弟妹たちが順々に頭を下げて行く。

「初めてお目にかかります」

「初めまして!」

「よろしくお願いしますー」

「ハイ!!」

「……」

 カーラ、『ハイ!』って。私が呼んだから返事したな。可愛いヤツめっ!! でも、違う。そうじゃないんだ。ヴァシリオスは緊張して言葉が出なかったみたい。物凄い勢いで頭を下げただけだった。

 そんな様子を、ツァニスは柔和な笑顔で眺め

「噂はセレーネからかねがね伺っています」

 そう言って小さく頷いた。


「こちらは私の娘のアティです」

 今度はこちらの紹介を、という感じで、ツァニスの隣に座らせていたアティを紹介する。

 紹介されたアティはぴょいっとソファから飛び降りると、スカートの端を摘まんで縦にぴょこっと動いた。可愛いッ!!

「アティです。よろしくおねがいします」

 ご挨拶も完璧!! もう既に完成体ね!! いいよアティ! 最高に可愛いよ!!

 祖父や両親もそう思ったのか、アティの挨拶を見て顔を崩していた。さすがアティ。アティならあの人たちも簡単に篭絡ろうらくできるよっ!!

「そしてこちらが──」

 ツァニスは、アティと反対側に座っていた、身なりの良い男性の方を向いた。

「私の親戚で、カザウェテス子爵です」

 そう紹介すると、その男性──カザウェテス子爵が頭をゆっくりと下げた。


 カザウェテス子爵──そうか、これがデルフィナの結婚相手。

 今回ツァニスがこっちに来るという話になった時にでも、『じゃあ丁度良いから』と一緒に来たのかもしれない。

 歳の頃は私やツァニスより上。獅子伯より、もしかして上かもしれない。少し白髪交じりになった黒髪を、ツァニスと同じように後ろへと流していた。

 ウチの方が伯爵家で爵位は上だけど、カザウェテス子爵の方が上等なものを着てる。さすが、カラマンリス領。

 で。

 私は更に気になっていた方へと視線を向けた。

 それは、カザウェテス子爵の横、ソファの隣に立った、少年と少女だった。

「そして、その隣が、カザウェテス子爵の息子のベネディクトと、娘のベルナです」

 ツァニスのその言葉に、少年と少女はペコリと頭を下げた。

 ベネディクトと呼ばれた少年は……おそらく、歳の頃はキリシアやカーラと同じぐらいか。イリアスよりは上だね。たぶん。

 かたやベルナと言われた少女は、アティと同じか少し上ぐらいか。

 大きな猫目が可愛い。きっと大きくなったら、アティとは違う方向の美少女に──


 ベネディクトとベルナ?


 名前に、覚えがあるぞ?

 ちょっと待て。どこで聞いた? どこだ? カラマンリス領の貴族なんて、私は殆ど知らない。カザウェテス子爵という名前すら初めて聞いたんだし。

 だからその息子娘の名前に聞き覚えがあるワケ──


 思い出した。


 この二人、乙女ゲームに出て来たキャラだ!!

 ベネディクトは攻略キャラ、ベルナは最初はライバル、その後友達になるキャラ!


 うっそ、マジで? 乙女ゲームの流れからは完全に逸れたと思っていたのに!

 ここでなんでまた出会っちゃうんだ!?

 あー。マジか。

 どうしよう、これ、マジでヤバイ流れになりそうなんだけど。

 元のゲームの方はどうなってたんだ!? いや、悪役令嬢の継母の妹が攻略対象の義母になるとかって! 知らんがな!!


 もっと思い出せ! もっと思い出せ!! これはとても重要な事だ!

 二人の事を思い出した瞬間から、また頭の中で無意識の警報がガンガンに鳴ってる!

 どうしよう!?


「──セリィ姉さま」

 自分の思考に入ってしまっていた所で、妹⑦・カーラに袖をツイツイと引っ張られた。

 私はハッとして妹の顔を見る。

 私は慌てて、でも気づかれないように辺りを見回した。

 ツァニスとカザウェテス子爵、お祖父じい様と両親が、何やら別の話を始めていた。

 ……あー。なんかさっきから『じゃじゃ馬が』云々聞こえるゥー。お祖父じい様、ここぞとばかりに私をコケにしてるや。クッソ!!


 でも。

 ツァニスはニコニコと頷きつつだったが、ただひたすら『そんな。私には勿体ない女性です』『とても素晴らしい女性です』と、祖父の言葉をそれとなく否定していた。


 ……ツァニス、やるやーん。

 いつぞや、子爵にキレ散らかしたのが功を奏したか。

 ありがとうツァニス。ツァニス、本当に変わったね。出会った頃とは別人のようだよ。


「セリィ姉様ー」

 今度は妹⑥・キリシアが私の顔を見上げてボソリと名前を呟いてきた。

 あー。確かにねー。このまま話に入れずただ突っ立っていなきゃいけないのかって事だよね。うん、分かってる。祖父や両親はそんな事全く気にしない人だからね。


「お話の途中、すみません」

 盛り上がる話題で、喋る人が呼吸した瞬間を狙いすまし、口を挟んだ。

 会話を途切れさせた私を、祖父がイラっとした顔で見上げる。

 あーあーすみませんねェー。お話のお邪魔をしちゃってねェー。

「弟妹たちを下がらせても構わないでしょうか?」

 そう問いかけると、ツァニスはコックリと頷く。それを見た祖父も、面倒くさそうな顔をして手をヒラヒラとさせた。

 ヨシ。

「デルフィナは残れ」

 祖父から飛んだそんな鋭い声に、デルフィナの肩が小さく揺れた。

 ──ここで、結婚話を詰める気か。相変わらずせっかちだな。

 この場には祖父と両親が勢ぞろいしてる。私の援護で、デルフィナはちゃんと自分の意見が言えるかな……。いや、大丈夫。私のデルフィナは、そんな弱くない。

 デルフィナの顔を横目でチラリと見ると、デルフィナは強い視線で私を見返していた。そして、小さく顎を縦に振る。

「なら私も」

 そう返答すると、祖父は露骨に眉根を潜めた。邪魔だな、そう言いたげ。

 はははははは。思う存分邪魔させていただく所存です!!


 これは激戦になる。

 そんな予感が、私の膝を小刻みに震えさせていた。

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