第203話 上手く話しできなかった。

 四番目の妹・デルフィナの結婚話。

 これをするタイミングを逸してしまった。

 言い負かされた私は、ツァニスを迎える準備をするために、部屋へとスゴスゴと下がるしか出来なかった。

 自分の不甲斐なさに、凹んで部屋に戻った途端ベッドへと倒れ込む。

 クソ。悔しい。どうして上手くいかない。


 祖父の話と母の話は、結果は同じだけれど論点が違う。

 祖父は『女は家の為に尽くせ』、母は『貴族子女として振る舞え』。

 でも出てくる言葉が両方『セレーネ、わきまえなさい』になる。

 だから、祖父と母はお互いに好いてはいないけれど相性がいい。

 お互いがお互いの言葉を利用して補強し、私を追い詰める。

 心がゴリッゴリに削られた。キッツイ……

 あー。アティの頭皮の匂いが嗅ぎたい。心が瀕死です。エネルギーチャージしたい……


 失敗したな。実家に戻るんじゃなくて、一人旅でもすりゃ良かった。

 心を落ち着けて物事を俯瞰ふかんで見るどころか、前より居心地悪い場所になってらァ……全然落ち着けない。

 あ、でもそうしたらデルフィナの結婚話を事後報告されて、後から憤死する事になった。もう……なんなんだよまったく……


「セリィ姉様」

 ドアがノックされると同時に私の名が呼ばれた。

 あの声は、デルフィナ。

 私は重い身体をよっこらしょと起こして扉を開ける。

 その向うには、泣き笑いのような顔をしたデルフィナが立っていた。

 彼女が口を開く前に

「ごめんなさい!!」

 私は頭を上げて謝罪をした。

「私の話に飛び火して、肝心の話ができなかった。本当にごめんね」

 これが日頃の行いか……くそっ。反省しますッ!!


 顔を上げると、デルフィナがほほ笑んで首を横に振った。

「いいの。セリィ姉様。ごめんね、セリィ姉様に嫌な事押し付けちゃうところだった。これは、ちゃんと私から言わないといけない事だから」

 彼女は少し目を伏せて、何かを考えながらゆっくりと語る。

「セリィ姉様が帰ってきたから、つい前のように甘えてしまうところだった。でも、私もこの一年で変わったの。もう子供じゃないんだよ」

 再度私の顔をしっかりと見上げて来た妹の瞳には、強い光が宿っていた。

 その顔は、私が赤ちゃんの頃から知っている小さな妹ではなく、独りの女性として成長したものだった。


 ……嬉しい。でも、複雑。いつまでも甘えられたかった。

 でもダメだ。デルフィナが大人になって自立しようとしてるんだ。

 私が足を引っ張ってはいけない。

 もし本当に結婚して婚家へ行ってしまうとしたら、もう私は手助けできなくなる。

 いや、違う。もう私から率先して手助けする時期じゃないんだ。

 私は、彼女から助けを求められた時に迷いなく手を差し出し、何も言わず受け止めてあげる。それまでは、見守って余計な手出しをしてはいけない。

 強い子。強くなった。あのデルフィナが。

 背中スイッチがあって、ベッドに下ろそうとすると、火が付いたように泣きわめいたデルフィナが。初めての経験でどうしたらいいのか途方に暮れたあげく、私も一緒に泣いてしまったのが懐かしい。

 妹⑤・バジリアが生まれた時、赤ちゃん返りしてアレもしてコレもしてと甘えまくっていたあの子が。暫くはずっと私の背中にしがみついて離れなかったっけな。

 初めて馬に乗せた時、はしゃいで振り落とされたにも関わらず、ケラケラ笑っていたあの子が。落馬したのはその一回のみで、次からはどんな状態で乗っていても、ピッタリくっついているかのように落ちなくなった。

 私が離婚した時、元夫に罠を仕掛けると鼻息荒くしていたあの子が。泣いていた他の妹たちまで乗り気になって本当に止めるの大変だった。


 アカン、泣く。嬉しいのと悲しいのと寂しいのと。物凄く複雑な気持ち。


「……困ったら、相談して。どんな小さい事でもいいから。愚痴を言うのでもいいから。ずっと聞くからね。

 助けて欲しい事があったら、助けてって言って。アイコンタクトでもいい。私はいつでも、デルフィナを助けるからね」

 そんな言葉をなんとか頑張って絞り出す。

 その言葉を聞いて、デルフィナは花が綻ぶかのように微笑んだ。

「知ってる。だってセリィ姉様、私の事大好きでしょ?」

「……間違いない」

 ヤバイ、鼻水まで出て来そう。顔をしかめてなんとか持ちこたえた。

「大丈夫だよ、セリィ姉様。だって私は、セリィ姉様のように強くなりたいの。いえ、違うわ。セリィ姉様より上手くやってみせる」

 そう言って、少しいたずらっぽくウィンクしてくるデルフィナ。

 それは心強い。うん。そうだね。デルフィナは私よりももっと上手くできるよ。だって賢いし美しいもの。余計な心配だったね。


 私が少し腕を広げると、デルフィナは遠慮なく私の胸に飛び込んできた。

 そして、私の背中に腕を回しギュッと抱き着いてくる。

 私も彼女の身体を、優しく、そして少し強く、抱き締め返した。


 ***


 昼過ぎ。春が近いので日差しは暖かい。静かにしていると、雪解けの音が色々な場所から聞こえてきた。

 家族と家人が、屋敷の前に勢ぞろいする。

 正面中央にお祖父じい様、その片側に両親、反対側に私が立った。弟妹は私の横と後ろに控えている。家人たちが、後ろでひそひそコソコソうきうきと話をしている。なんとも言えない高揚感が漂ってきていた。

 お祖父じい様も両親も、心なしか緊張してる。

 そして、こちらへと段々と近寄って来る馬車へと注目した。

 来た、ホントに来た。マジで来た、ツァニスたちが。


 馬車が止まると同時に、家人たちが走り寄って扉を開ける。

 その向うから、久し振りに見る夫が姿を現した。

 少し……痩せた? 顔しか露出されていないから体型は分からないけれど、少し頬がコケたように見える。いや、光の加減か。それか、ここまで来る道中大変だったのかも。慣れないと馬車でもツライもんね。

 腕にはアティを抱いていた。アティは猫耳の毛糸の帽子(マギー特製)を被って相変わらず可愛いっ! ちょっと見ない間にまたメッチャ可愛い度が増したね!?


 私がそちらを凝視していると、こちらを振り返ったツァニスと目が合う。

 彼はフッと顔を柔和に崩した。

 ツァニスの首にしがみついていたアティが、キョロキョロと辺りを物珍しそうに見まわしている。

 ツァニスに耳打ちされ、ヒュッと首を回して私の方を見た。

「おかあさまっ!!!」

 ツァニスの首から手を離したアティが、私の方へとブンブンと腕を振る。身体を乗り出した為、ツァニスはそっとアティを地面へと下ろした。

 地面に降り立つと共に、アティはこちらへと走り寄ってくる。


 私は膝を折って腕を広げた。その胸に、ガバッと抱き着いて来るアティ。

「おかあさまっ」

 私の首にグリグリと頭を擦りつけてくるアティ。反射的に頭皮の匂いを嗅ごうとしたら帽子が邪魔だった! ああん! 憎いなこの帽子! 可愛いけどさ!

「アティ。元気だった?」

 私がアティにそう問いかけると、私の顔を見たアティが、『ハイ!』と元気よく返事をする。

 ──が、その目が、ひん剥かれてビシリと固まった。


 え? と思ってアティの視線の先を辿ると。

 まるで煎餅を手にした人間に群がる鹿のように、私の周りを弟妹たちが取り囲み、ワクワクといった顔をしてアティの事を見下ろしていた。

 怖いよ! 何コレ! かごめかごめみたいになってんぞ!

「この子がアティちゃん? 可愛い!! ちっちゃい!!!」

「凄いー。これがプラチナブロンドー? 凄く綺麗ねー。シルクみたいー。でもフワフワー」

「ホントね。天使ね。天使がいるわ。天使そのもの。あ、天使って実在してたのね」

「紫の瞳って初めて見た。綺麗だなぁ。目も大きい。こぼれそう」

「お帽子可愛いね! 誰に作ってもらったの?! 凄く似合ってるね!」

「私はキリシアー。アティちゃんよろしくねー」

「ボクはバジリア! 会えて嬉しい!」

「私はデルフィナよ。手紙でセリィ姉様が貴女の事を沢山教えてくれたの。初めて会った気がしないわ」

「僕はヴァシリオス。初めまして」

「私はカーラ! 犬が好きなんだってね!? 会いに行く!?」

 弟妹達の怒涛のラッシュに、アティは固まっていた。

 待て待て待て待て。アンタたちの勢いに、アティついていけてない!!


 ホント、オモチャを前にした犬みたいだよキミたち……もうみんなイリアスやゼノより上でしょうが……イリアスとゼノのシッカリさを改めて実感するわ。こんなにも違うもんかね。

 ……もしかして、やっぱり母の言う通り、私の教育はちょっとダメな部分が多いのかもしれない。ゴメンよ弟妹たち。

 私は自分の不甲斐なさを感じつつ、周りを取り囲む弟妹達の顔を見上げた。

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