第202話 文句を言いに行った。

 あンのクソジジイども! 孫娘、自分の娘にこんな不安を与えやがって!!

 どうせデルフィナの意見なんぞ聞いてないだろ?! デルフィナが、ベッサリオンに居たがってるのなんて知らないだろ?!

 もしや、知っててゴリ押したか?!

 だとしたら、いくら肉親でも許さねぇぞッ……


「デルフィナ、確認させて?」

 私は、胸に抱き込んだ妹に、そのままの状態で尋ねる。


「結婚自体はどう? 嫌?」

 すると、デルフィナの頭が左右に少し動いた。

「相手が凄く歳上な事は? 相手はどう? 納得できる?」

 尋ねても、動かない。肯定も否定も、できるほどは分からないって事か。会った事がなさそうだから、そりゃそうかもしれない。

「デルフィナは、ずっとベッサリオンに居たい?」

 私の言葉に、少し間を置いたのち、デルフィナの頭が上下に動いた。

 そっか。デルフィナは、ベッサリオンが本当に好きなんだね。なら、その願いは叶えてあげたい。

「最後に。私から、お祖父じい様や、お父様やお母様に、意見しに行っても、いい?」

 デルフィナが嫌がるならしない。

 デルフィナの立場がなくなるから。

 でも、私に言ったって事は──


 デルフィナは、小さく、頭を上下に振った。


 分かった。

 分かったよデルフィナ。

 私は──姉ちゃんは、貴女の為に鬼にでもなるわ。

 勘当? 上等。今すぐ屋敷から叩き出される事になったって構うもんか。

 仕事場に怒鳴り込んでやらァ。


 デルフィナにこんな事したって事は、妹⑤・バジリア、妹⑥・キリシア、妹⑦・カーラにも同じ事すんだろ? 下手したら、もうしてるかも。みんな婚約出来るお年頃だ。

 ……もしや、妹①②③にも、同じことをした?

 だとしたら許さねぇぞ。


 私は、兎に角まず、デルフィナが落ち着くまで、彼女の身体を抱きしめて、その背中をゆっくりと撫でた。

 走り回っていた馬たちが、いつもとは違うデルフィナの様子を心配したのか、立ち止まって私たちの周りを囲み、不安そうな目でこちらを見下ろしてくる。


 地平線から太陽が出て来たのか、山の向こうから陽の光が柔らかい線となり、辺りを明るく照らし出し始めていた。


 ***


 祖父と両親、どっちを先に問い詰めるかといったら。

 大ボスはお祖父じい様だ!! RPGゲームでもいきなりラスボスには挑まない!! 先に中ボスから攻略だ!!

 違った! 母は中ボスじゃない! ラスボスと対となってるもう一人のラスボスだ! ってかラスボス二人いるんかい! いけるか!? ……個別撃破ならなんとかいけるかもしれない。

 気合を入れて挑まねば!!


 ……父? ああ、父は話しても無駄だもの。そういう事は全て祖父と母に任せっきりで、話なんてしても無駄だから。

『そういう事はお祖父じい様言え』

『そういう事は母親の役目だ母親に言え』

『うるさい、忙しい』

『勝手にしろ』

 これ以外の言葉を聞いたことがない。


 両親祖父とは顔を合わせたくない一心で朝食は別で取るってしていたし、まだ先に片付けたい事があったから、挑むのが昼前になっちゃった。

 まぁいい! 戦いに時間は関係ない! いやある! 早めがいい! 嫌な事は先に終わらせてしまいたいタイプですから!!

 私は、母上がいる筈の部屋に向かって、屋敷の中をドスドスと歩く。

 途中でバタバタ忙しなく動き回る家人を捕まえて、母の居場所を聞いた。

 応接室か。よっしゃ! いざ! 参らん!!


 応接室の扉は開いていた。中から複数の人たちが動き回る音がする。

 私は開いた扉の横に立ち、一度深く深呼吸する。

 イケるよ自分、負けるな自分、大丈夫、大丈夫、大丈夫。

 鋭く一度息を吐いてから、胸に気合と空気を貯め込んだ。

「お母様! お話があります!!」

 そんな言葉と共に応接室へと飛び込む。

 部屋の中の人物たち──母を始めとして数人の視線が一気に私に向いた。

 お母様は驚いた顔をして、冬に咲く花を花瓶に生けていた手を止める。

 家人たちも、清掃と飾り付けの手を止めて私を凝視──


 ん?

 なんで応接間を飾り付けてんの?

 誰か来んの?

 しかも、飾り付け方、なんか、ちょっと、豪華じゃね??

 普段出さない、お母様お気に入りのティーセットを出して来てる。

 え、誰が来るの??

 私を足の先から頭の上までジロジロと見た母が、溜息一発、緩く首を横に振って口を開いた。

「セレーネ。貴女もサッサと準備をなさい」

 え?? 何の???

「メイドに呼びに行かせたでしょう」

 え? ……あー。なんか、私を呼び止めようとした子がいたなぁ。勇んでいたので「後でね」って言っちゃってかわして来ちゃったわ。

「まさか、そんな恰好で出迎えるつもり? もしかして向うではいつもそうなの? いやね、私に恥をかかせないで」

 あー。また嫌いな言葉言われた。「私に恥をかかせないで」もう、耳にタコどころか塞がりそうな勢いで何かできそ──ん? 待て待て。『向う』?


 ──まさか!?


「いくら夫が許しているとしても、侯爵夫人として恥ずかしくない恰好をなさい。何度も言わせないで」

 母がゲンナリしながら言った言葉に、私の背中に衝撃が走り抜けた。

 って事はつまり!?

 ツァニスが来る!?

 ここに!?

 マジで!?

 そんなバカな!?

「カラマンリス侯爵様がいらっしゃるのっ!? いつ決まったのですか!?」

 聞いてないぞ!!

「貴女が戻って来てすぐよ。お祖父じい様が先方へ謝りの連絡を入れた時に」

 早すぎない!? なんでその時に言ってくれなかったの!?


 ……ん? 待て。謝り? なんで? なんでお祖父じい様が私に無断でツァニスに謝るの?

 私はツァニスに許可を貰って来たって、戻って来た当初も言ったよね? 確かにツァニスは良い気はしていなかったかもしれないけれど、なら謝るなら私からだ。代わりに謝っておいてなんて一言も言ってない。絶対言わない。

 なんでお祖父じい様が勝手に謝るの? ウチのバカ孫がすみませんって? ふっざけんな!!

 気持ちは分かる。理由も分かる。でも!

 私がカラマンリス領へ行かなかったのは私の意志だ。そこに祖父は関係ない。

 ツァニスには、そして待っていたかもしれないカラマンリス領の人たちには申し訳ない事をした。

 でもそれは祖父が謝る事じゃない。私の行動を何故祖父が謝罪という形で否定するんだ。これじゃあ、私の行動に祖父に責任があるって事になる! 裏を返すと祖父の許容範囲内でしか動いてはいけないって事になるじゃないか!!

 私は意志ある大人だ。自分の行動の責任は自分で取る。謝罪なら自分からする! 

 私という人間に振り回されて、お互い苦労しますな、っていう話なら納得だ!! ああ自覚はある!!

 でも、祖父がツァニスに謝るような事じゃない!!

 私は祖父の所有物でも、元所有物でもねぇぞ!!

 そもそもツァニスにも失礼じゃないか!!

 ツァニスは私の夫だぞ!? 今や祖父より近しい人なのに! 何様だ!!


「なんで……勝手に……」

 私が手を握りしめながら抗議の声をあげると

「勝手は貴女の方でしょう」

 母がそうピシャリと切り捨てた。

「貴女は今や侯爵夫人なのですよ? いつまでも自分自分と好き勝手にするものではありません。子供でもあるまいに。もっとわきまえなさい」

 正面から厳しい声が浴びせかけられる。その圧力で後ろへとよろけそうになった。なんとか踏ん張るものの、膝が笑っている。

 私の中にいる、小さな私が震えて縮こまっていた。私は更に手を握りしめて耐えた。


わきまえる、とはどういう事ですか?」

 確かに、領主の妻としては足りない事だらけだろうよ、そうだろうよ。

 アティの養母としてだって、私では教えられない事も沢山ある。一人じゃ何もできない。事実だ。私は沢山の人から助けられて生きている。

 でも、私は私がこの方がいいと思う事を常にしてる。周りの事だけじゃない、自分の事についてだってそう思ってしてる。それがダメだっていうのかよ。


「お祖父じい様に聞いたわよ。貴女、本来はカラマンリス領へと行く予定を反故ほごにしてこちらへ戻って来たんですってね。

 確か、貴女はまだカラマンリス領へと行っていないわよね? 今回がお披露目だったんでしょう。

 なぜそれをにしたのです」

 痛い!! そこ突かれたらぐうの音も出ない!!

 私は私の思惑があってそうしたけれど……でも、今はまだここでその理由を言っても理解されないし、速攻で軟禁されてツァニスが来るまで延々詰められる! 理由なんて言えない!


 母は、私がそうであるように、意見を言う時は背筋を伸ばす。

 凛と胸を張り、真っすぐに私を見た。物凄いオーラが母の背中から立ち上るのが見えた気がした。

「夫、子供、領民、全てにおいてそちらを優先させるのが侯爵夫人の──いえ、貴族子女としての務めです。それをないがしろにする事は許される事ではありません!」

 母のそんな強い言葉を、真正面から思いっきりぶつけられた。


 ……正論だった。

 そして、事実母自身がそうしてきた事を、私はずっと見て来て知っていた。

 母が私たち子供たちに厳しいのは、私たちが貴族として恥ずかしくないように振る舞えるようにする為だ。つまり、子供──私たちの為。自分のプライドも勿論あるだろうが、それ以前に、私たち自身が恥をかかないようにする為。

 そして、貴族たるもの領民の為に。私が母から受け継いだ考え方だ。

 言葉の一部には引っかかったものの──


 何も、言い返せなかった。

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