第200話 大切な事を教えた。

 そう。

 これは自然な事。

 だから知っておいた方がいい。

 だって、妹たちにとっては自分の体の事、末弟・ヴァシィにとっては大切なパートナーになるかもしれない人の事。

 誰も他人事ではいられない。他人事でいる事ではない。


 ま、末妹・末弟は、受精の仕組み的な事は知らなくても、子供が産まれる工程自体は知ってるんだよね。犬や牛、山羊や馬の種付けや出産に立ち合ったりしてるから。

 ……しかも、犬が無駄に増えないようにする為に、犬の去勢もしてる事も知ってる。

 発情期、交尾云々の事も知ってる。

 性教育するには楽な環境なんだなァ。


「さっきは、赤ちゃんが産まれる場合の事ね。生まれなかった場合も、勿論あるよね」

 私は、セルギオスと一緒に調べたり、自分の体験のことを思い出しながら言葉を発した。

「受精しなかった卵子は、月に一度体外に排出されるの。それが『生理』。

 女性の体には、子宮といわれる赤ちゃんを大きくする為の内臓があって、受精した時のために、そこでは血液を基にした準備がされているの」

 自分が知らない間に胎内でそんな事が行われている事に──人の体の仕組みに一種の感動を覚える。セルギオスも『凄いね』って言ってた。


「血液を基にしているので、そのままにはしておけないよね? 常に循環してる血液とは違うから。

『生理』は、受精しなかった場合にそれらを体外に排出させる動きの事を言うんだよ」

 私はそこまで言って、一度妹⑦・カーラと末弟・ヴァシィを見た。

 彼らは、真剣な顔をして私の顔を見返している。


 私は自分のお腹に手を当てながら、再度口を開いた。

「普段は起こらない『内臓内から不要となったものを体外に排出する動き』っていうのは、やっぱり身体にある程度負担がかかるの。それに、その働きで使われるのも結局『血液』だからね。

 だから、生理の時は人によっては体調を崩したりするんだよ」

 私は生理が軽いので、いつも比較的普段通りに動けるけど、すぐ下の妹が生理が重くって、毎回寝込んでた。毎月真っ青な顔でベッドでうずくまる妹の姿は……見るに耐えなかった。……早くピル、開発されないかな。


 そういえば、妹⑦・カーラは生理がまだの筈。あ、どうだろう? この一年で来たかな? 体が小さくてヒョロイからどうだろう。

 うーん、そう考えるともう少し早くに伝えてあげた方が良かったな。


「……? 犬の『ヒート』と違う??」

 妹⑦・カーラが、身体を起こして腕組みしながら考える。

 あー、確かに、犬のソレとは違うね。

「人には発情期はないの。毎月受精のタイミングが来る。人の女性の体は、常に受精のための準備と後片付けを繰り返してるってことだね。

 でも犬には発情期があって、半年に一回ぐらいしか準備をしないのね?

『ヒート』は、その準備段階の事。

 人と違って、その準備段階の時に出血が起こるの」

 私も、犬や牛、山羊や馬の出産の仕組みを知ったから知ってるんだけどさ。


「「へー」」

 末弟・末妹が、なるほど、という顔をした。

 そういえば、犬の事についても、改めて話をしてなかったなぁ。こっちも早くに伝えれば良かった。

 そうじゃないと、動物たちの体調変化にも気づかなくなってしまう。

 動物は言葉を喋らないだけじゃなく、体調不良を隠す。自然界では生き残る為には当たり前のことだ。


 でも、人についても、教えないと。

 生理だけじゃなくて妊娠云々の事や、性交による性病云々。動物たちとはまた違った危機が沢山ある。

 受精云々より、もっと大切な事だ。

 うーん、良いタイミングだから、今言っちゃう?

 あー、でもなぁ。私は妊娠経験はないからなぁ。既に子供がいる妹たちの誰かに、体験談として話して欲しかったァー。

 でも、結婚で他家にいるから、今はここにいないし……でも、早めに話したいし。

 よし、話すか。

 私は口を開こうとして──


 ……嫌な事思い出して、思わず喉が詰まった。

 さっき妹⑦・カーラが言ったこと。『犬と同じ』

 私は、その言葉を別の侮蔑語を知っている。

『畜生腹』

 人間は、殆どの場合一回に一人出産。だけど、勿論多胎児を出産する女性もいる。

 そんな女性に向けられる蔑称。

 私はそれを……


 ……祖母から聞いた。

 最初、意味が分からなかった。

 後になって、セルギオスと言葉の意味を調べて知った時──

 物凄く複雑な気持ちが巻き起こってきて、何か爆発しそうな気持ちを抱えて、二人で泣いた。

 なんでこんな言葉が存在するんだろう。

 そして、なんで祖母はそんな事を言ったんだろう。

 なんだかとても、酷く、悔しかった。

 母もそうだけれど、私たち二人も、否定されたような気がしていた。


「今日はここまでにしようね。

 あんまり沢山教えると、カーラとヴァシィが知恵熱出しちゃう」

 そんな言葉で締めたのは、妹④・デルフィナだった。心強い。デルフィナは本当にしっかりしてる。

 私が初めてオシメを変えたのは、このデルフィナのだったな。大きくなって……もはや姉ちゃんよりしっかりしてるわ。ちょっと悔しいけど、凄く嬉しい。


「ボクもう寝る!!!」

 突然そう大声を出したのは、今までずっと黙っていた妹⑤・バジリア。

 暖炉の始末を終えたのか、私の後ろを通り過ぎて、ベッドの上の妹⑥・⑦・末弟に両腕を広げて飛びかかった。

 妹⑥・キリシアはヒラリと身をかわし、妹⑦・カーラと末弟・ヴァシィが巻き込まれて、ベッドに後ろから倒れ込んだ。

「バジ姉さま、危ない!!」

 非難の声をあげる妹⑦・カーラ。末弟・ヴァシィは困った顔をしているものの、アハハと笑っている。


「もうー。ほらー。お布団ー」

 避けた妹⑥・キリシアが、三人に下敷きにされている掛け布団を引っ張る。

 それに合わせてモゾモゾした三人は、キリシアがバフっとかけた掛け布団の中に潜り込んだ。

 ……キリシア? なんで自分も一緒にベッドに潜り込んだの?

 ねぇ、弟妹四人。それ、私の、ベッド。

 いくら客用のキングサイズのベッドといえど、あんたたち、もうデカいんだから、四人でもう定員なんですけど?

 私の寝る場所は??


「ふふ。風邪をひかないようにね」

 そんな言葉と共に、床に落ちた書類やテーブルの上のフォルダをテキパキと集めた妹④・デルフィナ。

 書類をまとめてテーブルの上に置いた彼女は、壁の灯を次々に落としていく。

 ねぇ、まだ、私、寝るって言ってない。


「セリィ姉! 早く早く!!」

 ベロッと掛け布団をめくった妹⑤・バジリアが、パタパタと腕を動かした。

 え、待って、一緒に寝るの? 五人で? もう無理じゃね??

「さーむーいー」

 妹⑥・キリシアが、身体を縮こませて不満を言う。

「早く!」

 妹⑦・カーラまで催促する。

「ふふっ。久しぶりだなぁ」

 末弟・ヴァシィ。その可愛い反応、反則。


「さ、早く寝ましょ。セリィ姉様、明日から馬の世話、やるんでしょ?」

 妹④・デルフィナに言われてハタと気づく。そうだった。早く寝ないと。でも、寝れるか? コレ。


 でも、しのごの悩んでる時間も勿体ない。

 私はベッドの真ん中──、末弟・ヴァシィと末妹・カーラの間のスペースに身体を横たえた。

 その瞬間、弟妹たちがギュウッと抱きついてくる。

 ホラ狭い!! 恐ろしく狭い!!!

「はい、おやすみなさい」

 妹④・デルフィナが、布団をかけてくれる。

 その間も、弟妹たちがキャッキャウフフと小さく笑っている。

 もう、こんなのズルイよ。私が拒否できるわけないじゃない。


「つめたっ!! 誰だ?! 今私に足くっつけたの!!」

 足首に誰かの冷たい足がくっつけられたぞ!!

「僕じゃないよ」

 私の身体にギュッとしがみつくヴァシィが小さく首を横に振る。

「ボクも違うよ」

 その向こうから、妹⑤・バジリアの声も。

「わた──ひゃあ!!」

 否定しようとした妹⑦・カーラが、途中で悲鳴を上げた。

 と、言う事は!!

「ふふー。みんなあったかーい」

 妹⑥・キリシア! お前かっ!! 末端冷え性か?! 明日から靴下二重履きな!!


「あんまり騒ぐと誰かさんが飛んでくるよ」

 扉の所に立った妹④が、口に人差し指を添えてシーッというジェスチャーをする。

 その声に応じて、ベッドの中の弟妹たちが、自分の口を押さえながらクスクス笑う。

 くすぐったいなぁ。まったく。


 ……忘れてた。この感じ。

 アティやニコラとは違う、このワチャワチャした感じ。懐かしい。


 ……アティ、一人で寝れてるかな。マギーにそばにいてもらってるかな。

 ニコラ、初めての場所で混乱してないかな。マギーやサミュエルがいるから大丈夫かな。

 ゼノは久々の実家を堪能してるかな。沢山、獅子伯とお話出来てるかな。

 ……ツァニス。責められてないかな。大丈夫かな。悪い事をしてしまったな、本当に。


 私は、周りにいる弟妹たち、アティやニコラ、ゼノ、そしてツァニスの事を思いながら、ゆっくりと目を閉じた。

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