第199話 少し気になった。
「鹿の猟の数、少し多くない?」
領民から上がって来た猟の成果の集計表を見て、違和感を覚えた。
おかしいな。いつもだともう少し少ない気がするんだけど。
「そうね。今期は鹿が多かったの」
私の向かいに座る妹④・デルフィナがコクンと頷いた。
「狼は?」
私が尋ねると、妹④・デルフィナは首を傾げた。代わりに答えたのは妹⑦・カーラ
「そういえば狼は少なかった気がする! 人里に降りてくる群れがほとんどいなかったみたいだし、あんま姿も見かけなかったかなァ!!」
妹⑦・カーラは、犬を使って畜産動物を守るのが仕事。カーラが見かけなかったという事は、本当に狼の群れの数が減ってのかもしれない。どうしてだろう?
「うーん。今期は農作物は豊作だったからかなー?」
妹⑥・キリシアが、ペラペラと手元の書類を
リンゴ半分こ問題で駄々こねたのが懐かしいわ……
「他は? 他の数値で変化してるところはない?」
私が妹⑥・キリシアに突っ込むと、彼女はバサバサと書類を広げてサーッと目を通していく。
「ん?」
ふと、その手が止まった。
「何? 何に引っかかった?」
私は催促する。
「……? 害虫駆除用の薬の購入量が少ないー?」
妹⑥・キリシアは手元の資料をバサリと床に置き、テーブルの上に広げられたフォルダをガサガサと漁る。
その中の一つを掴むと、中から書類を出してバサバサと
「うん、やっぱりー、前期より少ないー。前期が多かった記憶もないからー、今期が少ないんだねー」
ノンビリとした口調なのに、内容には少し緊張感がある。
私は少し考える。
そして妹④・デルフィナに確認してみた。
「川の漁獲量はどう?」
そう言われて、デルフィナもテーブルの上のフォルダに手を伸ばす。
「……ん。少し、減ってる」
彼女の眉根に皺が寄った。
山の生態系は物凄く微妙なバランスの上に成り立っている。
これは多分、全く別の問題ではない気がした。
でも、理由が分からない。
何だろう? 何があったのかな?
あー。分からん!!
「……うー。こういう全体的に俯瞰で見た方がいい事は、セルギオスが得意だったんだよなァー」
私に、彼の程の視野がない事が悔しい。
セルギオスなら、全体を見回して繋がる理由が見えた筈なのになァー!
「兄上?」
末弟・ヴァシィが、ポツリと呟く。
あ、そういえば、ヴァシィはセルギオスを知らないんだよね。
セルギオスはヴァシィが生まれてすぐに死んだから。まるで、自分の役目はコレで終わったというタイミングで……
「そう、兄上。セルギオスも頭が良くて、とても博識だったの。統計データや物事の繋がりや本質を見るのが上手で、私なんぞは足元にも及ばない程賢かったんだよ」
私の脳裏にセルギオスの姿が蘇る。思わず笑みが溢れた。
私の言葉と表情に釣られたのか、末弟・ヴァシィの顔も
「そうなんだ。会ってみたかったなぁ」
ヴァシィが眩しそうに目を細めてそう呟いた。
そうだね、私も会わせてあげたかった。会話して欲しかった。きっと、仲の良い兄弟になれただろうな。
「ヴァシィ、話半分にしておきなさい」
私たちに、そう水を差したのは妹④・デルフィナだった。
「えー! なんで?!」
妹⑦・カーラが抗議の声を上げると、デルフィナはヤレヤレという顔をする。カーラじゃないけど、えー! なんで?!
「セリィ姉様は兄上を美化し過ぎなのよ。そんな超人じゃなかったわ」
妹④・デルフィナは苦笑しながら、妹⑦・カーラと末弟・ヴァシィを見た。
そんな事ないもん! そんな事ないもん!! セルギオスは凄かったもん!!!
……でも、妹④・デルフィナは、セルギオスの記憶あるもんね。そうかな、美化しすぎかな……そう言われたら、そんな気がする。
「兄上は優しかったのは事実だけどね」
ふふっと、そう思い出し笑いする妹④・デルフィナ。
「でもね、兄上、実は動物が少し苦手だったの」
彼女は、書類の向こうを見るかのような目をしていた。
「私に乗馬の手解きをしてくれたのはセリィ姉様だけど、最初に馬の所に連れてってくれたのは、兄上なのよ」
え?! そうだったんだ! それは知らなかった!
「兄上はね、言葉が喋れない動物との意思疎通が難しいって言ってたわ。ふふっ。だから犬も苦手だった」
マジで?! 通りで犬小屋に近づかないなぁと思ってた!! でも、犬からは滅茶苦茶好かれてたよ?!
「だから兄上は『セレーネのように、言葉によらない、表情や態度、尻尾や目の動きで気持ちを知るんだよ』って、教えてくれたわ」
そんな事が。それは知らなかった……
「そう言いつつ、私の手を握ってた兄上の手は震えていたわね」
懐かしそうな顔をして、小さく笑う妹④・デルフィナ。
そっか。そんなやり取りがあったんだ。
……セルギオスらしい。自分は苦手でも、妹にはそうなって欲しくなかったんだ。
セルギオス。セルギオスの願いは最上級の状態で叶えられたよ。
お陰で妹④・デルフィナは、今や私よりも乗馬が上手いよ。裸馬に乗れるのはこの子だよ。本当、馬とテレパシーで会話してんのかって思うほどだよ。見てて意味がわからないレベルだよ。
「いいなー。ボク、あんまり覚えてないんだよねー」
そうボヤいたのは妹⑤・バジリア。
あ、そうなんだ。まぁ、小さかったもんね。仕方ないよね。
「顔はさァ、写真が残ってるから分かるんだけど、声とか覚えてないし。
そういえば、あんまりセリィ姉と似てないよね?」
そう言いながら、妹⑤・バジリアは暖炉の前へと戻って、焚き火を火かき棒でちょいちょいした。
「そうだね。二卵性だからね」
似たかったけどねぇ。私は苦笑する。
どっちかというと、末弟・ヴァシィや妹④・デルフィナの方がよく似てる。羨ましい。
「にらんせい?」
末弟・ヴァシィと妹⑦・カーラが首を傾げた。
「ああ、ええと。たまたま同時に生まれた兄妹って事」
「同時に生まれた兄妹??」
「えーとォ……」
あー。そういえば、この二人には性教育はまだだったなァ。どうしようかなァ。私がまたやった方がいいよね。
どうせ祖父も両親もしないし、家庭教師も機能的な事は教えるけど細かい事は伝えてくれないし。
「女性は月に一度、卵巣という内臓の一部から、赤ちゃんの元となる細胞を出すの。排卵っていうのよ」
妹④・デルフィナが、疑問顔の末弟・末妹にサラリと告げる。
「そうそうー。それでねー? 基本的に人間は排卵一回につき卵子は一つなんだけどー、時々二つ出る事があるんだよー」
妹⑥・キリシアが言葉を継いだ。
そういえば彼女には、私と妹④・デルフィナで、一緒に色々教えたなァ。頭の良い彼女は、私たちでは理解できない合理的な理解の仕方してた気がする。
私は懐かしく思いながら口を開いた。
「赤ちゃんはそもそも、男性から出された精子という赤ちゃんの元となる細胞がくっついて──受精して、赤ちゃんになるの。
たまたま卵子が二つ出された時に、その二つが受精したら、双子として生まれるんだよ」
ま、一卵性もあるんだけど、細胞分裂のことはまだ分からないだろうから、それは
そう伝えると、妹⑦・カーラの目が輝いた。
「それは知ってる! 犬たちもそう!!」
「そっか。つまり犬は……らんし? が一回で沢山出るから一度にいっぱい生まれるんだ」
末妹・カーラと末弟ヴァシィの目が輝いた。理解が早い。助かる。しかも、妹④と⑥のサポートもあるから楽。
……妹⑤・バジリアは、硬く口を閉ざして俯いていた。バジリアはこの手の話は苦手か。微妙なお年頃だもんね。仕方ない。
私とセルギオスの顔が似てない問題から、とんだ話題に移行しちゃった、きっとバジリアはそう思ってるだろうな。
その話題を『恥ずかしい』と感じる事もあるだろう。事実、祖父や父は物凄く嫌な顔をするし、母も勿論おおっぴらにはこんな話しない。
私も、最初、恥ずかしかった。
でも、妹には、私と同じ思いをさせたくないと思い、頑張って伝えた。
私は、人間の生殖の事は、家庭教師に教えられた概念的な事しか知らなかった。
そんなある日、突然始まった生理。意味が分からずに右往左往してしまった。
家人に風呂場に引っ張り込まれ、まるでお漏らしをしてしまった子に対するような態度で接せられた事を覚えている。
何がダメだったのか分からず、悲しくて悔しくて、恥ずかしくて嫌で、物凄く複雑な気持ちになってひたすら泣いてしまった。
慰めてくれたのは……セルギオスだった。
セルギオスは、自分の病気の事や、動物の出産サイクルの事を調べていたので、人のソレの事も書物で知ったらしい。
恥ずかしい事じゃない、自然な事なんだ、そう、教えてくれた。
「僕には起こらないから実感できないけど、知ることは出来るよ。だから、一緒に調べて、書かれてない事は僕に教えて?」
私の頭を撫でながら、そう、小さく囁いたセルギオス。あの時の彼の優しい声は、今でも忘れていない。
本当に、今の私があるのは、セルギオスのお陰だった。
妹に、美化しすぎと言われても構わない。
私は、セルギオスを尊敬してるんだから。
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