第198話 いつも通り言い合いになった。

 手が震える。

 テーブルの下で、震える右手を左手で抑え込んだ。

 奥歯をギリリと噛み締めて、呼吸を整えた。


「お祖父じい様も、まだ現役の頃はよくメルクーリへ行っていらしましたよね?

 それはつまり、家族を蔑ろにしていたお時間だったのですね」

 心臓がバクバク言ってる。

 でも、負けない。

 妹たちの前で、屈服させられるもんか。

 この言葉は、そのうち妹に浴びせかけられる事になる。

 そんな事、させない。


「屁理屈を言うでない。あれは仕事だ」

 祖父は、ピシャリと私の反論を切り捨てた。

 ああ、いつも言うよね。アレもコレもソレもドレも、仕事仕事仕事仕事。

 そうだろうよ。仕事の一環でしょう。そんな事は知ってる。

 祖父は私を鋭い視線で射抜いた。

「男の仕事は外にある。外に出なければ仕事は出来ない。女の仕事は家にある。家を離れれば仕事は出来ない」

 あー。キタ。それ言われると思った。思ってたけど、いざ言われると、胃がギュウっと絞られる。

 私はテーブルの下で右手を左手で更に強く握った。負けるもんか。負けるもんか。


「性別で仕事の範囲をお決めになるのでしょうか? 私は、ベッサリオンという場所は適材適所を行う合理的で先進的な場所だと思っておりましたが」

 一部は本音、一部は嘘。

 ベッサリオンは人的資源があまり多くない為、効率重視で合理的に『動ける人が動く』事が多い。

 しかしそんな中でも、伝統を重んじて理不尽な押し付けを行う事もあった。

 身体の弱いセルギオスに嫡男という過酷な役割を押し付けた事を、私は納得していない。


「例えお祖父じい様の言う通りだったとして。

では、何故今お祖父じい様は屋敷の中にいらっしゃるのですか? 仕事を蔑ろになさってるの? ダメではないですか、仕事を蔑ろになさっては」

 私も負けずに鋭く祖父を見返す。屁理屈捏ねまくったった!!

 祖父と私の視線が真っ向からぶつかり、バチバチと火花が飛んでるかのような空気になった。

 先程から、妹⑦・カーラと末弟・ヴァシィがハラハラした顔で、私と祖父を交互に見ている。


「そんなワケはなかろう。休む時間も必要だ」

 ヤレヤレ、と言わんばかりの口調でそう吐き捨てる祖父。

 すかさず私は口を挟んだ。

「私にも休む時間は必要です。私も人間ですので。

 それに、家での仕事なのであれば、休むには家から離れるしかありません。違いますか?

 もし、それがダメだというのであれば、お祖父じい様も外で食事を取り外でお休みになられた方がよろしいのではないですか?」

 私が、揚げ足取りのような言葉を放つと、祖父は苦虫を千匹ぐらい噛み潰した顔になった。

 私は追い討ちをかける。

「先程も申しましたが、家族からの了承は得ています。

 お祖父じい様は、『妻』というだけで四六時中休みなく働かせ、いざ怪我や病気で立てなくなるぐらいまで使い潰してからやっと休ませるタイプなのでしょうが──」

 一度そこで言葉を切り、私は顎を上げた。

「私の夫は違います」


 つまり、私が言いたいのは。

『お前の妻じゃねぇんだから、休む休まないは関係ねぇし性差で仕事を限定すんな、ほっとけよ』

 だ。


 なんとか負けなかった。

 そう思った瞬間だった。

「それぐらいにしておきなさいセレーネ」

 そんな厳しい声を、私の横っツラに一撃として放って来たのは、母だった。

 ぐっ。ここで二人にタッグを組まれると、勝てへん。ケチョンケチョンにやられてまう……

「貴女の言っている事も分かりますが、貴女もお祖父じい様の仰ってる意味も理解しているでしょう」

 あくまで上品な声で、流れるような早口でそう捲したてる母。

 思わず喉を詰まらせる。

 母は皆まで言わない。でも言ってる意味は分かる。

『面倒くさいから口答えするな』だ。

 クソッ! なんでみんな私の方の口を塞ごうとするんだ。

 喧嘩ふっかけて来たのは向こうやぞ。


「食事が済んだのならいつまでもダラダラとしておらず、やる事をやりなさい」

 しかし、母は私の言葉など聞くつもりはないようだ。私が手の震えを我慢する為にフォークを置いたのを、『食事の終了』とみなした。つまり『祖父を挑発せず消えろ』って事。ぐぅ。

 私は奥歯を噛み締める。

 妹たちの不安な視線が痛い。あんな顔をさせたくない。

「そうですね。とても美味しかったです。ご馳走様でした」

 私は笑顔でナプキンで口の端を拭うと、挨拶して席を立った。

 私に合わせて慌てて席を立とうとした妹⑦・カーラに対し

「食事が終わっていないのに、中座するものではありません」

 母がそうピシャリと叱りつけた。


「どうぞ、みんなは食事を楽しんで」

 私は軽く膝を折って挨拶すると、クルリと背を向けてその場を後にした。


 祖父には負けなかったけど、その場の空気に負けた。

 私が追い出された。

 後に残して来てしまった妹たちの気持ちが、心配で心配で堪らなかった。


 ***


「なんでお祖父じい様もお母様も、セリィ姉さまを責めるのっ?! それってオカシイ!!」

 ほっぺたをパンパンに膨らませた妹⑦・カーラが、ベッドの上に転がりながらプリプリと怒っていた。


「そうだね。どうしてだろ?」

 同じくベッドの上に胡座をかいている末弟・ヴァシィが、腕を組みながら首を傾げる。


「言いやすいからじゃないのかなー?」

 末妹まつまい・末弟の言葉を受けた六番目の妹・キリシアが、ベッドに腰掛けながら、ペラペラと書類をめくりつつそうこぼした。


「セリィ姉も、どうしてお祖父じい様に反論すんの? 面倒くさくない?」

 暖炉の火を調整していた五番目の妹・バジリアが、振り返って私の顔を見上げながらそう尋ねて来た。


 私は、弟妹たちの言葉を受けて、苦笑いをこぼす。一人用ソファにズブズブと身を埋め、手にした書類をフォルダに収めてパタンと閉じた。

「面倒くさいよ?

祖父じい様の言い分の中にも、一部正論があった。だけど、正論だけで生きられるならもっと人は生きやすくなってる筈。

私はそこを無視したくないの」

 それに、ホントお祖父じい様は私のやる事が端々気に入らないんだよ。人には相性がある。肉親といえど、合わない人間もいる。


「ふふっ。相変わらず、セリィ姉様はやり方が下手」

 そうコロコロと笑うのは、テーブルを挟んで反対側の三人掛けソファに寝そべった、四番目の妹・デルフィナだった。私と同じようにフォルダを抱えて、ペラペラと書類に目を落としていた。


 私が寝泊まりしている客間にて。

 食事も終わり、夜の勉強などが終わった弟妹たちが、ワラワラとこの部屋に集まっていた。

 どうでもいいけどさ、みんな我が物顔で占拠してるそのベッド、私が寝るところだからね?

 なんで当たり前の顔して私が寝るベッドに転がってんの?


「そういえばさっ!!」

 妹⑤・バジリアが、キラキラした顔で身体ごと振り返った。わ。嫌な予感。

「セリィ姉、カッコ良かった! 『私の夫は違います』だってェ〜! きゃー!! ラブラブなの?! ラブラブなの?!」

 タタタッと駆け寄って来た妹⑤・バジリアが、ソファの肘掛に手をかけて、グイッと顔を寄せてくる。

 うわ、コレはコレで面倒くさっ。


「ラブラブかどうかはわからないけど、でも少なくとも、お祖父じい様とは違うからね」

 そうやんわりとかわすが、私の向かいに座る妹④・デルフィナの目がキラリと光ったのを見逃さなかった。

 うっ。これは追撃する気だな。

「そんな事言って。セリィ姉様の手紙には、旦那様の事を褒める事が沢山書いてあったじゃない」

 フフフと楽しそうに笑う妹④・デルフィナ。

 え、そうだっけ?


「そう?! セリィ姉さまのお手紙、大概書いてる人のことみんな褒めてるじゃん! えっと、アティちゃんの子守ナニーのマギーさん? 私会ってみたーい!」

 やめとけ妹⑦・カーラ。お前が思ってるほど優しい人じゃねぇぞ? 特に、アンタは私ソックリなんだから、ボッコボコにされるぞ。


「私はアティちゃん見てみたいなー。だって天使なんでしょー? 楽しみだなー」

 会える前提で何を言ってるんだ妹⑥・キリシア。会えないぞ。おいそれと来れないぞ、こんな辺鄙へんぴな場所。


「僕はね、ゼノに会ってみたい。カービング上手いんだよね。見せてもらいたいなぁ」

 末弟・ヴァシィが、クスクスと笑いながら楽しそうにそうこぼす。ああ、そういえばヴァシィは刺繍が得意だったな。手先が器用な者同士、意外と話が合ったりするかもね。


 そうだね。

 いつか、アティやゼノ、エリックやイリアス、そしてニコラを、ここに連れて来たいな。

 街の方では体験できない事とかに、沢山触れさせてあげたい。

 きっと、子供たちは楽しんでくれる。

 ……いや、この弟妹達に揉みくちゃにされる未来しか見えねェな。


「……あれ?」

 私はふと、新しく出した書類に引っ掛かりを覚えて再度見直した。

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