本編
第196話 寒さと共に色々考えた。
顔に当たる空気の冷たさで、ふと目が覚めた。
引かれたカーテンが少し開いていて、そこからささやかな光が差し込んできている。
朝になった。
でも、もう少し、もう少しだけ微睡んでいたい。もう少しこのままのんびりと──
「セリィ姉さまー! 朝ですっ!!」
「ですっ!!!」
「グフッ!!!」
突然上から降って来た重さに肺から空気押し出された! つか、息止まったッ!!
分かってた分かってた!
この場所は『のんびり』なんて言葉と無縁だったっ!!
私はなんとか瞼をこじあけて、布団の上で私にボディプレスをかける二人を睨みつけた。
「カーラ、ヴァシィ……もう少し優しく起こして……」
「だってセリィ姉さまお寝坊さんなんだもん!」
「だもん!!」
だもん、とか可愛く言うなや……くっそう……
私は掛布団をガバァとまくり上げる。その勢いで
しかし、床に落ちた瞬間ヒラリと体を転がして素早く起き上がる。ダメージゼロ。
私が簡単に上着を着替えると、妹⑦と末弟が部屋のカーテンをバサリと開く。
そこから、白い雪に彩られた山々が見えた。
ここは私の実家──ベッサリオン伯爵家。北方の山岳地帯にある小さなベッサリオン領。
そう、私は今実家に戻っていた。
私の荷物は、結婚後アッサリ倉庫へ押しやられてしまったそうなので、私は客間に泊まっている。
ま、客間といっても、あんまり使われる事はないんだけどね。最初は埃を被ってたから掃除したけど、母からメッチャ小言をブッチブチ言われた……
冬休みの後、本来であれば夫が待つカラマンリス領へと行く予定だったんだけど。
私は、カラマンリス領へと行く列車には乗らなかった。
アンドレウ公爵家とメルクーリ伯爵家がそれぞれの領地へと向かう列車に乗った後。
我々はその翌日の朝イチの列車という事で、乗り換え駅で更に一泊した時。
当然二人は驚いた顔をし、サミュエルに至っては良い顔をしなかった。
「カラマンリスの領地では、様々な事が予定されている筈です。それは分かっていらっしゃいますよね?」
グッサリ刺さったわその言葉!! そうだよね!!!
結婚後初めてカラマンリスの領地へ行くのだ。つまり私のお披露目会があった筈。
それをブッチさせろ、と私は言ってるのだ。そりゃいい顔しないわ。
対してマギーはどこ吹く風。
「別に貴女が、領民から性悪妻、愚妻、悪妻、我儘夫人、どう呼ばれる事になっても、私は構いませんけれどね」
とかいう嫌味は言われたけどな!!
……でも確かに。
我儘が過ぎる。それは自分でも理解してる。
それに──
「ツァニス様の立場が、悪くならないように言い訳をしておいて下さいませんか?
私はどう言われても構いませんし、いっそ悪者にして下さっていいので」
神妙な顔をして、私は二人にそう伝えた。
そう、私の我儘でツァニスが悪く言われる事は本意ではない。
本来、私の我儘なんだからツァニスの評価が下げられる意味がよく分からないが、世の中には『妻を制御できない夫』という変なレッテルを貼る人間もいる。
そんな事は、されて欲しくない。
でも……
「ハイ、分かりました。存分に貴女を貶めておき、いっそツァニス様が憐れまれて同情されるレベルの事を伝えておきますね」
え、ちょっと、マギー? それってどんなレベル? どんだけ私の事を最低最悪の人間って噂流すつもり?
……いい、けどさ。いいけど……いい、けれど……せめて、人の形ぐらいは保っておくぐらいは、してね……?
「しかし、流石にお一人、というのはいかがなものでしょうか? いくら貴女が強いといっても、女性の一人旅は危険ですよ」
確かにな。サミュエルのツッコミももっとも。
こんな、貴族夫人然とした恰好で旅をしたんじゃ、とんだカモネギ状態になってしまう。
でも、それは無問題。
「あ、それは大丈夫です。男装して行きますから」
そう。その為の男装でもあるしさ。
そもそも、ベッサリオンはまだ雪の中だ。道も車NGの状態になってる筈。どのみち女性の格好では不可能だし。
私を説得する事は最初から無理だと分かってる二人は、渋々とそれを了承した。
問題は。
アティとツァニスだ。
ツァニスはまぁいいとして。
アティに説明する事を考えたら、胃が痛くなった。
アティの分離不安はすっかり良くなっていた。
根気強くやった、カラマンリス邸全員でのケアが効いたよ。
それに、防犯の意味でも、アティに簡単な護身方法を教えたのが効いたみたい。
まずは、叫ぶ事。『助けてー!!』って。
全力でひたすら叫ぶ。まずはコレを叩き込んだ。
そして、もし捕まれそうになったら、相手の急所──股間と顔面を狙う事、可能であれば頭突きで。もし捕まってしまった場合は、大人しくして抵抗しない事を伝えた。
アティの護衛・ルーカスが実験台になってくれたんだけど……結果はお察し。ルーカス、大丈夫かな……暫く床に崩れ落ちて蹲ってたけど。今後の家族計画に影響が出ないと……いいな。
その自信とケアのお陰で、分離不安は無くなったものの……私がカラマンリス領へ行かない事、理解してくれるか、正直自信なかった。
泣き叫ばれたらどうしよう。
そう考えていたんだけど──
結果はアッサリだった。
私は、アティやツァニス、アンドレウ公爵家や獅子伯たちと同じように、自分の実家に戻る事、たくさんの土産を持って帰ってくる事、春になったら戻る事を伝えたら、『ハイ』って。
ハイって。ハイって! ハイって!!!
アッサリし過ぎてて逆に私が分離不安に陥るかと思ったわ!!
なんで?! なんでなのアティ!!
マギーが休みを言い出した時はあんなに泣いて引き留めたのに?!
なんで私にはソレがないのっ?!
ハートブレイクよアティ!!!
あまりにもアッサリ了承されてしまったモンだから、床に崩れ落ちて四つん這いで落胆した私に、さすがのマギーとサミュエルも、慰めの声を掛けてくれた。
「恐らく、アティ様はどれぐらいの長さ貴女と離れ離れになるのか実感してないんですよ」
「ツァニス様と別行動になったのと同じ感覚なのではないですか?」
「すぐに会えると思ってるんじゃないですか?」
優しい言葉だったけど、私の心に負った傷は深く、癒しきれなかったよ……
でも、まぁ(私の心理的に)一番の問題がアッサリ片付いて、肩透かしをくらったけれど、それはそれでまぁ良かったわ。
アティの自立心が、一年前から劇的に改善されてるって事だしね。それは喜ばしい事だし。喜ばしい事だ……し……喜ばしい……
私の方が、まだ子離れできてないみたい……ぐう。
ツァニスには、電話で連絡した。
当然、『どうしてだ』と聞かれたよ。
私は素直に『少し一人で考えたい事があるのです』と伝えた。
これは下手に隠しても意味がないし、嘘をつく理由もない。ツァニスには誠意を見せたかったし。
私の言葉を聞いたツァニスは、暫く無言だった。
重い沈黙ののち、彼は『分かった』とだけ言って電話を切った。
正直、少し胸が痛んだ。
ツァニス、ごめんね。
そうやってあーだこーだなんとかし、私はベッサリオン領に戻ってきた。
電話で
電報も打とうと思ったんだけど、電話線が切れてる状態じゃあ届かせ方が手紙と同じになる。ベッサリオンは冬の間、外部からの手紙は毎日ではなく数日に一回ぐらいのまとめ配達になるから、いつ届くのか分からない。
なので仕方なく、『来ちゃった☆』をやったんだけど……
その時の事は、もう、思い出したくない。
喜んでくれたのは領民と弟妹たちだけで、両親及び祖父からは……詰められるだけ詰められたわ。
久々……キツかった……
でも、流石に追い返される事はなかった。
離婚してないし、今のところする気がない事を伝えたからかな。
逃げたわけではなく、ちゃんとツァニスも知ってる事を伝えたからかも。
外部からの電話が通じない事を伝えたら、お
……ツァニスに確認取るつもりだな? 信用ないなァ。知ってたけど。
ベッサリオンに戻ってきた当初はバッタバタだったけど、なんとか落ち着いた。
なので、私は改めてゆっくりと一人で、今までの事、そしてこれからの事を考える事にした。
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