第191話 家庭教師に全てを話した。

 夕飯はみんなで熊料理を堪能した。

 やっぱり少し匂いがキツかったものの、そこは公爵家・侯爵家の料理人たち。ありとあらゆる臭み抜きの手法を用いて、物凄く食べやすい形にしてくれた。


 アティが

「クマ、すき」

 ってほっぺたピンクにしてホクホク顔してたし。そういえば前に鹿肉も美味しいって言ってたなぁ……アティ、実は味覚がかなり肉食系で野性味あふれる系なんだね?

 なんか下手したら、狩猟令嬢になりそうな予感がヒシヒシとするなァ。何故だろう? おかしいな。

 あ、夕飯にさりげなく自然に何故か混ざったアレクが、他の熊肉を燻製にして送ってくれるって! 楽しみィー!!!

 毛皮もプロのなめし職人が加工してくれるし、油の加工もやってくれるとの事。タダでやってくれるとの事だったけれど、相応の対価は支払うべきだという話で、アンドレウ夫人とレアンドロス様の同意が取れたので支払った。


 熊料理でお腹いっぱいになったし、熊の恐怖からやっと解放されたから、サッサとアティの頭皮の匂いを堪能してしながら眠りたかったけれど。


 夜、サミュエルに呼び出されてハタと思い出した。

 そういえばぁ……サミュエルにセルギオスの事、バレたんだったぁ……

 生き残ったら全部話すって約束してたし。

 私は盛大なため息を漏らし、リビングに行く前に景気づけにワインを一杯一気飲みしてから、約束の場所へとおもむいた。


 リビングには、サミュエルがソファに浅く座って暖炉の火を見つめていた。

「サミュエル」

 そう声をかけると、彼はゆっくりと振り返る。

 手にはワイングラス。足元には、既に空いてると思われるボトルが一本転がっていた。

 オイオイ。私より先に出来上がってんじゃねえか?


 私は、向かい側のソファに座り、自分のグラスにワインを注ぐ。軽く彼に向けて掲げてから、一口飲み下した。

「……何故、騙していた」

 サミュエルは、私の方には視線を向けずに、暖炉の火を見つめながら、そうポツリとこぼした。

「そんなに信用、なかったのか」

 彼が、声に少し悔しさを滲ませたので

「ハイ」

 素直に肯定した。

 サミュエルがショックを受けたかのような顔で振り返る。

 いやいや、そりゃそうでしょうが。

「忘れました? サミュエル、最初に私に面と向かって何て言ったか」

 そう答えると、サミュエルは片手で顔を覆ってしまった。

 はははははは。忘れてねぇぞ。出会いがしら罵倒ばとう

「確かに……そうだったな。その節は……申し訳なかった」

 サミュエルは、指の間から私をチラリと見ると、サッと視線を逸らしてからポツリと呟いた。


「まぁ、そんな事もあり。だから正直に言えなかったんです」

 言えていたら、もっと楽に事が運べたかもしれないけどね。

 でも、サミュエルが信頼できるか分からなかったし。その時はね。今は信頼してるよ。

「……ちょっと待て。

 って事は?

 アティ様を火傷の危機から救ったのは──」

「私です」

 懐かしい。と、思いつつ。まだアレから一年経ってないんだよね。もう数年前みたいな気がしてるけど。

「じゃあ、アティ様を誘拐犯から助け出したのも」

「私です」

「……俺に、アドバイスくれたのも」

「私です」

「マジか……」

 自分で確認しにきたクセに、サミュエルは頭を抱えてうつむいてしまった。


「なんでなんだ……」

 彼はそのまま、指の間からくぐもった声を出す。

「何でわざわざそんな事をした……」

 ま、そう聞かれると思ったわ。

「自由に動きたかったからです」

 サラリと返答した。もう、これに尽きる。

「俺にまで秘密にして」

 サミュエルがポロリと恨み言を溢した。

「そうですね。タイミングを見て、私から話すべきだったのかもしれません。それは、申し訳なかったです」

 それは確かに。途中から、ちゃんとサミュエルを信じるようになったし、そのタイミングで話しても良かったのかもしれない。


「……他に、誰が知っている」

 そう問われて、私は宙に視線を巡らせ指を折った。

「マギーと、クロエ、厩務員さん、あとはアンドレウ夫人と、ヴラドさん、レアンドロス様。子供達は、イリアスとテセウスとエリック様が知っていますね」

 いや、エリックのアレは『知ってる』に含んでいいものやら……

「アティとゼノとニコラは、セルギオスの事は知っていますが、それが私だとは知りません」

 もしかしたら、今日の事で気づいたかもしれないけどね。

「……結構知ってるんだな……」

 サミュエルは、暗い顔をしてワイングラスの中身を一気にあおる。

 そして自分で注ぎ足して──ふと、その手を止めた。


「ツァニス様は?」

 そう問われて、私は思わず苦笑する。

 だよね。今私の一番近しい人は、彼だ。

 彼、だけれども。

 私は、ワインを一口飲む。

 コクリと飲み下してから、口を開いた。

「ツァニス様は何も知りません」

 静かに、そう伝える。


 サミュエルは、なんだか微妙な顔をしていた。

「何故、言わないんだ?」

 そう問われて、ふと浮かんだ理由をそのまま口にする。

「ツァニス様には……言いたくないんです」

 そう、私は彼に、

 サミュエルが眉根を寄せる。言いたくない理由を更に知りたい、そんな顔だった。


「……そもそも、なんですが。

 ツァニス様が私を見初めたのは、セルギオスの双子の妹だったからだそうです」

 前に、ツァニスに言われた言葉を思い出しながら言葉を発する。

「セルギオスとツァニス様の出会いは、剣術大会でした。剣術大会で、セルギオスはツァニス様を負かしたんです」

 あんま覚えてないんだけどね。その時のツァニスの事。

 あの時の彼は、周りにいた鼻もちならない貴族子息の一人でしかなかった。

「ああ、知っている。結婚前に色々調べて欲しいと相談もされた事があったしな。

 ツァニス様は、ぶっちゃけセルギオスの熱烈なファン──」

 サミュエルがそこまで言って、何かに気づいたように言葉を失った。

 ギシギシときしんだ音を立てそうな動きで首を回し、私を見た。

「まさか……」

 私は肩を動かして、大きなため息を漏らした。

「そうです。その剣術大会に出て、ツァニス様を負かしたのは、私です」

 そう答えると、サミュエルは目をかっぴろげて私を凝視した。

 なんて目で見んねん。そんなにヤバい事?

「本当のセルギオスは、その時は既に亡くなっていました。私は自分の腕試しの為に、アレクにお願いして何とか剣術大会に潜り込んだんです」

 それが、結果こんな事になるなんてね。


 あの、セルギオスの事を語る時のツァニスのキラキラした顔を思い出す。

「ツァニス様はセルギオスのファンです。

 彼は、セルギオスに憧れを抱いています。

 私は、その気持ちを壊したくない」

 本当はセルギオスじゃなかっただなんて、思わせたくない。

 彼の夢を、壊したくない。

 ついでに言うと、なんか面倒くさい事になりそうな予感がプンプンする。


「でも──」

 サミュエルが、何かを言い募ろうとした。

 私はそれを遮る。

「では、サミュエルはどうでした? セルギオスが本当は私だと知って。ショックを、受けませんでした?」

 知ってるぞ。サミュエルもセルギオスのファンだったろ。なんか知らんが憧れ、抱いてなかったか? 私にはそう見えたぞ。


 問われて、サミュエルは喉をグッと鳴らした。

 視線を左右に揺らして、戸惑ったような顔をする。

 言葉を、探しているようだった。

「……少しは」

 ほらな! やっぱり! しかも嘘つくな! 少しじゃないだろ!!

 私が探るような目で彼をジロジロと見ていると、サミュエルは自分でワインを注ぎ足し、それをガッとあおって大きなため息を一つついた。

「……ショックだった。俺は勝手に、正体不明の凄い人物なんだと、思い込んでいたから」

 オイ、ちょっと待て。まるで私が凄くないみたいじゃないか。いや、別に凄い人間だと思われたいワケじゃないけど、いや、でも、失礼だろ。

「……それが、実は、目の前にずっといたんだと思ったら……」

 思ったら?

「……」

 言わねぇのかいっ!!


 なので代わりに私が代弁した。

「幻滅しました?」

 そう問いかけると、サミュエルは困惑した顔をする。

 眉根を寄せて私から視線を外した。

「……分からない」

 少し尖らせた口からそうボソリとこぼす。

「ガッカリした……気が、する」

 珍しくそう素直に告白するサミュエル。揺らめく暖炉の火の方へと視線をゆっくりと移動させた。

「でも『ガッカリ』と違う気持ちも……ある」

 そしてそう続ける。

 ガッカリと違う気持ち? なんだろう。

 私はサミュエルが続けるであろう言葉を待った。

 ……。

 …………。

 ………………。

 ないんかいっ!!


「ガッカリ以外、なにを感じたんですか?」

 業を煮やして尋ねてみたが、私の問いにサミュエルは顔を歪ませて嫌そう〜な顔をしてポツリ。

「……うるさい」

 なんだと?!

 サミュエルは口元に手を当ててスクリと立ち上がる。

「取り敢えず事情は分かった! 次は嘘つくなよ!!」

 サミュエルはそう乱暴に吐き捨てると、グラスとボトルを持ってスタスタと部屋へと戻って行ってしまった。


 なんなんだよ全く。

 なんで罵倒されなきゃならんねん。

 彼の背中を見送って、私はソファの背もたれにズブズブと埋まった。

 正直、少し肩の荷が降りた気がした。

 面倒臭かった──ってのもあるけど。

 彼に、もう嘘をつかなくていいのだと思うと、なんか、ちょっとホッとした。


 私は、改めてワインを自分のグラスに注ぐ。

 その液体を暖炉の灯りに透かしていると


「いやあ、セリィモテモテだな」

 そんな軽口が浴びせかけられた。

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