第170話 毅然と立ち向かった。
私の怒鳴り声に、先頭の男は不快そうな表情をした。
「どうしましたか?」
どうしましたか、だァ? 今言った内容が聞こえただろうがっ……!!
「何故、貴方たちは、猟場の外で、銃を、撃ったのですか?」
私は、ドスの効かせた声で、ゆっくり、活舌良く、噛んで含めるようにそう言った。
彼は眉根を潜めつつ、私ではなく雪の上に座るヴラドの方を見る。『まずいな』、そう言いたげな表情に変化した。
「どう、したんですか?」
分かってるクセにまだ言うかこの野郎ッ……聞いてんのはこっちだよ。
ムカつく。言う気はないんだろ。
つまり、知ってて撃ったんだ。
私に先に言わせたい事があんだろ?
誰が言うかボケ。
私は、彼の後ろに居る、ここで一番偉そうな男の方を向いて再度口を開いた。
「何故貴方たちは、猟場の外で銃を撃ったのですか?」
言っとくけど、こういう時の私はシツコイぞ。
私に視線を向けられた偉そうな男が、疑問顔で私を見返して来た。
状況を理解しようとしているのか、私からヴラドの方へと視線を移動させ、先頭の男と同じように『しまった』という顔をした。
「鹿を追っていて夢中になってしまったようだ。驚かせてしまったようで、スマンスマン」
ハァ? 驚かせた? お前の眼は節穴か? 節穴なんだな? 節穴過ぎて雪の上の血痕もヴラドの傷も見えてないんだな? あぁ?
「私が聞いているのは、貴方が夢中になったか否かではありません。
何故、猟場の外で銃を撃ったのか、ですが?」
彼の謝罪にもなっていない謝罪を無視し、私は再度彼に問う。
言いたくないんだろう。『分かってたけど、鹿を仕留めたくて無視した』って。
言わせるけどな。逃がさねぇぞ。『夢中になってたからつい』が言い訳になると思うな。
「なんだ? お前」
慇懃無礼ですらない言葉を放ってきたのは、偉そうな男の隣に立つ年若い男だった。面倒くさそうな顔をして、私を足元から頭の先までジロジロと見てきた。
そして
「流れ弾当たって怪我したんだろ。ハイハイ、申し訳ない事をした。悪かったな」
そう、適当に言って首を緩く横に振った。
……舐めてんのかテメェ。
私は手を握りしめて耐える。
ここでブチ切れたら、『年増女のヒステリー』という扱いを受けて流される。そうはさせねぇぞ。
「もう一度聞きますね?
貴方がたは、何故、猟場の外で銃を撃ったんですか?」
私がさっきから同じ事しか尋ねないので、コイツ大丈夫かという顔をした年若い男が、少し顔を上げて私を見下しながらも、面倒くさそうに口を開いた。
「鹿を追って夢中になってて気づかなかった」
ほう?
「何に気づかなかったのですか?」
私が更に突っ込む。
先頭の男が『あ』という顔をして、年若い男を止めようとしたが、その前に彼は
「猟場から出てた事にだよ」
と、言ってしまった。あー……という顔をする、先頭にいた男と偉そうな男。案内人らしき人物は顔を真っ青にして俯いていた。
「へぇ。猟場の外、更にそこから尾根を一つ越えてすらも、猟場から出た事に気づかなかったと。それで銃を撃ってしまった、と」
私は口の端だけで、少し笑う。
「『猟場』が決められている事や、猟場の範囲を知らなかったワケではないんですね」
そう私が突っ込むと、年若い男の額にビシリと青筋が立った。
「当たりま──」
そう私を怒鳴ろうとした年若い男の言葉を、偉そうな男が肘で突いて止めさせた。
はっ。もう遅ェよ。
「ならば、『猟場』の意味も勿論ご存知ですよね?
それ以外の場所で発砲すれば、狩りに無関係な人間への誤射を招く可能性があるって事です。
言い換えれば、誤射をさせない為──撃たれる人だけではなく、撃つ人を守るためのルールなんですよ?
貴方がたは『夢中になった』『気づかなかった』という言い訳で、自分達を守る筈のルールも破ったんです。
これの意味、分かります?」
私がジワジワ言葉で追い詰めていく事に、年若い男の顔が険しくなっていき
「イチイチ細かい事うるさいんだよ!」
私をそう怒鳴りつけてきた。
あーあ。しっかり謝るタイミングをあげたつもりだったんだけどな。
ナァナァで流そうとするからだよ。クソが。
私は背筋を伸ばして、そこに立つ男たちに鋭い視線を向けた。
「そうですね。細かい事はどうでも良いですね。分かりました、端的に言います。
殺人未遂で警ら隊に届出ますから、覚悟しておいてくださいね」
「ハァ?!」
お望み通り端的に言った途端、男たちがざわめいた。
「なんでだよっ?!」
私にくってかかろうとして、年若い男が使用人たちに止められていた。
「今言った通りです。猟場の外で発砲するという事は、そういう事です。
貴方達が夢中になろうが気づかなかろうが、私たちには関係ありませんし、そんな事知るよしもありません。
猟場の外で撃たれた、つまり殺人未遂です」
最初に真摯に謝ってれば穏便に済ませたものを。
そうしなかったのはそっちだぞ。
「まぁまぁ、落ち着いてくださいよ二人とも」
睨み合う年若い男と私の間に割り込んできたのは、あの先頭にいた男だった。
「アンタはイチイチ事を大袈裟にするねぇ」
ヤレヤレといったテイでそう漏らしつつ、私の方をゲンナリした顔で見る。
一歩も引き下がらない私の肩に触ろうと手を伸ばしてきたので、半身を返してヒラリとかわしてやった。
気安く触るな。
避けられた男は、チッと小さく舌打ち。
しかしすぐに表情を柔和に戻した。
「治療費は払ってやるから、ここは引きなさい」
あ? 命令すんな。
「治療費はいりません。警ら隊に報告しますから」
私は毅然として突っぱねる。もともとそんなもの期待してない。
「落ち着きなさいって」
落ち着いてるわボケ。
「じゃあどうして欲しいんだい。謝ればいいのかい?」
「何も。警ら隊に報告しますから」
謝罪は手遅れじゃ。
私が
使用人の腕を振り切った年若い男が、両手で猟銃を構えて私に銃口を向けてきた。
「セレーネ様!」
今まで黙って見ていたヴラドが声を上げた。
私は後ろ手で彼を止める。チラリと後ろを振り返ると、腰を浮かせようとしていたヴラドの肩を、ゼノがしっかりと抑えていた。
ゼノ、偉いよ。
「グチグチうるせぇんだよババア。お前も流れ弾に当たりたいのかよ」
年若い男は、私の眼前に銃口を向け、それをチラチラと動かして威嚇する。
私はそれを正面に見据え──
素早く一歩踏み込む。左手で銃身をそっと横に払い、年若い男の懐に潜り込みつつ、その喉元に腰の後ろに隠していた細身のナイフを突きつけた。
「やれるものならどうぞ、坊や」
私が動き終わった後、やっと周りの人間達がザワリとさざめいた。
慌てて、私に向かってそれぞれが持つ猟銃を向けてくる。
「手を下ろせ!!」
偉そうな男が、私のこめかみ付近に銃口を向けてきていた。
しかし私は動かない。
「貴様! この方を誰だと思っている!!」
先頭にいた男がそう叫んで、私の背中を銃口でそっとつついてナイフを下げるように促してきたが
「知らない。興味ない。誰であろうと関係ない」
そうそっけなく返した。
私はナイフを下ろさない。
男達も猟銃を下ろさない。
事態は
暫く睨み合っているうちに、ザクザクというこちらに早足で近寄ってくる足音に気がついた。
横目でチラリと確認すると、それは──チッ。アレクだ。
今回いなかったんじゃない、歩くのが遅いから置いていかれただけか。
「セレーネやめるんだ!」
彼は駆け寄ってくると、男たちを掻き分けて私の横へと辿り着く。
私までもう一歩というところで足を止めたアレクシスは
「セレーネ、手を下ろせ」
再度私に向かってそう言った。
「先に銃口を向けてきたのは彼です。私は正当防衛をしようとしただけ」
私がそう返すと
「分かってる。でも手を下ろしてくれ」
アレクシスが、ゆっくりと私の方へと手を伸ばしてきた。
そして、ナイフを持つ私の手に手を添えてくる。
「君の友人が怪我をしたのは……俺の責任だ」
アレクシスのその言葉に、私は彼の顔をゆるりと振り返った。
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