第165話 事情が明かされた。

「やはり、そうではないかと思いました」

 暖炉の前、毛皮のラグの上に座ったアレクシスが、ゲンナリとした顔をしてそう一言呟いた。


 リビングのソファにアンドレウ夫人が、反対側のソファには私が、床の毛皮のラグの上にはアレクシスが直接座っている。

 私は、アレクシスが余計な事を言わないかハラハラし通し。お茶の味がしねぇ。


 アティをはじめとする子供たちは、大人の話そっちのけでテーブルの所でおやつを貪り食べていた。

 モノがモノだけに食べこぼしが凄くって、テーブルクロスが食べかすまみれに。

 エリックに至っては、頬っぺたにサワークリームとジャムでベタベタにしており、イリアスにその都度その都度拭かれていた。

 アティも同じく、なんだけど。アティは最近自分で口の周りを拭く事を覚えたんだよね。一口頬張ってはモグモグして、口の周りを拭く。モグモグしては拭く。もう一生見てられるそのルーチン。っていうか、そっちだけに注視していたい。

 でも、アレクシスとアンドレウ夫人の話が気になって、全然子供たちに集中できなかった。


「身分を隠していらっしゃるとは……アンドレウ公爵夫人もかなりの胆力がおありで」

「せっかく夫たちがいない休暇ですもの。わずらわしいのはゴメンですから」

 アレクシスの言葉に、そうアンドレウ夫人がコロコロと笑った。


 そう、実は。

 私はこのコテージを取る時に、カラマンリス、アンドレウの名前を伏せる為に『ベッサリオン』を使った。

 公爵・侯爵の身分を隠す為だ。ま、知ってる人は知ってるから、完全に隠れ切ってるワケじゃないし、私もそこまで徹底的に隠したいワケじゃないんだけれどさ。ベッサリオンの名前は知らない人は知らないから、あっちの名前を使うより数段マシだし。

 だから、ここにいる時の私たちのは、どこぞの成金商人の道楽大好き奥様仲良し二人組とその子供たちだ。夫人、なんかその設定がいたく気に入ったらしく『何なら成金に見えるかしら』ってウッキウキして洋服選んでたっけなぁ。

 その端々まで身に付いた上品さでは、何着たって生まれながらの高貴さは隠せないけどなぁ。隠せてないけどなぁ。


 私は今回、この冬休みという短い時間を使って、子供たちに高位貴族では見えない景色を見せたかった。

 子供たちは『公爵嫡男』『侯爵嫡男』『侯爵令嬢』『辺境伯嫡男』だ。高みも高み。

 大人たちは、そんな子供たちを超絶特別扱いする。

 その超絶特別扱いは、子供たちにとっては当たり前なので、それが『特別扱い』である事を意識できない。

 でもその『特別扱い』は、私がする『子供に対しての特別扱い』と意味が違う。

 大人たちは、子供たちの身分を通してその後ろを見ているに過ぎない。

 何かあったら自分達がタダじゃ済まないからと、丁寧に扱いつつもその行動を制限したり、逆に変なワガママを許して甘やかしたりする。

 少しでも、そのフィルターが外れた世界を見せたかった。


 ま、その『ベッサリオン』という名前で、アレクシスは私の事に気づいたらしいんだけどね……くっそう。


「だから貴方も、そういうでよろしくね」

 アンドレウ夫人がいたずらっぽくそうほほ笑んだ言葉に、アレクシスが苦笑を漏らしながらも頷いた。

 夫人、こういう所がいたずら好きの少女っぽくてメッチャクチャ可愛らしいんだよなぁ。私にはない資質や。私には資質がなさ過ぎて羨望せんぼうとかも生まれねぇ。彼女のこういうところが純粋に好きだなぁ。


「貴方は、セレーネの親戚という事は……」

 アンドレウ夫人の疑問に、アレクシスは再度頷いた。

「ええ。子爵です。といっても、私はメルクーリ北西辺境部隊に入隊し、除隊された後は実家には戻らず、廃嫡してもらいましたけどね。だから今は、ただの『アレクシス』ですよ」

「えっ!?」

 アレクシスの言葉に、私は思わず驚きの声をあげてしまった。

「廃嫡!? いつ!? なんで!?」

 聞いてない! 聞いてないぞそんな話! 妹たちからの手紙にもそんな事は書いてなかった! いや、妹たちあんまそういうの気にしないからかもしれないけど!

「この春頃に。ま、この身体じゃ、あっちに戻っても足手まといにしかならないからな」

 そう答えたアレクシスは、左足のズボンの裾をめくりあげる。

 その向うには、本来あるはずのものはなく──ツルツルの木の表面が出て来た。

 思わず言葉を失う。

 それって──義足?


「……怪我による除隊か」

 そうポツリと漏らしたのは、部屋の隅に立って私たちの話を聞いていたゼノの護衛さん──ヴラドだった。重い声。そういえば、彼も怪我で引退したんだよね、本人からそう聞いたけど。

「はい。運悪く傷が悪化し壊死した為、膝下から切断せざるをえませんでした」

 アレクシスは自嘲気味に苦笑いをこぼして、ズボンの裾を元に戻した。


 アレクシスが足を失い、爵位も捨てた──

 そんな事、全然知らなかった。

 彼が私の結婚を知らなかったように、私も彼の事を全然知らなかった。


「そんな顔すんな。お前は知ってるだろ、俺が家督を継ぐの嫌がってたの。ちょうどいいと思ったんだよ。親父も反対しなかった。薄々感づいていたんじゃないかな。弟もいるし、問題ない」

「そうだけど……」

 アレクシスはあっけらと笑ったけれど、私は笑って流せなかった。

 いや、確かにアレクシスが嫡男という立場から逃げ回っていたのは知ってた。兵役についたのも、半ば無理矢理だったし。後押ししたのは、何を隠そう私自身だ。

 でも……こんな結末を、望んでいたワケじゃない。


「怪我といえば。ヴラド大佐が退役した時、ウチの大佐が嘆いていましたよ」

 空気を変えるように、アレクシスが話をヴラドへと振る。

 その言葉に、ヴラドとアンドレウ夫人が驚いた顔をしていた。

「そうね。メルクーリ北西辺境部隊にいらっしゃったという事は、貴方たち二人は同じ場所にいたのね」

 あ、そうか。そういう事になるね。

「そうですね。しかし部隊が違います。私が退役したのも、随分前ですから」

 ヴラドが視線を泳がせて、何かを思い出すように語る。

 その言葉を受けてアレクシスが頷いた。

「私は森林専門部隊です。ヴラド大佐は前線警護部隊です。私が入隊した少し後に、ヴラド大佐は怪我で退役なさいましたね。ウチの大佐が『前線が荒れる』って愚痴ってました」

 アレクシスが楽しそうにそう漏らすと

「森林専門部隊」

 ヴラドが少し目を見開いた。

「森林専門部隊?」

 アンドレウ夫人が小首を傾げてヴラドの方を見た。

 あ、それ知ってる。獅子伯が私を入れたいって言ってた部隊だ。

 ヴラドは少し感心した顔でアレクシスを見た。

「ええ、主に森林での戦闘に特化した部隊です。身体バランス能力が高い者ばかりの少数精鋭で構成された部隊で、獅子伯のお気に入りです。あそこは確かに、ベッサリオン出身の者が多かったと聞いております」

 そうなんだ!? 知らなかった! 獅子伯、そんなトコに私をぶっこもうと思ったの!? マジか。

「セレーネの後押しであそこに配属になったんだ」

 アレクシスが笑いながら私を見た。

「いえ、私は祖父に進言したまでです」

 私と一緒に山を駆けまわっていたからさ。足腰とか身体能力は高かったし。そうか、お祖父じい様、ちゃんと汲んでくれた紹介状書いてくれたんだなぁ。


「随分仲がおよろしいのですわね」

 アンドレウ夫人がお茶を飲みながら、そうコロコロと笑った。

 あ! 何か突っ込んで聞く気だな!? そうはいくか!

「そうですね。私とアレクシスは幼い頃から──」

 私がそう先回りして説明しようとした時だった。


「そりゃあまあ、許嫁いいなずけの期間も長かったですからね」

 爆弾発言。

 アレクシスーーーーーーーーーーーー!!!

 それ! 一番! 言って欲しくなかった事ォ!!!


 アレクシスの言葉に、その場が静まり返った。

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