第164話 知り合いが現れた。

 なんでいんねん! なんでいんねん!! なんでいんねん!!!


 私は、顔は冷静に何も感じていませんといった無表情を繕ったが、背中に物凄い汗をかいていた。

 ホントなんで?! どうしてここに!? ええと……なんで!?

 イカン! 絶対面倒な話になる! ここはサッサと帰した方がいい!! 間違いない! 私の脳内センサーがビンビン警報鳴らしてるもん!!

「こ……これから、食事の準備をしはじめないといけませんので、これで──」

 私が冷静を取り繕いつつ、アレクシスにそう遠回しに『帰れ』と言おうとした時

「まぁ、お客様?」

 後ろから、弾むような声が聞こえてきた。


 うそーーーーーーん!!

 マジかと思いつつ振り返ると、アンドレウ夫人がニコニコと楽しそうな笑顔を浮かべて立っていた。

 しまった! 彼女に見つかった! 見つかる前に帰したかったのに! 見つかったら紹介せざるをえないじゃん! もう!!

「あ……アンド── ううん、夫人、ええと、そうですね。この方はリゾートの管理組合の方で、先ほど外であった事を──」

「セレーネったら。ティナって呼んでってお願いしたでしょう?」

 グフっ! 呼べるか!! 公爵夫人をあだ名で!!!

 いや確かに、では私たちは仲の良い女友達だけどっ!!


 アンドレウ夫人の名前は『コンスタンティナ』、長いから『ティナ』というあだ名で呼んでってお願いされていたけど……呼べねェ……さすがに呼べねェ……呼べなかったんだけど! このタイミングでソレ言う!? しかも、ここで呼ばないとたぶん退いてくれないね!?


「ティ……ティナ、ええと、それでですね、この方は──」

「雪の中わざわざいらっしゃってくれたのね。ささ、そこは寒いでしょう。暖炉の前で温まって」

 夫人んんんんーーーーーー!!!

 ヤバイ、彼女、上品で丁寧で柔らかい物腰だったから全然気づかなかったけど、実はかなり旅行ハイになってるね!? 今この状況を滅茶苦茶楽しんでるね!? 貴女は公爵夫人だよ!? 公爵夫人ですよ!!? 乙女ゲーム主人公系の高貴なのに気さくなキャラかよっ!

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 アレクシスがコートの前を開きながら部屋の中へと入ってくる。

 お前も甘えてんじゃねェよっ!!!


 アンドレウ夫人は、メイドに指示してアレクシスのコートを受け取らせると、サミュエルに目で指示してリビングの方へと誘導させる。

 その後ろ姿をニコニコと見送っていた。

「アンド──いや、ええと、ティナ! ダメですよ彼は──」

 私がアンドレウ夫人に抗議の声を上げようとした時、彼女がキラリと怪しく目を光らせて振り返る。

「……セレーネ、アレクシス、名前で呼び合う仲の人と、こんな場所で再会……これが面白くならない筈がないじゃない」

 ぐふぅ!! 痛恨の一撃!!!

 ちょっと!? こっそり聞き耳たててたね!?

「それに」

 夫人の赤く美しい唇が弧を描く。

「夫たちがいない今しか楽しめない事は、しっかり楽しまないとね」


 彼女の上品で美しい笑顔が、なんだかとっても禍々まがまがしく見えた。

 私の周りの女性はこんなんばっかりかい!!!

 誰だ! 今『類友』って言ったのは! 幻聴かチクショウ!!


 ***


「おまえだれだ!?」

 リビングに入ってきたアレクシスに、飛び起きたエリックが身構えながらそう叫んだ。

 ゼノも素早く身を起こし、さっと左手でエリックをかばう。イリアスもエリックの横へと出て来て、笑顔だけれどアレクシスを鋭く足元から頭の先まで視線を這わせていた。

 子供たちの危機察知能力完璧かよ。


 アレクシスは素早く回りを見渡すと、ニッコリとした笑顔を顔に浮かべてその場に片膝をつき、胸に手を当てて礼のスタイルを取る。

「私はアレクシス。セレーネのです」

 丁寧に礼をすると、エリックが首を捻って私を見た。

「はとこ?」

 あー、知らんよね。その言葉。

「ええと、私の祖父の妹──大叔母の孫──」

「わかんない!」

 だよね。

「親戚です」

「しんせき!」

 なんで繰り返したエリック。

「まぁ、ホントにご親戚だったのね。てっきり……」

 そう呟いたのはアンドレウ夫人。

 てっきり、何さ。何だと思ったの!?


「おかあさまのしんせき?」

 机の前に座ってマギーに付き添われていたアティが、ひょいっと椅子から飛び降りてトコトコとアレクシスの前へと歩いて来る。

 そしてじっとアレクシスを見上げて首をかしげていた。

「可愛い」

 アレクシスがポツリと呟いた。知ってる。アティは可愛い。周知の事実。

「おかあさま……と、いう事は、この子は──」

「私の娘のアティです」

「娘」

 なんで繰り返したアレクシス。

 彼は、膝をついたまま今度はアティの方へと向き直り、ペコリと頭を下げる。

「アティ、私はアレクシス。セレーネの娘という事は、私とも親戚になったんだね。これからよろしくね」

「しんせき」

 アティまでなんで繰り返すの。


 アレクシスは、その体勢のまま向いに立つアティを頭から足先まで見る。

 オイ、アレクシス。気をつけろ。アティの後ろでマギーが視線で射殺さんばかりに見てるぞ。下手に触ってみろ、指落とされるぞ。

 幸いな事に、アレクシスはアティには指一本も触れる事はなく、そのまま私の方へと振り返った。

「産んだ? お前から出て来た割には可愛すぎ」

「悔しいけど、私じゃない。アティは夫の連れ子なの。って、ちょっと待て、今のは聞き捨て──」

「おかあさまとおなじめのいろ」

 アティが、キラキラした目をアレクシスに向けて、そう零した。

 目の色? ああ、確かに、そういえばそうかもね。

 言われたアレクシスは、嬉しそうに顔を綻ばせる。

「はは。気づいてくれて嬉しい。他ではあまり見ない色だろう? 色素が薄くて少し赤みがかってて。琥珀色の瞳アンバーアイっていうんだよ。でも、ベッサリオンにはこういう色の目が多いんだ。私やセレーネは特に赤みが強いから紅玉色の瞳ルビーアイって呼ばれてるよ。

 でも、キミの菫色の瞳バイオレットアイの美しさには負けるかな」

 なんて歯の浮きそうなセリフ!!! 浮いた! 浮いたよちょっとな!!


「……セルギオスも」

 アティが、頬っぺたをピンクに染めて、そうウットリとして呟いた。

 すっかりアレクシスの目の色の見惚れて──って! アティ!! その名前はっ!!

「セルギオス? ああ、そうだね。でもセルギオスはどっちかというと黄味の方が強くて──ん? でもなんで知ってるんだい? セルギオスは──」

 アレクシスは首を傾げそう答えつつ、不思議そうな顔をした。

「ハイハイハイ! せっかくお客様がいらっしゃったんですから! お茶にしましょう! 今日のオヤツは秘蔵中の秘蔵! ここでしか食べられない美味しいおやつデス!!!」

 私は慌てて手をパンパン叩いて話を切り上げる。

「サミュエル! ニコラ! お茶の準備をお願いしてよろしいでしょうかッ!?」

 私が物凄い勢いで振り返って、そっちにいる筈の二人へと声をかける。

「あいよ」

 ソファの所でアンドレウ夫人が用意したアクセサリや洋服に埋もれていたニコラが、それを脇に置いて立ち上がった。って、あれ、ニコラじゃないね。テセウスだね。そうか、知らない大人の男が入ってきたから、怖くなってテセウスと交代したんだな。

 サミュエルは──あれ? めっちゃ驚いた顔をしてアティを見てる。どうしたんだろう?

「サミュエル!」

 再度彼に声をかけると、彼は弾かれたような顔をして私を見る。

「はい、すぐに」

 少し焦ったような表情をしていたが、すぐに身を翻してニコラとメイドたちに指示してキッチンの方へと歩いて行った。


「おやつなに!?」

 すぱっと走り寄って来たエリックと、同じく『おやつ』の言葉に釣られたアティが、私の足にがしっとしがみついてくる。

「今日はですね、カッテージチーズをケーキやクッキーのようにして焼いて、サワークリームとベリージャムを乗っけたものです。甘酸っぱくてサクサクホロホロで美味しい~ですよ」

 しかも、子供たちの身体づくりに最適なおやつだぞ。

「ニコラ! お(↑)れ(↓)もおちゃいれるぞ!」

「アティも」

 私の言葉を聞いた二人が、ガッチリと手を繋いでダッシュでキッチンへと向かう。

「エリック! 走ったら危ない!」

「アティ! お茶もおやつも逃げないよ!」

 その後ろを、イリアスとゼノが追いかけて行った。

 あー。エリックとアティ、こういう時はすっごい連携プレイを見せるよねぇ。


 アレクシスが、立ち上がってそんな子供たちの背中を見送っていた。

 そしてポツリと

「……この感じ、なんか、懐かしいな」

 そう呟いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る