第163話 屋内で楽しんだ。

「おかあさま!!」

「ハイ!!」

 耳元で叫ばれたアティの声に反射的に返事をして我に返る。

 耳いったァ! 鼓膜大丈夫かな?


 天気が崩れて降る雪の量が増えてきてしまったので、部屋の中へと戻って来た。

 暖炉の炎が揺らぐ広いリビングは暖かで、各それぞれは思い思いの場所でくつろぐことに。

 アンドレウ夫人とニコラは、ソファの傍にデッカイトランクと折り畳みの姿見すがたみ(夫人持参)を広げて、その中から服やアクセサリを出してキャッキャウフフしていた。

 イリアスとゼノとエリックは、暖炉の前の毛皮のラグの上に寝そべって積み木をしてる。


 そして私とアティは。

 テーブルのところで手紙を書いていた。

 アティが、ツァニスに手紙を書きたいというので、私が代筆してね。

 ま、アティもちょっとは書けるようになってきているので、アティにも勿論書いてもらったけど、書く文字が大きいしさすがに長文は書けないので、アティが言う事を聞き取りながら書いていたが。

 しまった。途中で別の事考えててぼーっとしちゃった。

「ごめんなさいアティ」

 私は慌てて代筆を再開する。いかんいかん。今はアティの事アティの事。


 そういえば、私たちがコテージに戻って来た時、アンドレウ夫人たちの刺繍も一区切りが付いていたので、その成果を見せてもらった。

 アティはすっかり真っすぐ縫えるようになっており、ハンカチに施されたソレは、少し簡素だけれど綺麗な幾何学模様になっていた。

 なんか見た事あるな、と思っていたらマギーが耳打ちしてくれる。

「貴女が舞踏会で着ていたドレスの模様ですよ」

 って!!!

 アティはアレを再現したくって、ずっと練習してたんだって!!!

 やだアティその気持ちだけで、私胸が爆発寸前よっ!? いや逆か!? 心臓圧縮されてちょっと小さくなったかも!!

 震える手で刺繍されたハンカチを握りしめ、アティにも確認してみたら。

「だって、おかあさま、きれいだったから」

 ってェーーーーーー!!! そんなモジモジと恥ずかしそうにまたそんな事言って!

 アティも綺麗よ! アティの方が数万倍素敵よ間違いないよアティに勝てる物なんてこの世に存在してないよッ!!!


 あああああいいのかな!? いいのかな!? アティにウチの民族衣装着せてもいいのかな!? え!? 似合うよ? 絶対似合うよ? もうアティの為に存在している衣装って言い換えてもいいと思うレベルで似合うよ??

 今度こっそり注文しよう! あ!! 金ない!!! よしツァニスを口説き落とそう。いかにアティにベッサリオンの民族衣装が似合うのかをプレゼンしよう。絶対ツァニスだって見たい筈。違いない間違いないそうに違いない。


 そんな風に興奮していたら、冷静に『落ち着いてください。先ほどから口から言葉がそのまま駄々洩れています』って突っ込まれた。


 そんな経緯の事も含めて、そしてアティがここに来てどんな事で遊んだのか、どう楽しかったのか、それをツァニスに手紙としてしたためていた。

 ヨシ。さっきの事思い出したらアティの事に集中できるようになってきた。


 それに。

 アティの口から、ここに来ての出来事やどう楽しかったのか、ツァニスに何を伝えたいのかを聞くのは新鮮だった。

 まだちょっと語彙力が少ないけど、でもそれでも確実に前よりは増えてきている。

 なにより、自分の感情についてを言葉にする事が出来るようになってきたよね。

 エリックに向かって『やだ』って言う事も増えて来たし。


 いや笑う。アティ、エリックに時々塩対応なんだよ。

 さっきだって、エリックから積み木に誘われた時

「アティつみきしよう!」

 と積み木が入った箱を抱きしめたエリックに、アティはスンとした顔で

「アティやらない」

 って! あの時の! エリックの顔!! 『え? なんで?』っていう、まさかアティから断られるとは思っていなかったあの顔!!

 そん時のイリアスがもう、恐ろしいまでに楽しそうな笑顔だったし! なんでイリアスが嬉しそうなんだよ。イリアス、エリックが四苦八苦していたり困った顔したりするの見るの好き過ぎるだろ。

 でも、エリックはそんな事ではメゲないらしい。

 アティの言葉を聞こえなかった事にして、もう一回元気よく

「アティつみきしよう!!」

 って、全く同じ笑顔で誘い

「アティつみきやらない。おとうさまにおてがみかくの」

 と、にべもなくバッサリ断られてた。


 ああでもでも。

 シュンとしていたエリックに、アティがハンカチを渡したんだよね。

 シンプルなそのハンカチの端っこには、かなり大きくだったけど、エリックの名前が刺繍されていた。

 アティが自分から、エリックにあげるんだって言って刺繍したんだって。アンドレウ夫人からそう教えてもらった時は、私は膝から崩れ落ちるかと思ったよ。いや、ちょっと崩れた。

 アティ凄すぎるっ! なんて完璧な美少女っぷりなんでしょうかッ!!

 もらったエリックは、アティに負けない『必殺・星飛ばし』してた。ほっぺた真っ赤にしてハンカチを握りしめ、プルプルと震えてた。


 コレ、乙女ゲームだったら絶対フラグやん! 将来何かあった時のイベントフラグでしょそうでしょ!? この思い出の品がきっかけでアレコレあれこれ……

 たまらない! 早くその乙女ゲームやりたい!! 発売はいつですか?


 ま、そんな事もありつつ。

 エリックとアティは良い距離感を保ってるし。

 このままいって欲しいなぁ。

 あ、その事も手紙に書いておこう。

 私は思い出した事を手紙にしたためる。これを読んだツァニスは何て思うかな。

 きっと、すぐさまアティに会いたくてたまらなくなるだろうな。

 そう思って、ふふっと思わず笑いが零れてしまった時だった。


 チリンチリンと、ドアベルが鳴った。


 コテージの玄関口はリビングからは少し離れていたし、最初空耳かと思ったが。

 暫くすると、再度ドアベルが鳴った音がした。

 リビングの隅で、冬休みの間のカリキュラムを考えていたサミュエルが腰を浮かし、コテージの玄関口の方へと歩いていく。


 暫くすると

「セレーネ様」

 彼がリビングまで戻って来て、私の名前を呼んだ。

 まさか、と思いつつも呼ばれてサミュエルの方へと行く。

 すると彼が

「お客様です」

 と私に耳打ちしてきた。


 客……もしかしてさっきの──いや、もしかしたら見間違いかもしれないし。

 そんな偶然、あるわけない。

「どなたですか?」

 私はサミュエルに問いかける。するとサミュエルがなんだか微妙な顔をして答えた。

「このコンドミニアムの管理組合の方だそうです。先ほど失礼をしてしまったお詫びがしたい、との事で」

 さっきの──やっぱり、いや、そんな。まさか本当に?

 気のせいか、心臓がドクリを動いて手に痺れが走ったような気がした。背中に嫌な汗をかいている。

「分かりました。参ります」

 そう告げて、サミュエルを伴ってコテージの玄関口の方へとゆっくりと歩いて行った。


 二重扉になっている玄関口の所へ行くと、扉についた格子窓の所から人影が見えた。

 おそらく、外との境になっている風除室ふうじょしつの所で待っているのだろう。

 私は部屋と風除室の扉の前に立つ。するとサミュエルが扉をゆっくりと開けた。


 フードを被った男の背中が見えた。肩や頭にまだ少し雪がついている。

 開け放たれた扉の向うから、少し冷たい空気が入ってきて足を通り抜けた。

 開いた扉に気づいたのか、男がゆっくりとこちらへと振り返り、それと同時に目深に被っていたフードを落とす。


 心臓が一度ドクリと大きく脈動して、全身の血が逆流したような感覚を覚えた。


「当リゾートをご利用いただきありがとうございます。先ほどは他の客が大変失礼を致しました」

 男は慇懃いんぎんな口調で丁寧に頭を下げる。

 私は、言葉が出なかった。

 私が何も言わない為か、彼はゆっくりと頭を上げて、私の顔をじっと見てから少し首を傾げる。

「セレーネ様、お許しいただけるでしょうか?」

 口の端を少し持ち上げ、少しニヒルに笑いながら、そう呟いた。


 その瞬間、サミュエルがギクリとした事に気づく。

「お前、何故……」

 私の名前を知ってるかって?

 そうだよね。驚くよね。


 私は大きなため息を一つつく。そして意を決して口を開いた。


「許します。わざわざありがとうございました──アレクシス」

 彼の名前を呼ぶと、男──アレクシスは

「お許しいただけてよかった。セレーネ様はやはり心が広くいらっしゃる」

 そう、ニッコリと笑った。

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