第162話 変な邪魔が入った。
男性の大声。
ハァ? と思いながら振り返ると、そこには数人の男たちが行列を作って歩いて来ている姿が目に入った。
その中の一人が、行列の先頭で私に向かってそんな事を吐いた、と。
ほう。
私は立ち上がって振り返り、私にそう言った男と、その後ろの行列に視線を向けた。
反射的に素早く人数と状態を確認する。
先頭にいるこの男は、肩に猟銃をかけていた。襟元を毛皮で覆ったコートを着て、肩に縄をかけてそれを手に持っている。……これは、狩りのスタイルだね。その縄の先には恐らく仕留めた獲物がぶら下がっているんだろう。
その後ろにいるのは、この男よりも良い物を着た少し老年に差し掛かった男と、年若い男。
その横には、私ぐらいの男性が、何やら二人に話しながらこちらへと歩いてくる。あれは案内人かな。物腰からして。
その他にも、使用人と思われる男たちを何人か従えて歩いて来ていた。
行列には大型犬──獣猟犬もウッキウキとした足取りで付き従っている。
……あ、血の匂い。
私は思わずイラっとした。
少なくとも、私たちのコテージの近くにそんな血の匂いをさせたものを持ち込んで欲しくなかった。
私は背筋を伸ばし、手で私に退けと合図し続ける男を見据えた。
「ここは私たちのコテージの庭です。今ちょうど子供たちと遊んでいたところなので、ちゃんと迂回していただけます?」
あくまで丁寧な物腰で、柔らかい声でニッコリと笑い、少し首を傾げつつそう返答する。
確かに、コテージ前のエリアは広い。迂回して歩くとなると、曲がりくねって面倒くさいかもしれない。
柵などで明確に仕切りがあるワケじゃないけれど、除雪された道があって、それでちゃんと人が歩く場所が示されてんだよ。
広い庭含めての高級コテージだぞ。気安く領域侵犯してくんな。
しかし、私を退かそうとする男は、まさか私が反論して来るとは思わなかったのか。それとも、自分の言葉が理解できない世間知らずとでも思ったのか。
一度目を少し見開いた後、私を嘲笑するかのように鼻で笑った。
「いいから退きなさい」
命令すんじゃねぇよ。テメェ何様だ。
「よくないので退きません」
私は笑顔を崩さず、頬肉釣りそうなぐらいの笑顔を再度男に向けた。
あ、男、イラっとしたな。空気が変わった。
向うも笑顔を貼り付けて私に再度手で、『退け』のジェスチャーをする。
「退けばいいのだから、事を荒立てるんじゃぁないよ」
は? 何言ってんだてめぇ。領域侵犯してんのお前だろ? つまり、荒立てる原因作ってんのはお前だよ。
「ちゃんと道を歩けばいいのですから、事を荒立てないでいただけます?」
なので、そっくりそのまま言葉を返してやった。
あ、また空気が変わった。怒ったね? 笑顔だけど、口の端が歪んでんぞ。
私と男がそこで押し問答している間に、行列が私たちの所へと辿り着いてしまった。
一瞬だけ、チラリと私は子供たちがいる方を横目で見る。
エリックとイリアスは彼らの護衛さんが傍に立っていた。ゼノの斜め前にも、ヴラド──ゼノの護衛さんが立って彼を守っている。
ヨシ、子供たちに危害が加えられる事はないな。
……まぁ、こんな人と険悪になってる姿とか、見せるの本当は嫌なんだけどなぁ。
せっかく楽しく遊んでいたのに。
サミュエルが、コテージのポーチのところで椅子から腰を浮かせてこちらの様子を伺っている。何かあった時に動けるようにだね。ありがとうサミュエル。
私は冷静に、自分の前の行列へと視線を戻す。
そして再度、改めてニッコリと笑った。
「狩りの帰りなのですね。お疲れ様です」
私が小首を傾げてそう言うと、先頭の男はイラっとした感情を顔に浮かべたままだったが、後ろの──恐らく、この行列で一番地位が高い男が嬉しそうに微笑んだ。
「おお! 盛況だったぞ!」
一番偉そうな男はそう鷹揚に笑った。
「やっぱりこの時期はハンティングだな!」
私と先頭の男の空気には気づかず、偉そうな男は手でチョイチョイと後ろに居た使用人に合図する。
合図された使用人は少し前に出て、引いていたソリを私に見せるように横に退いた。
そこには……大型の鹿が載せられていた。
毛皮を血で濡らし、目を見開いた状態で事切れている。
……そんなモン見せんじゃねぇよ。誰が見せてって言ったよ。
「おおっ!!」
そんな声を上げたのは、私ではなかった。
私の後ろに走り寄って来たエリックだ。
私の足にがばっとしがみつきつつ、その脇からソリに載せられた鹿をマジマジと見る。イリアスと護衛さんが慌ててエリックの後を追ってきた。
「それなんだ!?」
エリックが興味津々に乗り出しながら鹿を見る。
その様子に気をよくした偉そうな男が、少し胸を張りつつも
「私が仕留めた鹿だ。大きいだろう!」
そうエリックに答えた。
「角が立派なのでな! コイツは剥製にして屋敷の居間に飾る事にしたんだ!」
そう得意げに話す男と、その言葉に目を輝かせるエリック。
私の斜め後ろに辿り着いたエリックの護衛さんが、心配そうな顔で私を見たので、私は小さく頷いた。そしてエリックの肩にそれとなく手を置き、彼がこれ以上前に出ないようにする。
「それはそれは。今日は鹿料理三昧ですか」
サッサといなくなって欲しいけれど、エリックが食いついてしまったので適当に話を続ける。
手前の男は、少し軽蔑したような目で私を変わらず睨んでいた。
「まさか!」
偉そうな男が、私の言葉を鼻で笑い飛ばした。
「鹿の肉なんて臭くて食えたもんじゃないさ! 首以外は捨てるかどっかにやるんだよ」
……はぁ?
確かに鹿の肉は、豚や牛のように家畜と比べると匂いが強いけど、それでも加工の仕方によっては美味しいのに。その場で血抜きして内臓取って雪で冷やして持って帰って来いよ。そうすれば全然違うのに。その為のソリじゃねぇのかよ。
ってか、そもそも粗末にすんなよ、せっかく獲ったものなのに。勿体ない。
でも、我慢だ私。ここは猟場としても人気のあるリゾート地だ。死活問題のウチの実家の方とは違う。ヤツがどう楽しもうと、口出ししない方がいい。
私は気持ちを落ち着けつつ、笑顔をなんとかキープした。
が。
「何頭が仕留めたんだがな! 一番大きなコイツだけを持って帰って来た!」
「は?」
ソイツのその言葉に、思わず声が漏れてしまった。
私のその声に、その場が一瞬にしてシンと静まり返る。
しまった。つい。
「そうでしたか。ようございました。お疲れの所申し訳ありませんが、子供たちが庭で遊んでいるので危のうございます。迂回して道を歩いてくださいますか?」
マズったと思って、
「お……おお! それは申し訳ない事をした」
偉そうな男は、私の言葉に少しひっかかりを覚えたようだけれど、エリックがキラキラした目で見上げていたためか、その感情は引っ込めたようだった。
彼は手で合図し、私が立つ場所から道の方へと方向転換をした。
私は、ぞろぞろを道の方へと向かって行く男たちの背中に、口には出さず『さっさと失せろ』と念を送る。
ああ、血が雪の上に残ってるし、私が作った雪兎も踏みつぶされてしまったものが結構あるな。クッソ、むかつく。気分悪い!!
しかし。
ぞろぞろ歩く行列の中の一人が、ピタリと足を止めた。
アカン。念、強すぎた!?
その一人──さっきまで偉そうな男と年若い男と喋っていた案内人ぽい人間が、振り返って私を見る。
そして、さっきまで頭にかぶっていたフードを落とした。
──あ。うそ……
顔が見えた瞬間、身体に衝撃が走った。
その案内人は離れた所で立ち止まっていたので、声の届く距離じゃなかった。
しかし、その男の唇が微かに
『久しぶり』
そう動いたように見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます