第161話 また外で遊んだ。

「どうだっ!?」

 エリックが、体中に雪をくっつけ頬っぺたを真っ赤にし、両手をがばっと広げた。

 彼の目の前には、雪だるまが。……雪だるま、だよね?


 たぶん雪だるまだと思われるソレは、エリックの前に芸術的なバランスで立っていた。

 球体というよりはオニギリ型の頭(※逆三角形)と、円錐えんすい状の胴体、そしてそれを支える小さなタル状……? の? まぁそんな感じの足がついた……ゆき、だるま? が、鎮座していた。

 そういえば、普通雪だるまって三段なんだね。二段になじみ深かったから、子供の頃は凄く不思議に感じていたなぁ、三段の雪だるま。

 小さい頃、側仕えだった乳母になんで二段じゃないのかって聞いたら、逆に不思議な顔をされたよ。頭、身体、足で三段ですよって。二段だと足がないですよね? って言われて、ああ、なるほどって、目からうろこがれたのを今でも覚えてる。

 日本の雪だるまって、あれ、座ってたんだねぇ。


 エリックが、鼻息荒く私の方へと振り返った。

 そして、褒めよたたえよたてまつれよって顔をするので、一回顔を背けて下唇を噛んで笑いを我慢し

「凄いですねエリック様! 立派な雪だるまですね!」

 手袋をしたままの両手でパフパフと手を叩いて、テンションアゲアゲで褒めてあげた。

 得意満面に、鼻の孔を広げるエリック。……あの顔、たまらんっ!!


 今日は曇天。灰色の分厚い雲が空を覆い尽くしていて、雪が少しちらついていた。

 冬山の天気は変わりやすい。途中で天気が悪くなって遊びを中断する事になってはアレだと、今日は屋内での遊びを提案したけれど。

 エリックに断固拒否くらった。

 アティは、私の言葉を受けたアンドレウ夫人の『では、今日は刺繍をしましょうか』っていう言葉に、食い気味に『ハイっ!!』って返事してたのに。

 ニコラもニコニコして、刺繍を楽しみにしていたのに。

 エリックは、断固、拒否。

 エリックにも、細かい作業に対しての集中力を養って欲しかったんだけど……まぁ、その、ねぇ。

 私自身も刺繍は得意じゃないし、外で遊びたいという気持ちは、もう、めっちゃ分かるから、あまり強く説得できなかった。


「いいですよ。エリックはお外で遊んできなさい」

 というアンドレウ夫人の鶴の一声で、私とエリックとイリアス、そしてゼノが外遊び、アティとニコラが屋内で刺繍をして過ごす事になった。

 ゼノとイリアスにも屋内で遊んでもいいよって言ったんだけど、イリアスは秒で『外がいい』と返事をしてきた。ゼノは、雪が降る外とリビングにある暖炉を交互に見て、『せっかくだから今日は外で遊びます』って、小さく答えていた。

 そういえば、ゼノは手先が器用なんだよね。もしかして、刺繍とか編み物も得意になりそうな気がする。

 ま、どうせここに滞在している間に、天気が崩れる事もあるだろうし、寝る前とかに遊ぶ事もある。もし興味があれば、その時やってみようかと誘う事として、とりあえず三人を連れて外で遊ぶ事にした。


「エリック。この雪だるまには顔を作らないの?」

 完成? した雪だるまの斜め前に立ち、イリアスが雪だるまの頭を指さした。

『そんな事考えた事もなかった』という顔で、首をかしげるエリックに、イリアスはニッコリとしてゼノの方を指で示す。

 ゼノは、エリックから少し離れたところで、ゼノの護衛さん──ヴラドと一緒に、ちゃんとバランスの取れた雪だるまを作っていた。

 しかしこれが……完成度高ッ!!

 転がした雪玉を都度都度丸く整形しては、また少し転がして雪玉を大きくする、という手間をかけたゼノの雪だるまは、頭・身体・足と完璧なバランスだった。

 身体には拾ってきた木の枝を刺して腕に見立て、ゼノ自身が先ほどまで被っていた毛糸の帽子とマフラーを雪だるまにつけさせている。

 そして顔には、木の実をバランス良く配置して、笑顔の雪だるまにしていた。

 ちょっと……上手すぎて怖い。ゼノ、八歳だよね? 八歳って、あれ? こんな事できるの??


 それを見た時の、エリックの顔といったら。

 衝撃、愕然がくぜん、ショック、驚愕きょうがく、ええと……兎に角、そんなに目を見開いたら目ん玉落とすよってぐらい、目を見開いて驚いていた。

 でも……分かるよ。あの完成度、私だってビックリしたわ。どこのプロの方? って言いたくなるわコレ。

 しかし、当のゼノは私たちの事には気づいておらず、集中してせっせと雪だるまの完成度をあげていた。より丸い頭、より可愛い笑顔を追求して、木の実を付けたり外したりしてる。

 ……うん、やっぱりなんか、ゼノって騎士とか軍人っていうより、職人気質だなぁ。

 可能であれば、そっちの方の才能を伸ばしてあげたいところだけど──彼は、獅子伯の養子になったんだし。つまり将来の辺境伯はゼノだ。軍人になる事を半ば運命づけられている。

 ……微妙な気持ちになった。

 我が子のように可愛がってる子が、将来危険な道に入る事が決まってるって……

 本人の意思ならいい。本人が沢山考えて決めた道であれば。

 でもゼノは──。ゼノ、実際のところ、どう考えてるんだろうか……


「お(↑)れ(↓)もかおつくる!」

 ゼノに触発されたエリックが、ジャンプしまくってそう主張した。

 待ってましたと言わんばかりのイリアスは、傍に置いてあったバケツをエリックに差し出す。

「そう言うと思って、木の実用意しておいたよ」

 ニッコリ。文字通りそんな笑顔を浮かべるイリアス。

 ……何かあるな。

 エリックが、バケツの中から適当に木の実を拾い上げ、自分の雪だるまに目としてくっつけようとして──あ!!!


 エリックの勢いが強すぎて、木の実を顔にブッ刺された雪だるまの首が、コロンとそれは見事に……もげた。

 後ろの地面に落ちてゴロっと転がる頭を見て、固まるエリック。

 いや、だから、力のコントロールが……エリック、何事にも全力なのはいいんだけど、中には丁寧に優しくやる必要がある事もあるんだよ……

「とれた……」

 エリックが、小さく、そう、呟いた。

 そりゃ取れるよ……だって目潰しするのかよってぐらいの勢いだったよ?

 エリックの肩が段々小さくなっていくのを、なんだか可哀相になって見ていると。

 ……その横で、黒くニヤァっと笑ったイリアスの顔が目に入った。

 こうなるって分かっててやらせたなっ!! イリアスマジでドSだな!!

「とれちゃったねぇ」

 心底嬉しそうに、そして物凄く楽しそうにそう呟くイリアス。

「じゃあもう一回作ろっか。今度はもっと大きいのにしようよ」

 そんなイリアスの言葉に発奮されたのか『おうっ!!』と両手を天に突き上げて気合を入れ直すエリック。

 いや、大きさより、まず、バランスが──いや、いいや。

 エリックとイリアスが楽しげであれば。……なんか、イリアスの楽しみ方が、思ってたんと違うんだけど……ま、まぁ、いいか、な……?


「だんちょうみてて!」

 エリックが、今度こそはと再度鼻の穴を広げて、私に向かって腕を上下にブンブン振った。

「はい、見てますよ」

 私は笑顔で頷いた。

 私は子供たちのすぐそばで、でも、何故か知らんけど一緒に作るのではなく、『見てて!!』とエリックとゼノに言われた通り、そこに座って──手持ち無沙汰だから雪兎をひたすら量産しつつ──子供達がせっせと雪だるまを作る様子を見守った。


 ……身体、動かさせて欲しいな。さみぃよ。


 ***


 エリックが大小さまざまな雪だるまを量産しては首を落とし、ゼノが今度はかまくら作成を始めていた時の事だった。


 周囲は、もう雪だるま? の残骸がそこここに転がっている。

 しかし、中にはギリ、バランスが取れてなんとか立っている雪だるまもあった。

 私の暇つぶしの雪兎も地面に恐ろしい数並べられている。だって身体動かさないと寒くって……

 コテージ前の広場は、足の踏み場はないとは言わないけれど、かなり広い範囲で雪だるま? が乱立していた。


 そこに、遠くからザワザワという声が近づいてきている事に気が付いた。

 ただ、ここは私たちのコテージの前のエリアで、他の人間は入って来ない筈。

 そう思っていた為、そちらには視線を向けずに四苦八苦するエリックをひたすら応援していたんだけれど。


 そのザワザワは、複数の大きな足音と一緒に次第に大きくなっていき──


「邪魔だよどいたどいたー」

 そんな声が、私の背中に向かって浴びせかけられてきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る