第160話 お風呂を楽しんだ。
「やってきました楽しいお風呂ー!」
「おふろー!!」
私が諸手を上げて雄叫びを上げると、つられてアティも声を上げた。
この近くは温泉が湧くらしく、この高級コテージにはなんと温泉浴場がそなえつけられていた。
ここが観光地として人気なのは、これも理由の一つなんだよね!
ヒャッハー! テンション上がるゥ!!
まぁ、数人が入ったらそれだけでもう足が伸ばせないぐらいの広さだけど、やっぱ風呂といったらバスタブじゃない方がイイ! これが嬉しい!! これで風呂上りにキンキンに冷えたビールがって思うけど、そんな贅沢はいい! いや本音言うと欲しいィ!!
既に脱衣所でマッパになった私とアティは、テンションアゲアゲで浴場へと出て行った。
その後を
「おふろー!!!」
私のテンションにつられて声を上げて入ってきたのがもう一人。
同じくマッパになったエリックだった。
エリック、お風呂嫌いなんだってさ。
アンドレウ夫人とエリックの子守が、本当に本当にゲンナリとした顔でそう漏らしていた。まあ、シャワーやバスタブじゃあねぇ。楽しみを見出すのは難しいよねぇ。
大人でも好きじゃない人がいるぐらいなんだから、子供だって嫌いな子もいるよねぇ。
食事が終わった後。
ホントは食器洗いもやろうかと思ったけど、あんまりアレコレ詰め込み過ぎると、エリックが知恵熱出すんじゃないかと思って、それは後日に回す事にした。
食後の休憩でお茶を飲みながら、暖炉があるリビングでみんなでカードゲームをした後。お風呂に入るよーと言った時の、あのエリックの顔。
露骨に顔を歪めて嫌そーうな顔をした。
メルクーリの別荘地に行った時はエリックは私とは別で入ったし、アンドレウ公爵家の別荘に行った時は浴場はなかったので知らなかったよ。
だから何も準備はしていなかったんだけど。
しかし。
エリックが風呂嫌いと聞いて、私は必殺のアイテムをエリックの前に差し出した。
途端に、エリックの目がカッと見開かれたのを、私は見逃さなかった。
「こっ……これはっ……!」
エリックの手が、フルフルと震えて私の方へと伸ばされる。
しかし、そのモノに触れる前に、私はふいっと腕を上げた。
「なんだそれ!?」
エリックが、私の上げた腕を下ろさせようと、何度もジャンプしてしがみつこうとする。
しまいには私の身体にしがみついてよじ登ろうとしてきたので、それをアティに手渡した。
手渡されたアティは、最初首を傾げて『?』という顔をしていたが、エリックが私から剥がれ落ちてアティの方へと手を伸ばしたので、アティは慌ててルーカスの方へと逃げた。
「アティそれなんだっ!!」
「やだおしえなーい!」
ルーカスを中心にして、その周りをグルグルと回るアティとエリック。回られているルーカスはオロオロとその様子を見下ろしていた。
脇で、サミュエルがブフッと噴き出す。マギーも「何やってんだか」という呆れた顔をしていた。
私は、隙を見てエリックとアティの間に身体を割り込ませる。
膝をついてエリックの肩をガッと掴み、そして真剣な顔で彼を見据えた。
「あれはお風呂でしか手にできない貴重はアイテムなのです。お風呂な嫌いなエリック様には……果たして持つ資格がありますでしょうか……?」
そう言った時の、エリックの顔が忘れられない。
もうあれは、そうだな。
『俺は選ばれし人間になる!』と固く誓ったRPGゲームの勇者みたいな顔をしていた。
私は顔を背けて、笑わないように奥歯を食いしばったよ。
浴場に出て来たエリックに、私(マッパ)は膝をついて仰々しくソレを見せつける。
「この地に足を踏み入れる事が出来たエリック様になら、それを持つにふさわしいでしょう」
そして、両手を差し出してきた彼の手の上に、そっとそれを置いた。
「これがっ……! お(↑)れ(↓)のものっ……!」
ソレを手にしたエリックは、目をキラキラと輝かせて喜びに身体を震わせていた。
「……たかだか石鹸で、よくそこまでテンションあげられますね……」
アティのお風呂介助の為に、下着姿になったマギーが呆れた顔で浴場に入ってきた。
もう! それ言ったらつまんないっ!!
そう、エリックに渡したのはただの石鹸。
ただし、これは業者をわざわざ呼んで作り方を教えてもらった石鹸だ。
何せ、真っ青で透明な、まるで大きな宝石やクリスタルのようなものだったから。中央には紋章のようなものまで掘られている。
これならエリックがつられるでしょ?
いや、ホントはアティを喜ばせる為に作ったんだけどね。流石に透明な石鹸の作り方知らないから、業者呼んで作り方教わったんだよ。
青をはじめ、赤や紫、マーブル模様で、かつ形も四角ではなく、クリスタルのような形にしたり花の形にしたりさ。ついでに、中に花びら入れたり、ゼノに頼んでカービングしてもらったりしたんだよ。
あー、そういえばその業者さんも『売れるわコレ』って呟いてたなぁ。
沢山作り過ぎたし、子供がいるから石鹸は常に常備していた方が何かと役に立つから、色々持ってきておいただけなんだけどね。
まさかこんな事に役立つとは。
すっかりノリノリになったエリックは、その石鹸をまるで宝物のように抱き締めていた。使ってね。石鹸だからね。ソレ。
さてと。
エリックを風呂場に連れてくる事も出来たし、後はなんとかなるだろ。そう思って、立ち上がって浴槽の方を振り返った瞬間だった。
カターンッ……
何かが床に落ちた音がした。
え? と思って振り返ると、エリックがせっかく受け取った選ばれし者の証──いやただの青い透明な石鹸を床に落として、私を凝視して固まっていた。
え? 何、どうしたの?
「だんちょうっ……」
なに。青より赤が良かった?
「だんちょうっ……」
うん、だから何。
「ついてないっ……!」
ついてない? は? 何が──あっ! そうかっ!!
エリック、まだ私の事男だと思ってたんだ!!!
……男だと言った事は一度もないけどね。男装姿の方を本物だと思い込んでただけだからね。
ええと、どうしようかな。言い訳……する必要、あるっけ? ない気がするんだけど。あの時は私が男装してアンドレウ公爵家に乗り込んだ事がバレたくない一心だったけど、別にエリックにはもう言ってもいいと思うんだよねぇ。
ああでも、あの『ドラゴン騎士団』の『団長』だし(※団長とも言った事はないんだけど)、そっちの嘘がバレちゃうか。まあ嘘だってバレても、もういいんだけどさ。だってエリックだし。
「エリックさ──」
「まほうかっ……?」
え?
「まほうだな……?」
「いや、ちが──」
「お(↑)れ(↓)もまほうつかいたいっ!!」
違うよっ!?
どういう方向に勘違いしてんのっ!? エリックの中で、私ってどんな人間なワケ!?
「エリック様、私は──」
「これかっ……?」
エリックは、私の声が聞こえていないようで、震える手で先ほど床に落とした石鹸を拾い上げる。
「これをつかうと、すがたをかえるまほうがつかえるんだなっ……!?」
違うよ!!? それただの綺麗な石鹸だよ!?
「お(↑)れ(↓)はすごいパワーをてにいれたんだっ……!」
ああダメだ。完全に聞こえてないわコレ。
「……セレーネ様が余計な事をするから」
どうエリックに説明しようかとアワアワしている私をよそに、マギーはさっさとアティを連れて洗い場の方へと行ってしまった。
私はその場に再度膝をつき、どうやってエリックに説明しようかと頭を捻らせる。
「セレーネ様……あの、どうしたら……」
後ろで、エリックのお風呂の介助をするために下着姿になっていたエリックの子守が、困ったような半笑いを浮かべながら、立ち尽くしてた。
私が知りたいよ……っ!?
***
結局、エリックを納得させられなかった。今日の最後のエネルギー全部使ったんだけど無理だったよゲッソリ……
仕方ないから『魔法ではないけれど特別な力なんだよ』って適当に説明してしまった。
マギーにまた『余計な事を』って突っ込まれた……分かってる! 分かってるよ!! でもエリックが『私が男』だという前提をまず崩してくれなかったんだもん!
アティがいる手前、ドラゴン騎士団の名前が出そうになった時に、エリックの口を思わず塞いでしまったし。
「それは秘密の筈ですよ。エリック様は血の
と適当ぶっこいちゃったし……
エリックごめんね。エリックが黒歴史を着々と積み重ねて行ってる大半の理由は私のせいだね。すまんっ……!!
日中散々遊んだ事もあり、お風呂で残りのエネルギーを全部使い倒してしまった私は、部屋に戻るとアティより先に寝コケちゃったよ。
アティに何度かデコを叩かれて起こされたけど、もう目を開けている事も出来なくって、結局アティより先に夢の世界へと旅立ってしまうのだった。
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