第151話 反撃を開始した。

 メイドたちの向うに笑顔で立つ男性。

 ゼノの護衛さんだね。タイミングばっちり。おそらくクロエが呼びに行ってくれたね。


 ゼノの護衛さんは、メイドたちを下がらせて談話室に入ってくる。

 そして、引きずって来ていた、縛られた小汚い男を床に転がした。

「捕まえた強盗の一人です。こいつらが襲い掛かってきました。しかし、奥方はお強い。一人で賊を撃退なされてしまいました」

 いやいやいやいや。そんな嘘はいらないよ!? ゼノの護衛さんがいなかったら私脳天ぶち抜かれて死んでたからね!?

 彼は、抜き身の剣を強盗の首元に突き付けたまま、彼の背中を足で小突く。

「さ、もう一度、誰に頼まれたのか言え」

 ゼノの護衛さんにそうせっつかれ、小汚い男──私に散々アレコレした大柄な男が、視線を執事の一人に固定した。

「あいつに……金で雇われた……」

「嘘を言うなッ!!!」

 強盗が震える声で告げた言葉を、視線を向けられた執事が速攻で否定する。

 お? 頑張れ。やってない事の証明は難しいぞ?

 ま、執事たちも否定するわな。金で雇った証拠はないし。

 契約書とか作ってるワケないしね。


 でも、そんな言い逃れさせねぇぞ。

「私も聞きましたよ。

 なんでも? 私は酷い女なんですってね? 権力をかさに着て? 酷い事をするから、お仕置きが必要なんですって?」

 あの時言われた言葉は耳にこびり付いてるわ。恐怖と一緒にな。


 強盗自身という証拠を目の前に提示され、目を白黒させている執事たち。

 私は彼らに向かって背筋を伸ばして顎を上げた。


「私が襲われたと聞いた時、嬉しかったですか?

 私が傷ついた顔をして屋敷に戻ってきた時、気持ちが良かったですか?

 余計な事をするからだと、あざけりました?

 ザマを見ろと、胸がすく思いでした?」

 私が一歩前に出ると、合わせて一歩後ろに下がる執事たち。


「──ゲスはどっちだ。

 屋敷の事に口出しする私をうとんだんだろうが、それをやめさせる手が強姦だ?

 それで私が黙るとでも思ったか。

 例え身体をボロボロにされたってなァ、私の心は折れねぇぞ。

 舐めるな!!」

 強姦されれば屈服すると思ったら大間違いだ。

 確かにトラウマにはならぁ。人によっては恐らく一生男に触れられなくなり、一生世界の半分に怯えながら生きる事になるわ。


 でもな。そうなったら私は、泣き寝入りなんかしねぇぞ。お前ら全員皆殺しにしてやる。

 すぐには楽にしないぞ? 毎晩闇から少しずつお前を精神的に追い詰めて、毎日少しずつ、足を不自由にし、手を不自由にし、鼓膜を破って目を不自由にし、喉を潰して、命乞いすらできない状態にして森に放置してやらァ。

 何も周りが分からない状態で、生きたまま腹から食われる恐怖を味あわせてやる。

 良かったな、そうならなくて。


 私の言葉の強さもさることながら、込められた殺気に怖気付いたのか、執事たちは顔を真っ青にして立ち尽くしていた。


「……セレーネ」

 私が執事の方に気を取られていた間に、ツァニスがこちらへと近寄って来ていた。

 そして、何故か私の手をとって上へと持ち上げる。

「これは?」

 ツァニスが、視線を私の手首に落としてそう問いかけて来た。

 コレ? え? 何? ……あ!

 しまった。手首に、クッキリと男の手形が浮いてきていた。時間がたったからうっ血したあとが浮き出てきちゃったんだ!

「首にも……」

 やば。首にもあとが出てる!? まあ、結構苦しかったからな──


 と、悠長に考えていた瞬間だった。

 ゾワリと悪寒が背中を走り抜ける。

 これは──殺気!?

 いけない!!!


 私は確認するより先に、ツァニスに体当たりした。


 物凄い素早さでゼノの護衛さんの手から剣を奪ったツァニスが、床に転がる強盗に突き立てようとしていた。

 間一髪。ツァニスが持つ剣の先が、強盗の胸──心臓のほんの少し前で止まっている。

 私が体当たりしなかったら、ツァニスは強盗を刺し殺していたところだ。危なかった!

「落ち着いてくださいツァニス様! 私は無事です! これ以外の場所には触れられてもおりません!!」

「でも、首を絞められたのだろう?」

「あ、えと、でも!! なんとか抜け出して、その後ボッコボコにしてやりましたから! 見てくださいホラ! コイツ鼻折れてるでしょう!? 顔面に膝蹴りをお見舞いしてやったんですよっ!!」

 私はアワアワとしながらも、なんとかツァニスの腕を掴んで剣をさげさせる。

 彼が剣を床に落とした瞬間、ゼノの護衛さんが慌ててそれを拾い上げた。

 油断していたとはいえ、軍人である彼から剣を奪うなんて……ツァニス、意外にやるやん……


「本当に大丈夫か?」

 心配げに、私の顔を覗き込んでくるツァニス。

「ええ、元気いっぱいですよ。ちょっとあとはついてるかもしれないですが、こんなの数日経てば消え──」

 全部言い終わる前に。

 ツァニスにギュウッと抱き締められた。

 ちょっと待って苦しい。マジで苦しい! あまりの強さに私はなんとか身じろぎして、彼の腕から抜け出そうとする。あ、無理だわコレ。

 ツァニスが強く私を抱きしめながら、頬を私に擦りつけてきた。

「……セレーネ、私は我慢したぞ。お前が何をされていても、何も言わなかったぞ」

 悔しそうな、ツァニスの声。

 私は抵抗をやめて、そんな彼の背中に手を回した。そしてその背中をゆっくりと撫でる。

「ええ、存じ上げております。ありがとうございます。貴方が我慢してくださったおかげで、私は色々な事ができました。私を信じてくださってありがとうございます」

 本当にね。きっと歯がゆかったでしょ、ツァニス。本当にありがとう。

「私も貴方を信じておりましたよ。貴方ならきっと大丈夫だって」

 ツァニスなら私を信じてくれる、そう思えたから、彼の事は気にせずに行動できたのだ。執事たちの嘘も、ドリスの事も。


「どういう事だ……」

 執事長が、信じられないものを見るかのような目で、私とツァニスを見ていた。

 まだ気づいていないのかよ、アホだな。

 しかし、解説してくれたのは私ではなかった。

「私が全てご報告しておりましたから」

 執事たちに向かって、キッパリとそう告げたのはサミュエル。

 執事たちから距離を取って、鋭い顔をして執事たちを睨みつけていた。

「私は貴方がたの味方ではありませんよ。私は、ツァニス様の味方です。ツァニス様から、執事の動向を逐一観察し、報告しろと密命を受けた為、そのようにしていただけ。

 あなたがたがツァニス様になんと嘘の報告をしようと意味がなかったのですよ。本当の報告は、全て私が行っておりましたから」

 そう。サミュエルは私のスパイじゃない。ツァニスのスパイ。ツァニスからの命を受けて執事たちの間に潜りこんでいたのだ。

 私がサミュエルに協力を依頼するもっと前に、ツァニスから依頼されていた。だからサミュエルは私への協力を断った。

 ツァニスは、私が何もするなと言ったので、自分の代わりにサミュエルを動かしていたのだ。

 そして様々な情報を集めて、事の動向を一歩引いたところから見守ってくれていた。


 つまり、言ってしまえば、執事たちも私も、ツァニスの手の上で踊っていたにすぎない。

 ま、私は分かってて、ここぞとばかりに踊り狂ってたけどね。


 彼が防御に徹してくれたおかげで、私は攻撃に徹する事ができた。

 これぞ夫婦の連携プレイ!!


 ツァニスがゆっくりと、少し名残惜しそうに私の身体から手を放す。

 そして執事長の方へと振り返った。


「この強盗──いや、セレーネを凌辱して貶めようとしていた事、全て知っていた。サミュエルから聞いていたからな。

 帰って来た時のお前の顔。喜びの感情が隠せていなかったぞ。

 その場で斬り捨てられなかっただけありがたく思え」

 ツァニスツァニス。おさまってた殺気がまた戻って来てるよ。

 それも知ってて我慢してくれてたんだ。知ってて外出してくれたんだ。執事たちに隙を与える為に。

 それは不安だったろうな。万が一、があるかもしれないのに。

 でも、私やサミュエル、そして私の味方をしてくれている他の人々の事を信じて、静観してくれたんだ。

 ツァニスの我慢強さには驚かされる。意外と……ストイックじゃん。

 思わぬところで萌えツボを押されてしまい、私は場違いにキュンとしてしまった。


「違いますツァニス様! ツァニス様はたぶらかされているのですよ!?」

 執事長が顔を真っ赤にして慌てふためきながら言い訳をする。

 他の二人の執事も滝のような汗をかきながら目を泳がせていた。

たぶらかされている?」

 ツァニスの横顔に怒りが浮いた。


「奥様は貴方が思っているような女性ではないのですよ!?」

 執事の一人も必死に言い募ってくる。

「どういう意味だ?」

 ツァニスがイライラしてる。なんかまた殴りかかっていきそうな空気を背中にまとわせていたので、落ち着かせる為にツァニスの握られた拳に手を添える。

 彼は拳を解いて、私の手を握り込んできた。……強ッ。痛いって。

「奥様は上品ぶっていますが、私たちに高圧的な態度を取るのですよ!? 先程のも見たでしょう! 侯爵夫人ともあろう者が、使用人を口汚くののしるなぞ!」


 執事長は、ツァニスの陰に隠れた(別に隠れてるつもりはないけど、位置的にそうなってるってだけ)私に鋭い視線を向けてきた。

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